第三十八話 斜陽

 高層ビルが立ち並ぶ一角に美しい庭園があった。敷地しきち内には古い洋館があって、その上空でヘリコプターがホバリングをしている。ヘリコプターからの風を直に受けている屋上では、黒服の男が一人、ちょうど姿を現したところだった。

 その男はメロンズ教授であった。この日はいつも着ているメロンのようながらのスーツではなく、黒いタキシードに身を包んでいた。ドレスコードのあるパーティーがこの洋館でもよおされていたのである。

 ヘリコプターから縄梯子なわばしごが垂らされていて、教授がいとも簡単にそれをつかみ取りつつ、タキシードをはためかせながら慣れた様子で登り始めると、またたく間に登り終えて機内にたどり着く。機内には派手な身なりの男が一人乗っていて、大きな声で教授に声をかけてきた。

 桃色ももいろのメガネをかけ、シルバーのドクロがいくつもプリントされたショッキングピンクのTシャツに、迷彩柄めいさいがらのジャケットという出で立ちの男だった。

「パーティー中にすまない!」

「かまわん! この件は最も重要度が高い! この国のどんなVIPよりもな! ヤツを放って置くことはできん! もはやこの国の治安維持ちあんいじ部隊ではおさえきれないのだ!」

「さすがにこの国でも危機感を持つかもな!」

 メガネの男は話をしながら、さっそく縄梯子を回収し始めていた。

「その通りだ! もう少しで法案が通るというところだったが、ヤツの登場は想定外だった! 世論がかたむきつつある! これまで人権優先で審議しんぎが進んでいたのがぶちこわしだ! 絶対に規制を強化させてはならん!」

 操縦席にいたパイロットが、たった今乗りこんできたメロンズ教授に目配せして助手席に移ると、なんと、教授が操縦席に座ったのだ。

「ヤツはスーパーマーケットにいる!」

 メロンズ教授は地図が映し出されたモニターに目を移した。

「そう遠くないな!」

「ああ! ただそこは繁華街はんかがいだ! ヤツが逃走とうそうするのを待つ!」

「よし! まずは近くまで向かうぞ!」


 目的地となるスーパーマーケットでは、警官隊を蹴散けちらした青柱正磨せいちゅうせいま超撥水ちょうはっすい男が、カートに入れた商品をリュックサックに入るだけめこんで店の外におどり出たところだった。外にはパトカーが数台停めてあって、すでに大勢の警官によって包囲されていた。しかし、UOKうまるこwはまだ来ていない。警官たちのスライム班は、無駄むだとは分かっていても姿を現した二人のネバーウェアに一斉いっせい放射した。超撥水男に当たったスライムはビーズ玉のようになってすべて流れ落ちてしまう。青柱正磨せいちゅうせいまの方では、引力の反対の力である斥力せきりょくが発生して、スライムが強風にあおられたようにき返されるか、あるいはわきにそれて流れ落ちてしまうのだった。

「うあっはははははああああ!」

「効かねえ! 効かねえなあ!」

「くそ! ダメだ! ぜんぜん効かねえぞ!」

「どうなってんだ? アイツらは!」

「おらぁ! さっさと道をあけろよ!」

「くそ! やむを得ん! 抵抗ていこうすればつぞ! これ以上はやめて、おとなしく投降しろ!」

「ああ? おとなしく投降しろだって? だれにいってんだ! テメェらに何ができるっつうんだよ!」

 そういうと青柱は重力を出した!

 ドスゥン!

 警官たちは地面にした!

「だ、ダメだあ! 手も足も出ねえ!」

「ああ? 今なんつった? 『手も足も出ねえ』っつったのか? あっはははははは! コイツは傑作けっさくだなあ! なんて心地がいいんだ! 警察が手も足も出ねえってよ! ありがとう! めてくれてありがとう! くぁっはははははああああ!」

「くっそお! ち方始め!」

 すると、警官隊が一斉射撃いっせいしゃげきに転じた! ピストルを所持した警官隊が青柱せいちゅうめがけて一斉に発砲はっぽうしたのだ!

