第3話
煌びやかな燭台に照らされ、きらきら輝く銀食器。籠に盛られた果物。金属っぽい光沢を放つ人型ゴーレムが、じゅうじゅう湯気を立てる何かの肉のローストを運んでくる。
私は主賓席に座り、エミリアの給仕を受けている。訳も分からず皿に取り分けられたものをとりあえず口に運んでいる感じだ。いや美味しいのは美味しいんだけど。
正面に座り、赤い目をギラギラさせてるオステロが怖い。女子高生が食事してるのをガン見って犯罪だからな?
「…で、聖都?に何しに行くの?」
オステロによると、聖都というのはこの世界の魔力の流れの中心に建設されているそうだ。強力な魔法を使うには都合の良い場所で、聖都の礎があれば私が元の世界に戻るための術式も発動するだろう、とのこと。
事情の分からない私は、ふんふん頷いておくくらいしかできない。過去にも異界から救世主を召喚し、事が成った暁には帰還したという伝承はあるそうで、少し安心する。
圧迫感のある夕食を終えると、寝室に案内された。エミリアにされるがままドレスを脱ぎ、花びらがいっぱい浮かんだお湯で体を流し、黒いゆったりした寝間着っぽいものに着替える。ゆったりしつつジャストサイズなのはもう気にしない。
天蓋付きのお姫様ベッドに身を沈める。ある種の憧れはあったが、こんな形で叶うとは。
興味もないパワースポット巡りに付き合って。
突然ファンタジーな世界に飛ばされて。
なんか救世主とか破壊神とか言われて。
今、聖都とかいう場所に向かってる。
…完全に意味不明だ。
まあでも、帰れなくはないっぽいし?気にしたところで私に何ができるわけでもないし。
するだけ無駄な心配は丸めてぺいっと放り投げ、私はベッドの柔らかさに身を預けた。
「──様。アスカ様」
誰かの呼びかける声に意識が引き戻される。目を開けても周りが何だかぼんやりしている。
…じゃなくて、ベッド周りのレースのカーテンのせいで外がぼやけて見えるんだ。自分がどこにいるのかを思い出すと、意識が一気に持ち上がった。
外がうっすら明るいのは照明ではなく外が明るくなってきたからか。思っていた以上に熟睡していたらしい。つるつるすべすべ肌触りの枕がよだれでべったりだ。
「アスカ様」
「今起きた」
外のエミリアに答えると、するするとカーテンが開いた。ワゴンに洗面器と水差しを乗せている。
「間もなく聖都が見えてきます。ご準備をお願いいたします」
カップに注がれた水を一口飲む。何だか甘い香りが付けてあって、少し酸っぱい。落ち着くけど目の覚める味だ。エミリアはてきぱき洗面の準備を進めている。
「具体的にはどんな準備するの?」
「まずはお召し替えを。それから先は、父から説明があるでしょう」
顔を洗われ、髪を梳かされ、寝間着を脱がされる。丁寧だけどとにかく早い。ベッドの上を転がっているうちに、昨日のドレスを身に付けていた。
ささっと全体を整えられ、またエミリアの先導で移動する。廊下を進み階段を下っていくと、広場みたいな所に出た。いやベランダ?バルコニー?広すぎて感覚が狂うけど、お城の一部っぽい。
「アスカ様、どうぞこちらへ。聖都が一望できます」
オステロが一段高くなった手すりの所に立って私を手招きしている。言われるまま隣に立つと、舞台状に前に張り出しているようで今までお城に遮られていた視界が一気に広がった。
「うわぁ…」
思わず口から声が漏れる。昇ったばかりの朝日に照らされ、前方いっぱいに街並みが続く。長く延びる城壁。天に向かって聳える尖塔。密集した建物の合間に見える緑は公園だろうか。街を横切るように川が流れているのが見える。城壁の外側は畑のようで、小さな家が合間に点在している。
