教皇庁に禁書指定されたジャンヌ・ダルク伝

しんの(C.Clarté)

完訳プロジェクトについて:序文の比較、原著者と旧翻訳者の大きな違い

序文と解説:時系列

 1921年にノーベル文学賞を受賞した作家アナトール・フランスは、1908年に伝記『ジャンヌ・ダルクの生涯(Vie de Jeanne d'Arc)』を発表した。


 15世紀当時から現在にかけて、ジャンヌ・ダルクを題材にしたタイトルは数え切れない。研究者と作家のインスピレーションを刺激し続けている。


 中でも、アナトール・フランスの著書は「もっとも誠実に書かれている」と高く評価されたが、刊行翌年にフランスで聖職者80人が批判キャンペーンを展開し、1922年にローマ教皇庁の「禁書目録」に登録された。


 時は20世紀、もはや異端狩りの時代ではない。焚書・処刑される事態にはならなかったが、カトリックの最高権威から「不道徳な有害図書」と名指しされれば、流通に制限がかかるのは想像に難くない。

 信仰が生活に根付いている社会で、ごく普通のまじめな一般人はこういった本を手に取ろうとは思わないだろう。


 いまや、世界中の誰もが知っているジャンヌ・ダルクの物語。


 現代にほど近い20世紀初頭という近代末期に、

 カトリックの聖職者たちは何を恐れたのだろうか。


 このページでは、アナトール・フランス著「Vie de Jeanne d'Arc」を現代日本語で全訳することを目指している。機械翻訳による下訳をベースに細部を調整したつたない訳文であることをご承知おき願いたい。

 底本として、ウィニフレッド・ステファン(Winifred Stephens)による英訳版『THE LIFE OF JOAN OF ARC(1909)』と、吉江孤雁による邦訳版『ジャンヌ・ダルク(大正6年)』を参照している(敬称略)。


 原著の著者、英語版の翻訳者、日本語版の翻訳者。いずれも、著作権保護期間である「死去から70年」以上経過していることを付記する。


 なお、1966年6月14日、ローマ教皇庁教理省宣言において禁書目録の制度は廃止になった。

 とはいえ、カトリック教義を脅かす恐れがある禁書(だった本)を推奨することはできないという立場を表明している。



▼時系列

1412年ごろ…………ジャンヌ・ダルク(ラ・ピュセル)誕生

1431年5月30日…ジャンヌ・ダルク、火刑により死没

1456年7月7日……復権裁判でジャンヌの名誉回復

1908年………………アナトール・フランス『Vie de Jeanne d'Arc』発行

1909年………………英訳版『THE LIFE OF JOAN OF ARC』発行

1917年………………邦訳版『ジャンヌ・ダルク』発行

1920年5月16日…ジャンヌ・ダルク列聖

1921年………………アナトール・フランス、ノーベル文学賞受賞

1922年………………アナトール・フランスの著書、ローマ教皇庁禁書目録に登録






【カクヨム掲載に際しての追記】


以前、アナトール・フランスの著書(原題:Vie de Jeanne d'Arc)を、

『ローマ教皇庁に禁書指定されたジャンヌ・ダルク伝』と題してnoteとアルファポリスで連載してましたが、諸般の事情により中断しました。


なにせ、上巻だけで脚注1598件。膨大な情報量についていけなかった……。


あれから数年。地道に作業を続け、ついに上巻完訳!!(下巻は未定)


中断・放置している状態を引け目に感じてましたが、再び読み直したことで、以前は意識しなかった「原著者が執筆した意図と、旧邦訳版の目的の違い」が明らかになり、ただの翻訳にとどまらず、完訳する意義を考えるきっかけになりました。

この件は、本編前の「序文の比較」で取り上げます(下記参照)



なお、本書は吉江孤雁先生が大正6(1917)年に邦訳版を刊行しています。


ジャンヌ・ダルクを日本で初めて紹介した貴重な文献ですが、省略・簡略化されている部分が散見され、上下巻合わせてなんと4章分が全文未収録。

ページ数で換算すると、全体の10%が欠けています。


特に、ジャンヌ没後のフランス情勢と復権裁判について触れている下巻最後の二章は完全に脱落しており、日本で「シャルル七世はジャンヌを見捨てた」説がいまだに根強く残っている一因かもしれません。

また、ラ・ピュセル(女性の召使い、下女、メイド)を、語感の美しい「乙女」と意訳したのも吉江先生が発端のようです。


つまり、原著者アナトール・フランスが、聖人化・美化されていない「ジャンヌの素顔」を描き出そうとしている(次ページ『英訳版・序文』を参照)のに対し、吉江先生の翻訳版は「聖人ジャンヌ・ダルク」の姿のみを抽出しているということ……。


ジャンヌ・ダルクを知らない人を対象に、彼女を紹介するという意味では致し方ないと思いますが、原著者の意図から乖離しているのは否めません。


現在の日本では、ジャンヌ・ダルクの名前と生い立ちがよく知られています。

そろそろ、100年前に削ぎ落とされた人間らしいエピソードや埋もれたキャラクターを掘り起こし、光を当ててもいい時代です。


本シリーズでは、過去の邦訳版で省略した内容も含めて、全文を翻訳する予定です。

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