「あははははははは!」

 しかし、斥力せきりょくの能力を持った青柱には、弾丸だんがん軌道きどうがそれてしまって一発も当たらない!

「無敵だ! 無敵すぎる! 鉄砲てっぽうが効かねえなんて、おれはどこまで無敵なんだ!」

「くっそお! 撃て! 撃て! 撃てえ!」

「効かねえなあ! だれも俺をばっすることはできねえ! 俺が思いついたものはなんだって、思うがままにやるまでだ! 無敵なんだ! 無敵すぎんだよ俺は! くぁっはははははああああ!」

 警官隊がどれだけ射撃したところで、弾丸が青柱をけてしまって一発も当たらない!

 しかし、それた弾丸の何発かが後ろにいた超撥水ちょうはっすい男に命中した!

「ぐほ!」

 ヤツは超撥水効果で液体のスライムをはじくことはできたものの、弾丸をはじくことはできなかったのだ!

「や、ヤッベえ……、食らっちまった!」

 超撥水男はその場にうずくまる!

「ぐぉおおおおお、くっそ痛え! ダメだ! やられちまった!」

 超撥水男は青柱せいちゅうに助けを求めた!

「助けてくれえ!」

「オメェ、何やってんだよ!」

「よし! ヤツには当たったぞ! 確保! 確保!」

「うるせえなあ!」

 ドスゥン!

 青柱はさらに重力を強めた! そのせいで警官隊たちは近づくことができない! 青柱は超撥水男に声をかける!

「おい! げるぞ! ついて来れるか!」

「ムリだ! 動けねえ! 助けてくれえ!」

「バカかよ! 状況じょうきょう見てみろ! こんだけ警察が集まってんだぞ! この能力は消耗しょうもうが激しいんだ! テメエの面倒めんどうなんか見てらんねえ!」

「いや、マジでヤベえ! 痛くて動けねえんだ!」

「早くしねえとヘリも来ちまう! 行くぞ!」

「ムリだ! 助けてくれ!」

「くっそ! 何やってんだ! 足手まといになりやがって! おら! おら! おらあ!」

 青柱せいちゅうは重力を強め、銃弾じゅうだんをはね返しながら、ドスンドスンと超撥水ちょうはっすい男とは反対方向へ歩き始めた!

がすな! て! 撃て!」

 しかし、青柱は止まらない!

「ちょっと、ちょっとお! どこ行くの? 助けてっていってんじゃん! おれは動けねえんだよ! おい! ちょっと待ってよ! 待ってくれえ!」

 超撥水男が助けを求めても青柱は止まらない! それどころか、通りを封鎖ふうさする警官を重力でおさえながら走り出すではないか! 青柱は超撥水男を見捨てたのだ!

「なんだ? 仲間割れか?」

「よし! こっちの男はもう抵抗ていこうできない! 確保だ! 確保!」

「くっそ! マジかよ! テメエらこっちくんな!」

 拳銃けんじゅう弾丸だんがんが数発命中したとはいえ、超撥水男も光合成人間だ! ジタバタするその腕力わんりょくたるやすさまじいものだった!

「くそ! なんてパワーだ!」

「スライムが効かねえからパワーが落ちねえ!」

盾班たてはん! 全員でさえろ!」

 手負いの光合成人間とはいえ、そのパワーは尋常じんじょうではなく容易に確保することは困難だった! しかし、ヤツは負傷してげることができない! 気迫きはくで盾班が次々とおおいかぶさるように重なって、ついは大人数でヤツを下敷したじきにしたのだった! これにはヤツの心も折れた! これ以上の抵抗ていこうをしても無駄むだであるとあきらめたのだ!

