第129話 ボゾオン千人将ミステリオ②



 ダークエルフ将軍ミステリオの敗北は必定だった。


 夢斗はミステリオの正面に対峙する。ふたりの周囲では、夢斗の部隊が陣地を割ってだられ込み、蹂躙を始めていた。


「なぜ、とどめを刺さない?」


 ミストリオが問いかける。夢斗は膝をつくミステリオを見下ろしているが、蹂躙する部隊から隔離しているようだった。


「俺は雇われただけだ。あんたらへの憎しみはない。蹂躙はしても、殺す必要がない」


「ふふ。殺すのが怖いか?」


 ミステリオは痛いところを突いてくる。


「ああ。殺しはこえーよ。人殺しなんてしたくない。迷宮では生きるか死ぬかだが……。俺はあんたらを圧倒している。会話できるくらいにはな」


「圧倒しているならば、そうすればいい。あまりに甘いな」

「どうとでもいえ」


「だが……。わかっているんだ。お前のような甘いやつが必要なのだと。ぐふっ……」

「どういうことだ?」


 吐血しながらミステリオは語る。


「戦争が始まる以前。ボゾオン帝国、メルフィー王国双方で平和主義者の粛正が行われた。文化破壊運動が最終段階へと来たのだ。市民の抵抗は虚しかった。文化人や、芸術家、学者などが虐殺された。いや、違うな。市民の一部さえも戦争を肯定し凶悪化していた、というべきか」


 夢斗には不思議と、ミステリオの言葉が響いた。

 敵であるはずなのに。


「あんたは千人将なのに。やけに思慮深いんだな」


「冥土の土産に教えてやる。戦争とは物理的な闘争だけではない。人間の精神傾向における勢力闘争だ。

 まともな人間が一定以上死に、まともじゃない人間が一定割合を超えたときに、戦争は始まる」


「あんた……。何を言っている?」


「わからないか? 簡単な話だよ。例えば学校でみてみよう」


 惑わしている、とも考える。

 だがそれ以上にこのミステリオという男もまた『甘さ』において夢斗と同族なのではないかと思えた。


「これは一つの仮説だが『甘い人間が死に一定割合を切り、残酷な人間の【精神の割合】が増える』。生態系のようにな」


 惑わしているのか?

 違う。


 このミステリオという男は、軍人でありながら軍人ではない。

 拳を躊躇う夢斗へ向けて、シグナルめいたものを放っている。


 それは夢斗が『甘い人間』だからか……。


「あんたは……。いったい……」

「残酷な人間、例えばいじめっこがクラスにひとりならば問題にはならない。だがいじめっこが5人なら? いじめっこの支援者が10人なら? 自殺に追い込まれる者もいるだろう。精神の割合とはそういうことだ」


 夢斗には何を言っているかがわからない。

 わからないが……。

 残酷なだけの人間。


(剛田のような、か?)


 もしも剛田のような人間が、増え続けたとしたら?

 剛田を許す人間が多数派になったとしたら?


 擦れ違う人間が剛田剛田剛田、となり戦争を煽るならば、確かに戦争は止まらない。


 少しだけ、ミステリオの言うことがわかってしまう。

 だが今は敵だ。


「……何いってるか、わっかんねーよ! 黙れよ!」

「残念だ。私の言葉は冥土の土産にすらならなかったな」


 夢斗は拳を握る。

 殺しはしたくないが、目の前の敵は倒すと割り切っている

 哲学を語るつもりはないんだ。


「あんたは、ダークエルフだ。冥種族のコロニーを受け入れて。エルフ軍を飲み込もうとしている。そして俺はエルフ軍に雇われた千人将だ!」


「……仕方がないこともある。大きな流れに飲み込まれるしかない」


 立場が違っても。敵であっても。

 人間同士が『わかる』瞬間が存在する。


 パルパネオスとそうだったように。

 副将レグナスとそうだったように。


 ダークエルフ千人将ミステリオとも、わかりあえるかもしれない気持ちが芽生えている。


(それが甘さだってんだろ!)


