女神様⑤

◇◆◇



 『観測者オブザーバー』なる仕事を終えると、仕事のためにスリープにしていた自我が目を覚ました。


〔 本日の『ウルザルブルン』の状況を確認されますか? 〕


 Scopeスコープ、報告を頼む。


〔 承知しました。ウルザルブルンの運営に関わるような重大な報告事項はございません。ただ、先日より来訪している異世界人の影響により各自律型個体に変化が生じています 〕


 ほう。それは気になる。各個体の九次元ベクトルプレビューの表示を。


〔 特に自律型個体『ネコ』の精神ステータスの変化が顕著です 〕


 精神ステータスに波状のグラフが現れる。昨日まで単調だったグラフはその波形を数種類に増やし、それぞれが踊るように折り重なっていた。


 波に触れると、振動が伝わる。いままで単音の繰り返しだった音は、明るいメロディーを奏でていた。そうか。『楽しい』んじゃな。


〔 また、かねてより演算リソースに負荷をかけていた『裏庭』ですが、問題解決済みです。三次元ベクトルプレビューを起動します 〕


 整然とした果樹園に様変わりした裏庭が表示される。


 好きにさせてやりたいのはやまやまだったが、私の簡易的な『創造主クリエーター』ギフトでは、あまりに複雑な物体構築は負荷がかかってしまい懸案事項となっていた。


 この果樹園であれば、標準物理法則パッケージ内で演算処理が可能だ。あの来訪者に対して、少し興味がわいた。



◇◇◇



 城の中を実際に散策しようと思い立ち、小さな端末(アバター)を作成する。ネコがとても楽しそうに服をあつらえ、髪を整えて化粧をしてくれる。


 このように喜んでくれるなら、もっと早く皆と触れ合えば良かった、と反省した。


 途中でシロクマが訪ねてきた。ゴニョゴニョとよくわからない発言をしている。おそらく北の雪原地帯に住みたいという申し出だろう。


 ずっと彼がなぜ我慢して、この城に住んでいるのか疑問だったが、余がそもそも「好きなところに住んでいいこと」を教えてなかったのだから、余の落ち度である。


 また、少しあの来訪者に対して、興味が増す。



◇◇◇



 ヨージの『菓子』を食べた。食事という行為は初めてであったが、大変有意義なものだった。


 『飢え』のオプションをオフにしていたせいで、標準物理法則パッケージの『食事』について確認さえもしていなかったが、これは少し検討をしよう。



◇◇◇



 『食事』の項目を確認したところ、自律型個体の素体ボディを材料とすることがあるようだ。


 検討の結果、導入を見送る。



◇◇◇


 Scope、ヨージの九次元ベクトルプレビューを見せてくれ。


〔 表示します 〕


 ヨージの精神ステータスの波に触れる。とても繊細なメロディーだった。


 音に「温かい」を感じるのは不思議な感覚だ。特に余と接した時にだけ流れるこのメロディーは、なんなのだろう。


 ますますヨージに対して、興味が増す。



◇◇◇



「好きにしなよ」


 ヨージの所有権譲渡に関し、彼の所有者である『創造主クリエーター』に申請を行うと、そう返された。


「僕はさ、作り終わった世界に興味ないんだよね」


 標準物理法則パッケージの開発者である天才『創造主クリエーター』は、本当に興味がなさそうだった。



 確かに彼の作る世界は、余が介入せずとも内部で十分な存在証明イグジスタンスが担保されている。


 数多の自律型個体が互いに「存在証明」をしあっているためであろう。


 過酷なオプションを設定の上、各個体にギフトは与えず、その分の演算リソースで尋常でない数の個体を作成し競争させる。


 また、自律型個体自ら新たな自律型個体の作成が可能だ。この世界構築法は、『創造主クリエーター』たちに大人気で、いまや世界創世の主流だった。


 ヨージの自律型個体としての出来栄えを考えると、彼のやり方は『創造主クリエーター』としては正解なのかもしれない。


 だが、余は、こいつが嫌いじゃ。



◇◆◇



 ヨージの転生を指折り数えて待つ。


 だが、待ちに待った日、ヨージは来なかった。



◆◆◆



 Scope、捜索を。


〔 有意提言。同じ検索条件での『捜索』を何度繰り返し実行しても結果は変わりません 〕


 うるさい。


〔 …… 〕


〔 承知しました。『捜索』実行します。対象者:宇佐木洋司。範囲:全世界 〕


〔 ……………… 〕


〔 対象者、発見できませんでした 〕


 うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。



◆◇◆



 あの子がやってきた。可哀想に、満足に会話もできないようだ。


 長い耳をすくように撫でてあげると嬉しそうにする。とても愛らしい。大切に育てよう。



◆◆◆



〔 『捜索』実行。対象者:宇佐木洋司。範囲:全世界。……対象者、発見できませんでした 〕


