22.僕と筋トレとたんぱく質と

『なんだか今日の朝餉は肉ばかりじゃの』


「筋肉を付けるには良質なたんぱく質をとらないとダメなんだって。鶏むね肉とか、牛肉の赤身とか、馬肉とか、卵とか豆とかね」


『ほーん、わらわ肉は好きじゃからいいけどの』


 玉ちゃんは僕の用意したたんぱく質多めの食事を人間の姿でパクパクと食べていく。

 人間の姿の玉ちゃんはとんでもない美女だ。

 人の精神を狂わせる波動を今は放っていないので気が狂うことはないけれど、普通にしているだけでも男を狂わせそうなほどの美貌だ。

 これが傾国の美女ってやつなんだね。

 実際玉ちゃんの記憶の中にはその美貌だけで国を傾かせてしまったということもあった。

 綺麗な人っていうのもなかなか大変なんだね。

 

『やはり人間の食べ物は美味いのう。おかわりじゃ』


「はいはい」


 玉ちゃんはご飯茶碗に山盛りだったご飯をあっという間に平らげておかわりを要求する。

 胃袋ブラックホールだね。

 玉ちゃんにとっては食べ物は必ずしも必要なものではない。

 妖である玉ちゃんにとっては飲食なんて娯楽みたいなものなのだ。

 そもそもの話玉ちゃんの本来の姿はグリズリーよりも巨大な妖狐らしいのだ。

 この程度の食べ物はいくらでも食べられるし、食べなくても生きていける。

 底なしなわけだ。

 人間の食べものを思う存分食べるのはずいぶんと久しぶりなそうなので家計が火の車になるまでは思う存分食べさせてあげようと思っている。

 このくらい家計を圧迫する存在がいないとプチブルジョワ状態の僕は怠けて働かなくなってしまうかもしれないからね。

 陰陽師だって信用が大事だよ。

 やっとリピーターが増えてきた夢売り稼業を今放り出すわけにはいかない。

 僕は玉ちゃんのお茶碗に山のようにご飯を盛ってあげ、今日の予定を話す。


「今日は僕の友達と一緒にスポーツジムに行くからね。玉ちゃんはいつものようにマフラーかキーホルダーに化けといて」


『わかったのじゃ。室内ならばキーホルダーがいいかのう』


 玉ちゃんはいろんなものに化けられる。

 でも人間の姿はこの美女の姿以外は練習したことがないそうだ。

 こんな美女と一緒に歩いていたら面倒なことになりそうなので、普段一緒に外出するときには狐皮のマフラーか狐の尻尾のようなキーホルダーに化けてもらっているのだ。

 どちらも自分の身体の一部を残すだけなのでとても簡単に化けられるらしい。

 

『のう、主様の友達とはわらわと戦ったときに扉の外で待っていたおなごじゃろう?』


「そうだけど?」


『あのおなごのこと、好いとるのか?もう接吻はしたのかのう。それとも褥を共に……』


 玉ちゃんはニヤニヤと下種な笑いを浮かべながら神崎さんと僕の関係を邪推する。

 こう見えても1000年以上生きたおばあちゃんだから下ネタが容赦ないんだよね。

 変に狼狽えても玉ちゃんを喜ばせるだけだ。

 僕はポーカーフェイスを意識して無言でご飯をかき込んだ。


「ごほっごほっ……」


 盛大にむせた。







「神崎さん、早いね」


「うん、ちょっと早めにね」


 神崎さんとは駅前で待ち合わせた。

 僕はかなり早めに来たので集合時間まではまだ30分以上あるというのに、神崎さんはすでに待ち合わせ場所で待っていたのだった。

 こういう何気ないところで童貞は勘違いをしてしまうんだよ。

 僕はもう(夢の中では)童貞じゃないから勘違いをしたりはしない。

 神崎さんは友達の精神疾患を快方に向かわせた僕に恩義を感じている。

 だからきっと僕よりも早く着かなければならないと思い早めに来たのだろう。

 それにしても、今日の神崎さんはなんだかとても可愛いな。

 いつもはシックで落ち着いた感じの服を着ている神崎さんだけれど、今日は少し女の子っぽい感じのファッションだ。

 清楚な感じがするグレーのフレアスカートとその下のレギンスがとても似合っている。

 僕は生足よりもストッキングやレギンスを履いているほうが好きな派閥に属している。

 中でも僕は肌が透けて見えるような薄手のストッキングよりも、温かそうな冬用タイツや運動用のスパッツのほうに魅力を感じるという少数派閥だ。

 デニールで言えば最低でも100デニール。

 贅沢を言うならば200デニールを超えていると最高だ。

 神崎さんは生足をさらけ出すのがあまり好きではないようで普段から厚手のタイツを愛用している。

 そういう点でも彼女は僕の好みドストライクだ。


「なんか、変かな……」


「ううん。とても、素敵だと思います」


「そっか……。えへへ」


 ドキドキするような笑顔だ。

 僕は間違えなかったらしい。

 女性のファッションは褒め方を間違えるとその日一日口をきいてもらえないほど怒らせてしまうことがあると聞いたことがある。

 どうやら僕のぎこちない褒め方は神崎さんの逆鱗には触れなかったようだ。

 

「じゃあいこっか」


「うん」


 僕たちは連れ立って駅前のスポーツジムに向かう。

 神崎さんの知り合いがインストラクターを勤めているらしく、今日はマンツーマンで指導が受けられるそうだ。

 神崎さんも筋トレの先輩としてアドバイスをくれるらしい。

 筋トレはたぶん辛いだろうけど、隣で神崎さんが励ましてくれるなら頑張れる気がするよ。

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