「くっそお! くっそお! くっそおおお!」

 超撥水ちょうはっすい男のさけびは青柱せいちゅうに届いたであろうか。しかし青柱の姿はすでになく、スーパーの前から見えなくなってしまっていた。


「ヤツが動き出したぞ!」

 ヘリコプターに乗っているメロンズ教授たちの方でも青柱の動きを即座そくざにとらえていた。メロンズ教授はヘリコプターを操縦しながら、モニターに映し出された地図を横目で見る。

「ヤツがこのまま進めば大きな公園に行き当たるな! よし! そこで始末する!」

「日本の警察もヘリを向かわせているぞ! あまり時間はなさそうだ! 自衛隊への要請ようせいも出ているが、こっちは手続きにもう少しかかるだろう!」

「私が降下する! お前たちはヘリですぐに立ち去れ!」

「わかった! 車を手配する! 終わったら北門に行ってくれ!」

「よし! たのんだぞ! 私が降りたら、そうだな、三分あれば十分だ! 三分で片付ける!」

 メロンズ教授が操縦するヘリコプターは高度を上げてスピードを出した。


 あれほど高い位置にあった太陽が今ではすっかり低い位置にあって、たそがれの黄味や赤味が空模様を染め始めていた。ヘリコプターから見える景色ははるか彼方かなたまで見え、空気遠近法のように遠くになるにつれ夕日に染まった空気でまぶしくかすんで見えた。夕日の織りなす光線の色合い、現象、この色彩しきさい、この景色のなんと美しいことか! ガラス張りの高層ビル群が斜陽しゃようを浴びてまぶしく日を照り返す。ヘリコプターが向かう先の前方には広大な緑地があり、葉むらの補色となる夕日を浴びた樹林は、玉虫色のような複雑な味わいの色に変化しながら斜陽のかげをつくり始めていた。ヘリコプターの爆音ばくおんを除けばいたって静かな景色である。地表に目を移せば、模型のような電車が次々と駅に吸いこまれていき、その周辺では帰宅ラッシュの人たちの姿が、ギリギリ視認できる小ささで見えるのだった。これをメロンズ教授は横目で見ていた。


「まさに働きアリだな」


 美しい玉虫色の景色を背に、夕日を浴びたタキシード姿のメロンズ教授はそう独りごちた。

 だれにいったわけでもないこの独り言は、ヘリコプターの轟音ごうおんにかき消されて、となりにいるパイロットにも聞こえるものでもなかった。


 青柱せいちゅうが向かっていた先には大きな公園がある。都会にいることなど忘れてしまうほどの自然にあふれた公園であった。森のように生いしげった木々や広大な芝生しばふおか、水遊びのできる池、ジョギングやサイクリングのコースも整備されるほど大きな公園だった。

 この公園では都会の雑路とちがって人の姿もまばらである。しかし、人口の密集地にあるこれだけの規模の公園だ。人がいないといこともない。これを青柱はねらってこの公園へ向かっていたのだ。人通りが多くもなく少くもないこの公園は、人をおそって服をうばい取るにはちょうどよい場所だったのである。

 青柱は人影ひとかげを探しながら無闇むやみにイライラしていた。というのも、超撥水ちょうはっすい男の「助けてくれ」という声が耳からはなれないでいたのである。

「くっそお、あのヤロウ。まるでおれが見捨てたみてえじゃねえか。テメェが単に能力なかっただけじゃねえのかよ。それがなんなんだ? さっきのは? まるで俺が血もなみだもねえヤツみてえじゃねえか! 俺は見捨てたんじゃねえ! テメェが悪いんだよ! だってそうだろ? オメェだってげればよかっただけじゃねえか! なあ? それがなんなんだよ! 逃げた俺が悪いみてえじゃねえか! むかつくなあ! あのヤロウ!」

 青柱せいちゅうはイライラしながら公園の中を走り回った。服をうばえそうなヤツがいないか探し回っていたのだが、どういうわけかだれも見当たらない。そうこうするうちに何やら遠くでヘリコプターの音が聞こえ始めていた。

おれは悪くねえってオメェも思うよなあ? テメェ自身が悪いんだってよ? 俺はげられたが、オメェは逃げられなかった。それだけだよなあ? 俺が逃げられたのにオメェが逃げられなかったのは、単にテメェの自己責任っていうだけだよなあ? オメェもそう思うだろ? なあ? そう思うだろっていってんだよ! マジでムカつくなあ! そうやって人のせいにしてんじゃねえ!」

 ヘリコプターの音がどんどん大きくなり、ついには青柱の真上でホバリングをし始めて、高度を下げてくるではないか! するとヘリコプターからロープが垂れ下げられたかと思うと、黒服の男がスルスルと降りてくる! それはタキシードを着た男だった!

