第32話 事実上工場側の勝利

更地での朝は、朝日をもろに浴びた。皮肉なことにおかげでボクの部屋(スペース)ができた。


枕元にはしおりがあった。昨日の夜も遅くまで“しおり”作業をしていた。


ボクがボクをつなぎとめる為の作業だ。


一応タイトルは『空想社会主義ユートピアニズム見学としておいて、中身には日記的なものをしたためた。


定期的にタワマン施術を受けるので毎回自分の本当の気持ちを失くしてしまうからだ。


手書きなんて久しぶりだ。AIが作った条例で手書きは迷惑行為に該当してしまう。脳に好ましからざる影響を与えるかららしい。おそらくはボクらの記憶力を含む脳力が向上して、それがAIにとって迷惑なだけだろう。


もし万が一手書きしていることがばれたら、そのときは「自分を壊している」とでも言えばいいだろう。


顔を洗う。歯を磨く。簡易トイレに入る。


朝のもろもろを終えて「行ってきます」を言って学校へ向かった。


いまや瓦礫の山と化した学校に着く。ケイイチとゆっこちゃんは休むことも多くなった。


今日は二人ともいる。ひそかに“しおり”を交換する。


ぱっと目を通す。二人ともまだ大丈夫だ。完全に二人が二人じゃなくなっていなくてよかった。


どうせ青空授業なら晴れてる日の方がいい。


瓦礫の中の授業だと不思議なことに学級崩壊は起こらなかった。


そしてもちろん、そのことについて分析しようという気は起こらなかった。


その日の授業の最後に担任の先生がこう言った。


「この壊れた学校の芸術性が高く評価されて、売れました」


シンプルだったし。とくに驚きはなかった。


今後も校歌を歌ってもいいか聞いた。今はまだわからないとのことだった。


ゆっこちゃんは帰り道で言った。青空だった。


「地球に地球の大きさの穴が開いたような気分……」


ケイイチがそれにつづいた。


「学校を壊すまでが社会科見学です」


ボクらは帰宅した。


そういえばボクらが初めて壊したロックロールでできたミニブラックホールはあんまり長く生きられなかったんだそうだ。損失補償として『芸術的に破壊した首都圏』を要求されているけど、ちょっと無理だから、変わりに月を壊したり足したりして月の満ち欠けを人工的に作り出すのではどうだと提案してみようとか猿元さんが言ってて震えた。


ボクらの破壊データを研究して工場は『人工“無”知能』をつくりあげかけていた。


これは人工的な悟りであり人工的な涅槃ねはんで、それはAI側はいちばん恐れていたので、互いに平和友好不可侵条約が結ばれた。


事実上は工場側の勝利だった。


ボクらはもう作業中も大きな叫び声とかはいらなかった。黙々と作業した。体が勝手に動く自分がやだった。


工場全体が浮かれていて、祭山田さんはいつも鼻歌を歌っていた。


ボーナスは年に300回以上支給されていて、ボーナスのない日は昇給があった。


ボクらは定時になると帰った。

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