外国の旅行番組を見てるみたいだ。街の中心に一際大きな建物がある。巨大な丸屋根と、シンメトリーに配置された塔が特徴的だ。
「これより大聖堂に向かいます。そこにある礎を使えば、アスカ様のお望み通り元いた世界への帰還が叶うかと」
オステロがそう言うのとほぼ同時に、大聖堂の鐘が鳴り響いた。朝を告げる鐘かと思ったら何か違う。何というかこう、ヤケクソに打ち鳴らしている感じというか。それに呼応するように街中の鐘が乱打され、驚いた鳥が一斉に飛び立っている。徐々に高度を下げるお城から、通りに飛び出す人の姿が見えるようになってきた。
…そりゃいきなり空飛ぶ城が迫ってくれば驚くか。ごめん皆さん、こっち指差さないで。
お城は高度を下げつつ大聖堂に近付いていく。鐘の音に混じって人の怒号も聞こえるようになってきた。大聖堂周辺に武装した兵士っぽい人達が集まっているのが見える。どう見ても友好的な雰囲気ではない。
「一応聞きたいんだけど、今日来るって話してあったりとかは?」
「先触れはしておりませんが?」
「聖都の皆さんとは仲良いの?」
「我が王国を荒らしたのは聖都の賊共。遠慮は無用でございます」
うん、薄々感じてた。これ魔王を倒したぞーって喜んでたら、復活した魔王が襲撃してくる展開だ。そしてその隣にいる黒ずくめのドレスの女。真ボス確定だな私。
「なるべく穏便にね?」
「アスカ様の御力を理解できない愚か者は速やかに処理いたしましょう。全てはお望みのままに」
「いや望んでないからね?」
そうこうしているうちにもお城は下降を続け、はっきり人の顔が見える距離まで大聖堂に近付いていた。このままぶつかるのか、というところで静止する。大聖堂の丸屋根との距離は校舎の3階からグラウンドくらい、というところだろうか。巨大な天空城がここまで接近していると圧がすごいと思う。
鐘が鳴り響き兵士達が大声で動き回る中、丸屋根の明かり取りの一つが開いた。そこから帯剣した男性が飛び出してくる。濃いめの茶色の髪を後ろで括り、赤いマントを靡かせる姿はいかにも勇者って感じだ。私と同い年くらいに見える。続いて水晶玉のついた杖を持った魔法使いっぽい20代くらいの男性と、白いローブを纏った僧侶っぽい女性。女性というか中学生くらいの、銀髪赤目のめちゃくちゃ可愛い女の子だ。魔王を倒した勇者パーティ、というところだろうか。
「オステロ、お前は倒したはずだ!なぜここにいる!」
勇者が剣を引き抜き叫ぶ。よく通る声だなーと現実逃避気味に考えてしまうのはもう許してほしい。
「控えよ、愚かな盗賊よ。我が主の御前である」
オステロもこうして聞くとテノールのいい声よね。そして我が主と呼ぶな。ほら皆の目が険しくなった。
「我が主は礎を御所望である。直ちに差し出せ」
「…貴様、何を言っているのか分かっているのか」
勇者が僧侶を庇うように立ち塞がる。
「礎は聖女そのもの。聖女を差し出せと言うのか」
「理解できているようで何よりだ」
「…狂人が。誰が貴様の思い通りになどさせるか」
僧侶じゃなくて聖女だった。それとちょっと聞き捨てならないこと言ってるような。
「礎が聖女、とは?」
「礎をその身に宿す者が聖女と呼ばれております、アスカ様。礎を通せば膨大な魔力を取り出せるため、聖女と祭り上げる輩がいるのです」
「聖女様を愚弄するな!」
魔法使いが大声で叫ぶと同時に強い光がこっちに飛んできたが手前で弾け飛ぶ。バリアっぽいものがお城の周りにあるんだろうか。ていうか今攻撃された?