「な、なんだあ? 警察じゃなさそうだが、アイツは何者だあ?」

 タキシードの男が暴風を受けながら地上へ降り立つと、ヘリコプターは高度を上げて立ち去り始めた。そんなことにはお構いなしに、タキシードの男は迷いなく青柱に向かって来る。

「貴様が青柱正磨せいちゅうせいまだな!」

 男は青柱を名指しした。

「見事に全裸ぜんらだな! あきれたものだ! こんな恥知はじしらずな者など他にあるまい! 貴様が青柱正磨で間違まちがいないな!」

「なんだテメェは! 人をバカにすんじゃねえ! だれにいってんのかわかってんのか!」

「貴様のことはよく知っている! ATP能力についてもな! 近づかなければ貴様には何もできないことも承知している!」

 タキシードの男は左手をピストルみたいな指の形にして青柱に向けた。それは中学校の教科書でも見たことのある、フレミング左手の法則であった。

 青柱は一瞬いっしゅん動きを止めた。ヤツはピストルなど持っていない。見たところ丸腰まるごしのようだった。

「なんだ? そのポーズは? まあ、ピストルを持ってたところでおれには効かねえがなあ! 機関銃きかんじゅうだろうがマシンガンだろうが俺には効かねえ! ちょうどよかったぜ! テメェが着ているその服をちょいとばかり借りるとするか! 着てみたかったんだよ! そういうのをな!」

 青柱が重力の範囲内はんいないに入れようとして、タキシードの男に近づこうとしたその時だった。

「イテッ」

 右脇腹みぎわきばらに焼けるような痛みを感じてそこを見てみると、なんと、脇腹から血が出ているではないか。

「なんだ? なんだこれは?」

 青柱せいちゅうはとっさに右手で脇腹をさえた。するとどうであろう。脇腹を押さえた右手からもみるみる血が出てくるではないか! 右手にも穴があいて貫通かんつうしたのだ!

「貴様にはまだ二分三十秒ある!」

 そういわれて青柱はタキシードの男を見た。ヤツは相変わらずフレミング左手の法則をやっている。

 まるでタキシードを着たマネキン人形のようであった。

「なんだこれは? テメェがやってんのかあ?」

 青柱は何が起きているのか理解できていない。鉄砲てっぽうか? いや、ヤツは鉄砲など持っていない。それに鉄砲であれば斥力せきりょくで青柱には命中しないはずだった。それならばレーザーだろうか? レーザーは可視光線でなければ視認できない。確かにレーザーの可能性はある。しかし、ヤツはそういった装置のようなものを何も持っておらず、ただフレミング左手の法則をやっているだけなのだ。それにもかかわらず、実際には青柱の脇腹わきばらや手の傷が焼けるように深くなっていくという現実だけがあった!

 なにがなんだかわからない!

 本能的に身の危険を察した青柱は、身をひるがえして歩道から外れたしげみの方へげ出した! その先には木が何本も生いしげっていて、その中の比較的ひかくてき太い幹の後ろに身をかくした。遮蔽物しゃへいぶつがあれば一旦いったんは身を守れるはずである。