 背後ではエルフ軍が近接部隊を中心に夢斗を囲んでいる。


『千人将!制圧はしたぜ!』

『ダークエルフの将軍を討ち取ってくれ!』

『ミステリオの首をとれ!』


 ミステリオは、折れた剣を杖にやっと立っていた。


「ダークアクセルフィールド……」


 夢斗は漆黒のフィールドを伸ばし、ミステリオを包み込む。


「さらばだ。躊躇う者よ」


「暗黒加速拳」


 拳が直撃する寸前だった。

 ミステリオは残る力で双剣の柄を添え、暗黒加速拳の防御に成功していた。


 拳の衝撃で両腕が砕けるも生存していた。


「かたじけ、ない」

「……早く、行けよ」 


 暗黒加速拳が直撃すれば、ミステリオの人体は貫かれ、心臓が破砕されていただろう。

 夢斗は、あえて双剣の柄で受ける暇を与えた。


 ミステリオは高地から吹き飛ばされ、崖から沢へと堕ちていく。


『ウオオオオオ! 将を討ち取ったぞ!』

『さすがは姫のお付きの千人将だ!』


 部下となったゴルゴルムが、味方を鼓舞してくれる。

 闘争は必要なことだ。


 吹き飛ばして、勝ち上がってきた。

 勝利の熱狂が広がる。


 それでも夢斗は、これだけじゃ満足できない。


「まだだろ」


 勝てば勝つほど闘いを助長している気がしてならない。

 本当に大きなものを動かすのは、戦争の勝利だけじゃない。


 本当に大きな力なら、すべてを凌駕して止めてみせろよ。


(世界さえも限界を超えるってんなら……)


「勝利だけじゃ小せえよ。けど……。今は勝つしかねーだろ」


 夢斗はゴルゴルムらと混じり、鬨の声をあげる。


「ウオオォオオオオオオオオ!」

『オオオォオオオオオオオオオオ』


 叫びは、慟哭に似ていた。


 勝利だけでは大きなものは動かせない。

 なのに、勝利以外の方法がわからない。



 疑問を抱えながらも夢斗は一月の間に、25の陣地を落とした。

 メルフィー軍の熱狂を背に順調に勢力を広げていた。


 ダークエルフ軍の陣地を堕としながら、とある歌を耳にする。

 故郷の科学世界で聞いた、歌姫yoppiの歌〈パーフェクト・ワールド〉をダークエルフが口ずさんでいたのだ。


(どういうことだ?)


 懐かしい気持ちに空を仰ぐ。


(歌なんか関係ないだろ。今は真菜達との再会を望んで闘うだけだ。闘って闘って……)


 響く歌が、夢斗の脳裏に宿っていた。


(元の世界に帰るんだよ!)




 歌姫yoppiはボゾオン帝国の地下牢で歌い続いていた。


〈牢屋での歌〉は牢番に知られるのみだったが、歌うこと自体はお目こぼしを受けている。


「あとどれだけ歌えるかなぁ」

「私はいくらでも聞いていたいです。魔力ジェムで録音だってしてるのですよ」


「録音、できるんだ。じゃあ頼んでみてもいいかな。ラジオで放送をしてほしいんだよね。謎の覆面アーティスト! 実際は牢屋で歌ってるだけなんだけどね。あははは!」


 yoppiは牢番にお願いをした。


「何故、笑えるのですか」

「君が聞いてくれるから」


「ラジオへのリクエストは許されています。投稿してみましょう」

「ありがと」


 yoppiと牢番は牢で語らいながら、小さな灯りで夜を過ごす。

 このときボゾオン帝国のラジオ放送で流れた歌が、兵士の耳に残り歌となって広がった。


 曲名は〈パーフェクトワールド〉。


 ダークエルフ軍からエルフ軍で伝わり、夢斗の耳にまで届いたのだった。


――――――――――――――――――――――――

スペース


【用語解説のような何か】


暗黒武術家の〈コピー能力〉は以下の手順を踏みます


【上限値解放炉心】によって、相手の能力を上回る動きをトレースする。

【可能性限界まで適応】を行い、相手の技を上回る動きをつくりだす。


実は暗黒武術家クラスは上限値解放炉心の内部に組み込まれていたのだ相互作用が起きています。


上限値解放炉心によって【相手を超える動き】を目指した結果、暗黒武術家の【技のコピー】という形で発現するようになりました。



相手を凌駕するために【一度相手の水準まで力をあげる】ことが、結果敵の技を自分のものにするとなりました。


☆以上の理由から夢斗は暗黒武術家(上限値解放炉心搭載クラス)の能力でD7Ωの〈7つの時の能力〉のうち3つをコピーしました。


以上、裏話でした。

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