 もう一度、実行する。


〔 『捜索』実行。対象者:宇佐木洋司。範囲:全世界。……対象者、発見できませんでした 〕


 もう一度、実行する。


〔 『捜索』実行。対象者:宇佐木洋司。範囲:全世界。……対象者、発見できませんでした 〕


 もう一度、実行する。ひたすらに同じ行為を繰り返す。


 Scopeは、何度も何度も負荷の高い『捜索』を命じられたせいで壊れてしまったのか、以前のように余に語りかけてくれることもない。


 そして、余はもう世界の『存在証明』という仕事自体、どうでもよくなっていた。



◆◆◆



 余を心配したウサギが別の菓子職人を呼んだようだ。


 最初、話を聞いた際はあまり興味がわかなかったが、ヨージしか知らないせいでこうも執着しているだけかもしれない。


 会うだけ会ってみよう。



◆◆◆



 勝手に期待して、勝手に落胆した。



◆◆◆



「牛乳アイス、とても美味しかったデス!」

「プリン、めちゃウマでしたよ!」

「スフレパンケーキというものを初めて食べましたが、これがなかなか」

「可愛い動物の形のクッキーいただきましたよ。美味しかったです」


 聞いてもいないのに、みな口々に報告しにやってきた。


 よくよく聞けば、まだ年端もいかない子どもらしい。可哀想なことをした。すぐにでも帰してやらねば。


「では、菓子パーティーでもするか……」


 お別れ会もかねて、と言い終わる前に、ウサギは血相を変え「最低でも二日は待ってください!」と、まくし立てて、すっ飛んでいってしまった。



◆◆◇



 ウサギが倒れたと聞いて、血の気がひく。すぐに世界と自律型個体全員の九次元ベクトルプレビューを確認したが、存在証明イグジスタンスには問題がないようで安心する。


 だが、久しぶりに「Scope」と呼びかけたせいか、Scopeはこれらの九次元ベクトルプレビューを表示するまで、五回も再起動が必要だった。


 おかげでウサギの元へ行くのがすっかり遅くなってしまった。ウサギはちゃんと喋っていたし、生まれた時のように壊れてはいなかったので、一安心する。


 ここのところ仕事をおざなりにしていた。世界が崩壊しようが、どうでもよかったからだ。


 それに流行りの世界は、自律型個体間で自ら存在証明イグジスタンスを保っているようなものが大半なのだから、手を抜いたところで影響はないと思っていた。


 しかし、このウルザルブルンと同じく、少ない自律型個体でじっくり世界を作っている昔ながらの創造主クリエーターもいる。


 精査したところ、いくつか存在証明イグジスタンスが基準値を下回っている世界があった。慌てて修正を行う。



◆◇◇



 余に菓子を出す手が震えている。


 来訪時は気がつかなかったが、本当に彼は「子ども」だった。そして、彼は本当に一生懸命に努力してくれたのだろう。余の要求に応えてくれた。


 なぜなら、完璧にヨージが作ったのと同じ菓子を出してくれたのだから。


 完璧に同じ菓子を出してくれたことで、ようやく諦めがつく。


 代わりの物では、空しくなるばかりだ。ヨージはいない。



 アオイ少年とウサギがいなくなって、最初は困惑しながらシロクマ達の余興を眺めていたが、みな一生懸命で可愛かったので笑ってしまった。


 笑うのは、いつぶりであろう。


 ヨージのお別れ会は楽しかった。


 思い出して、こらえきれずに涙が頬を伝う。もう随分前からヨージの残した菓子のカウンターは「ゼロ」の表示のまま動かなくなっていた。


 標準物理法則パッケージからカスタマイズせずに出したせいで、涙腺が実装されているこの端末素体アバターボディを呪いながら涙を拭う。



◇◇◇



「陛下、お待たせしました」


 アオイ少年は、そう言ってウサギと共に戻ってきた。そして、少年はウサギを抱きかかえる。


 テーブルに届く背になったウサギは、皿に乗った随分と不格好なガトーショコラとオランジェットを差し出してきた。


「……食べてみてほしい」


 少年に降ろされたウサギは、余を見上げてそう懇願する。少年と二人で、いままでこれを作っていたのだろうか。


 スキルを使用すればいいだけの話なのに、意味がわからなかった。でも二人とも真剣な顔をしている。


 よくわからないが、食すことにした。フォークで切ると、口に入れる。



 ――――……なぜ?



 食べたそばから、また涙がボロボロと勝手に瞳からこぼれ落ちる。


 形も味も到底ヨージの作ったものに及ばないのに、なぜ?


 困惑しながら泣いている余の手をウサギが握ってくれる。


「……ほんと、遅くなって、ごめん」


 馬鹿者と言ってやりたかったのに、何も声にならないまま、私は彼を抱きしめた。

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