「なんだ? なんなんだあ今のは!」

 青柱せいちゅうは自分の右手と脇腹わきばらをあらためて確かめてみた。相当なダメージである。

「なんだこれは? マジで痛え……、どうやったらこんな穴があけられんだ? ヤベえ、マジでヤベえ!」

 青柱はヤツが近づいてくる気配に集中した。しかし、ヤツは重力を警戒けいかいして近くまではやって来ない。

「それでかくれたつもりかね! さあ、どうした? 私がこわいのか!」

 ヤツは回りこんでくるつもりなのにちがいない。この都市公園はよく管理されているとはいえ、青柱がいる場所は歩道から外れ、木が生い茂り下草も生えている。ヤツが歩けば下草をむ音がするはずだった。しかし、なんの物音もしない。ヤツは青柱が背にしている木の後ろにいると考えられたが、木の裏側は死角になって見ることもできない。するとどうであろう、太ももの裏側に痛みを感じ始めたかと思うと、それがけて、表側からも血がき出したのだ!

「ぐあああああ! 痛え! 痛えぞ! なんだこれは!」

 青柱せいちゅうり返って背にしている木を確かめた! しかし、木が何かにやぶられたような形跡けいせきなどどこにもない! どういうことだ? 木は貫通かんつうしていないのに攻撃こうげきされているぞ!

無駄むだだよ! 物陰ものかげにかくれたところで私からはのがれられない! さて! 貴様の残り時間は二分を切ったぞ!」

 なにがなんだかわからない! とにかくここは危険だ! 動くしかない! 青柱は太ももの激痛をこらえ、ほとんど片足で逃走とうそうを試みるしかなかった!

「ぐあああああああああ!」

 青柱がげ出してすぐに、もう片方の足からも血がき出して、激痛とともに両足を動かすことができなくなってしまった! 青柱はすようにくずれ落ちる! しかし、それでも容赦ようしゃなく攻撃こうげきは続いて、青柱の胴体どうたいからも血が噴き始めた! これは致命的ちめいてきだった!


 斜陽しゃようを浴びた公園の木々たちは、その暗いかげで公園を黒々と染め始めていた。

 大空は美しいワインレッドで染められつつあったものの、青柱がいる歩道から外れた林では、生いしげった木々のかげでほとんど真っくらやみになりかけている。これでは十分な光合成などできない。この暗闇の中で、青柱はATP能力をふうじられてしまっていたのだった。

 この時、すでに青柱の全身はズタズタにされ、激しい痛みの中、もはや体を動かすこともできなくなっていた。


「も、もうダメだ……、アイツはおれを殺しにきてる……。服をうばおうとか、たまたま出会ったヤツをぶっ飛ばすとか、そんなんじゃねえ! 俺を殺しにきてる!」

 青柱せいちゅうが腹ばいになりながら後ろをり返ると、タキシード姿のメロンズ教授がこちらに向かって来るところだった。

「残念だったな! こう暗くなってしまっては自慢じまんのATP能力も使えまい!」

「くそお! こっち来んじゃねえ!」

 青柱はありったけの力をしぼって重力を発動させた! しかし、重傷を負っていただけでなく、光が不足していることと距離きょりが十分に近くなかったこともあって、メロンズ教授のヒザを一瞬いっしゅん曲げさせるほどの力しかなかった!

「貴様の能力は近づかなければ無力化できるのだよ! 観念したまえ!」

 そういって、またあのフレミング左手の法則をするのだった!

「ちくしょう! ちくしょう! ちっくしょう!」


 青柱は思った。俺はあのサザレさんをたおして最強になったんじゃなかったのか? 最強の能力を手に入れて無敵になったんじゃなかったのか? 思えばこの夏にはいろんなことがあった。そうだった。この夏を境に、いろんなことがありすぎておれはまったくちがう人間みてえになっちまった!

 俺が泳げなかったのは、知らずに発動させてたATP能力が原因だった。それがわかったのは光合成スイマーとたたかったあの時だ。あの時、俺はうれしかった。だってそうだろう? ATP能力者ってのは、なろうとしてなれるもんじゃねえ。それが、実のところ俺はATP能力者だったんだから。うれしかった。UOKwウアックウでエリート街道を進むことが約束されたようなものだったからな。あの時、まさに俺の人生が軌道きどうにのった瞬間しゅんかんだった。

 俺はATP能力を開花させた。重力の中でも身軽に動けるように光合成パワーも強化した! そして、あのサザレさんをブッたおして最強の能力に進化させたんだ! 俺は最強だ! 最強になったんだ! これまでとは別人になったんだ!