「愚者に言葉は通じぬか。ならば全てを焼き払い」
「ちょっと待って」
なんですぐ物騒な方に行く。
「私はただ元の世界に戻りたいだけだから。ちょっとの間だけ聖女様?の力を借りてもいい?」
なるべく優しくお願いしたつもりだったが、勇者の目つきがより厳しくなる。
「お前は何者だ」
「何者って…」
「我が主にして救世主である。口を慎め」
「いや話がややこしくなるからやめてくれる?」
このままこうしていても埒があかなそうだ。直接聖女と話せないだろうか。ちらと聖女を見るとビクッと身を震わせて怯えられた。怖くないからね私。
「オステロ。直接話したいからあっちに行くことはできる?」
「アスカ様の思し召しのままに」
オステロがすいと手を動かすと、一瞬淡い光が現れた。光が消えたと思った瞬間には、もう私達は丸屋根の上にいた。臨戦体制の勇者パーティと対峙する形になり、かなり気まずいが仕方ない。
「えーと、本当にちょっと困ってて。力を貸してほしいってだけなんだけど」
「得体の知れぬ相手に聖女様を引き渡すことなどできぬ。去れ」
「あなたとは話してないからちょっと黙って」
魔法使いにちょっと黙って、と言った瞬間、また私の体から光が溢れた。その光が魔法使いを覆うと、押し潰されるように魔法使いの体が倒れる。え、何これ。聖女が完全に怯えきってるんだけど。
「私は帰りたいだけなんだって。あなた達を傷つけたいわけじゃない」
傷つけたいわけじゃない、で光が弱まり、潰れていた魔法使いがゆっくり起き上がる。これ、魔法が自動で発動してる感じ?
「かしこまりました。私がお役に立てるのでしたらお使いください」
「聖女様!」
「この御方の魔力に対抗できる者は聖都にはおりません。私一人が犠牲になるだけで済むのでしたらそれが一番良い解決策です」
「しかし!」
「あーいや犠牲にするつもりはないから」
そういえば具体的に何をしたらいいのか聞いてない。
「オステロ?」
「アスカ様が聖女に触れ、願えば良いのです。全てはアスカ様の望む通りとなりましょう」
触れて、願う、ねぇ?
聖女に目を向けると、ぎゅっと目を閉じ両手をお祈りの形に組んで震えている。美少女に何かいけないことをしてる気分になるな。勇者、そんな殺意の籠った目で私を見ないで。
「…それで聖女に何か危険が及ぶとかは?」
「聖女を通して礎の魔力を引き出すだけですので、問題はございません。何か起きるとすれば、それは器となる聖女自身の問題です」
説明されても分からなそうなので、諦めてとりあえずやってみることにする。聖女に近付きそっと肩に触れると、また私から光が溢れて聖女の中に流れ込んだ。今までと違って、一方的に流れ出しているというより何かと混ざっている感じだ。これが礎?分からないけど。
──元の世界に帰して。
そう願うと、流れの向きが揃い、強くなった。何だか一部詰まっているような感じがしたのでそこに流れを向けると、何かがすっぽ抜けたような感覚と共に一気に流れが早くなる。ずわっと光に飲まれて、そして。
靴下を通して感じる床が冷たい。欄干の向こうはフリーフォールの絶壁だ。小鳥がすいっと横切っていく。
──帰って、きた?
急ぎ足で廊下を引き返す。いくつかの衝立を越えて、靴箱のところまで戻ると向こうにバスが見えた。よかった、ツアーバスはまだ出発してない。
「どこ行ってたの?遅いじゃない」
「…トイレ」
バスの座席に戻ると、母はもうお土産を広げていた。お守りやら何やら、スピリチュアルなパワーが一杯っぽいものが溢れている。
「飛鳥も何か欲しい?一個あげる」
広げられたお守りの中に、張り子の鼠があった。灰白色に赤目が、なんとなくオステロっぽい。
「じゃあ、これ」
鼠を手の中で弄びながら、バスの出発を待つ。座席に身を預けて目を閉じると、すぐに意識が遠のき始めた。めちゃくちゃ疲れた。眠りに落ちる前に、固く決意する。
もう当分、バスツアーには参加しないぞ。
私、真ボスになりたいわけじゃないんだけど。 田中鈴木 @tanaka_suzuki
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