3ー4 やりなおしの結果(2)
『ただいまを持ちまして、第二十九回、文学マルクート東京を終了いたします。みなさまお疲れさまでした』
場内アナウンスが流れると、会場のあちこちから拍手が湧き起こった。僕たちのブースの前に集まっているメンバーも、隣に座っている吉野さんも、於菟さんも拍手している。やりとげたという達成感がこみあげてくる。
「よーし、片付けるぞ。備品は全部、このトートバッグに入れてくれ」
健二が号令をかけると、机の近くにいたメンバーが一斉に片付け始める。
「このポスターは、どうする?」
「テープを剥がして丸めたら、この筒に入れるから」
数人がかりで動き始めると、あっという間に全部片付いてしまった。机の上をアルコールシートで拭いているヱビフルが、健二に質問する。
「机と椅子は、壁の方に持って行くんだっけ?」
「さっきの放送だと、そう言ってたな。龍、手伝って」
「うーい」
男二人がかりなら、長机も軽々と持ち上げられる。健二とヱビフルが机を運び、龍兎翔が全部の椅子を持って、壁際の集積場所まで持って行くと、ブースのあった場所は、きれいさっぱり何も無くなった。
周りは、まだわさわさと片付けをしていたが、さっさと何も無くなった自分達のブースの場所に、七人が集まる。放空歌とさとひなさんは、まだ戻っていなかった。
「テーブルも運んでいただいて、どうも済みません」
隣で、カバンに荷物を詰め終わった吉野さんが近づいてきて、丁寧に頭をさげられる。
「いや、こっちは力があり余っているのが沢山いますから」
「ははっ。若いというのは羨ましい。来週、土曜日にエンボスに行きますよ。マスターに報告しないといけないし」
「お待ちしています」
吉野さんの横に於菟さんが立ち、小さなカードを差し出してきた。
「これ、私の名刺です。本を読んだ感想を、こちらのブログに載せますね」
「あ、ありがとうございます。あの、僕は名刺とか持ってなくて」
「こちらのポストカードに、メンバーのTwitterアカウントが印刷してあります。どうぞ」
いつの間にか美優が横にきて、ポストカードを二枚差し出した。そういえば、裏のメンバー一覧に連絡先として印刷してたんだった。
「ありがとうございます」
於菟さんは、一枚を吉野さんに渡し、一枚は自分のバッグのポケットに入れた。
「それでは、お先に失礼します」
吉野さんと於菟さんの二人は一礼すると、荷物を持って、出口に向かって歩き始めた。大きな荷物は吉野さんが持っているし、後ろ姿を見ていても、ずいぶん仲が良さそうだ。
本当に、ネットでコメントしあっているだけの仲なのか? また疑問が湧いてきた。
「宏樹。売上の発表するぞ」
ずっと二人の後ろ姿を見送っていると、健二が、苛立ったように声をかけてきた。
「ああ。待たせた」
「それじゃ、みんな聞いてくれ。全部で五十冊印刷したうち、今日一日で四十二冊が売れて、売上高四万二千円。残り部数は、予備印刷もあるので九冊になった」
「おお」
「ちなみに、印刷代は五十部で四万飛んで七百円だったので、ギリ黒字」
「おおおお!」
全員で盛大に拍手する。自分達で買ったのを差し引いても、三十冊以上売れたということだ。結構頑張った方だろう。
「あ、ただ、先に割り勘にして徴収しておいた、文学メルカートの出店料が七千円だったから、サークル全体の収支からすると赤字だけどな」
「ブー」
男子はみんな、親指を下にしたブーイングサインを出している。
「では、最後にリーダーの琥珀先生から一言」
また、いきなり振ってきやがった。健二のやり方は四年前から変わらないから、こちらも心の準備はできている。
「チーム『月夜ノ波音』のみんな。今日はどうもお疲れさまでした」
こころなしか、みんなの姿勢がピンとしたように見える。
「四年前に、あの新宿のファミレスで初めて集まった時の約束が、ようやく、最高の形で実現しました。本当にありがとう」
ぐるりと見渡してみると、みんないい顔をしていた。美優が少し後ろの方で親指を立てている。「サークル代表は、琥珀君がいいと思う人、手を上げて」と言った時と同じ目だ。健二のおかげで、やりなおした僕の人生に、最高の瞬間が再びやってきたのかもしれない。
「こうして結果が出たのも、みんなが作品を書き上げて、表紙デザインを作って、編集作業をして、協力して店番をしてくれたおかげだから。本当にありがとう」
深々と頭を下げると、「いや、琥珀リーダーがいたから」という龍の声が聞こえた。
「みんな……」
「はい。琥珀先生、ありがとうございました。拍手、拍手」
僕が頭を上げて続きを話そうとした途端、健二が、あからさまに発言をさえぎって拍手し始めた。
「おい」
「あー、悪いけど、そろそろ行かないと、打ち上げの予約時間に遅れそうだからさ。続きは店についてからってことで、移動しようぜ」
健二は、笑いながら大きなトートバッグを持ち上げると、団体旅行のツアーコンダクターのように、ポスターの入った筒を手に、先頭を歩き始めた。
まったく、こいつは。人がせっかく感動を共有しようとしていたのに。
「宏樹。あの子がいるよ」
歩き始めようとしたところで、美優が近くにやってきて、そっと腕に触れた。彼女の視線の先をたどると、少し離れたところで至美華がこちらを見て立っていた。撤収を終えたところなのだろう、荷物を入れた小さなバッグを肩にかけて、こちらに向かって一礼する。
僕は、至美華の方にゆっくりと近づいた。もう、心臓が苦しくなることも、呼吸が早くなることもない。
「お疲れさま。もう全部片付いた?」
「はい。持ってきた本は、ほとんど売れ残ってしまったので、また持って帰るのが大変ですが」
「そうか」
肩にかかったバッグの中は、文庫本でいっぱいになっているようだった。
「今度、ゆっくり話をしよう。お互いに書いたものを読み合ったり、好きな作品を持ち寄って、感想を言い合ったりしたら、きっと楽しいと思うから」
至美華は、ぐっとくちびるを噛み締めた。
「本当に、いいんですか?」
「ああ。四年前も、直接会っていれば良かったと思うよ」
文章を読んでいるだけじゃ、本当に相手の考えていることはわからない。あの時、もしそうしていたら、僕も発作なんか起こさないで済んだかもしれない。
「このポストカードの裏に、僕のTwitterアカウントが書いてあるから、連絡して来て」
自分用にとっておいたポストカードを取り出して渡す。至美華は、裏の印刷を見てから顔を上げた。
「また、文学をできるんですか」
「うん。またやり直そう」
至美華は、さっきあげた『月夜ノ波音』のアンソロジーにポストカードを挟むと、大事そうにバッグの中にしまった。
「ありがとうございます」
深々とお辞儀をして僕の目を見ると、くるりと振り返って、出口の方に歩いて行った。
「なんか、憎たらしい奴だったはずなのに、妙にいい子になっちゃって、余計腹が立つんだけど」
少し後ろで見守っていた美優が、口をとがらせている。
「え? なんで余計に腹が立つんだ?」
「知らない!」
美優は、早足でどんどん出口に向かって歩き始めた。いつの間にか、他のメンバーも誰もいなくなっている。
「待って、待って。一緒に行こうよ。店の場所、よく知らないんだよ」
僕は、あわてて後を追いかけた。
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