 それがなんだ? こんなにもいろんなことがあったってのに、結局全部無駄むだだったのか?

 俺はこんなヤツに殺されちまうのか?

 マジかよ! ホントにマジなのかよ!

 いやだ! 死にたくねえ!

 こんなところで死にたくねえ!


「こんなはずじゃなかった! なあ! こんなはずじゃなかったよなあ!」

「いいや! こんなはずだったのだ! 貴様は初めから負け犬だったのだ! そういうことも知らんのか! 学校で教わらなかったのか! 貧富の差、持つ者と持たざる者というものは、古くから農業が発明された時点で生まれていたものなのだ! 土地を持った豪農ごうのうと小作人といったようにな! それは産業革命にいたってさらに拡大した! デカい事業をするには資本が必要だからな! 大規模な工場なんてのはとてもじゃないが平民なんかには作れない! 銀行も金を貸してくれない! デカい車や豪華ごうかな家、豪勢ごうせいな暮らし、おおよそ人間の幸福などというものはすべて、金で買えるものなのだよ! 労働者などというものは、せいぜいその日一日の日銭をかせいで寿命じゅみょうむかえるくらいしかできないのだ! 歴史を見ろ! 今までに死んでいった人間など数えることもできまい! 数える必要もない! そういった砂粒すなつぶのような人間はこれまでも無尽蔵むじんぞうにいたのだ! これからもそうだろう! 貴様もその一人なのだ! 持たざる者というものは、どうあがこうが初めから何も持っていないのだ!」

 メロンズ教授はそういってちょうネクタイの位置を直すと、容赦ようしゃなく左手の指先を青柱せいちゅうに向けた!

「さあ! 時間だ! 死んでもらうぞ!」

「ぐああああああああ! だれか! 誰か助けて!」

 青柱は下草の生いしげる地べたをいながら助けを求めた!

「こんなはずじゃなかった! こんなはずじゃなかったよなあ!」

 青柱はなみだがあふれてきた。

「太門さん! 助けて! 太門さん!」

 我を忘れた青柱せいちゅうは思わず太門に助けを求めていた! 青柱は思い出したのだ! 光合成スイマーとたたかって川でおぼれた時のことを! あの時、太門は危険をかえりみずに溺れた青柱を助けてくれた! あの時の太門は鉄のように屈強くっきょうな男であった! それを思い出したのだ!

 ショッピングモールでもそうだった! 戦闘せんとう能力で圧倒的あっとうてき優位に立つ青柱を前にしても、心折れることもなく最後の最後までたたかったあの男の姿を! あの時、青柱は重力のATP能力がなければ完全に負けていた! おそろしいほど屈強な男であった!

「太門さん! あんた鋼鉄みてえにやさしいんだろ! 確かにあんたは鋼鉄みてえだった! やさしさってそういうことだったんだなあ! だったら助けてよ! 太門さん!」

 しかし、太門が助けに来るはずもなかった。なぜなら、太門は青柱の手によって殺されていたのだから!


「助けて! 太門さん! 太門さん!」


 こうして世間をにぎわせていた二人のネバーウェアによる連続強盗ごうとう事件は、犯人の一人がスーパーマーケットで現行犯逮捕たいほされ、もう一人は近くの都市公園で死体となって発見されて幕を閉じた。

 太門が生前見立てていた通り、青柱正磨せいちゅうせいまは大変なATP能力を開花させた。重力の能力はそれだけでもおそるべき能力であったが、それを進化させた斥力せきりょくの能力はまさに無敵といってしかるべきものであった。しい才能を失ったものである。それは自業自得ともいえる結末であったが、この男に足りていなかったのは、そういった高い能力ではなく、メロンズのような男相手でも果敢かかんに立ち向かうための鉄の精神、太門からの鋼鉄のような指導だったのかもしれない。(続く)

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