第8話 チャイを飲みながら(目黒音夜視点)
「ただいま〜」
陽気な声と共に、仕事を終えて帰宅した母が部屋へと入ってきた。
「おかえり」「おかえりなさい」
「今日はごめんね、夕飯食べる予定だったのに、急に食事会が入っちゃて」
今日は通常の時間に帰宅する予定だったのだが、長らく合っていなかった仕事の同僚と久しぶりに会えることになったらしく、帰宅が遅くなっていた。
「問題ないって。余った分は明日、俺と友梨の弁当にしちゃうからさ」
今日みたいに、急な用事や残業といったこともたまにあるので、そんな日はよくこんな感じの対応をしていた。
「ありがとね。お詫びって程でもないけどお土産あるよ〜。マサラチャイ。インド帰りのお友達からの本場の味だよ〜」
母の仕事は海外旅行関係のため、外国人の友達や多々海外に出かけている同僚が少なくない。
「ママごめん、せっかくだけど明日は数学の小テストがあるから予習したいし、私はもう部屋に行くね」
「そう? 了解。これ好きな時に飲んで構わないからね。おやすみ〜」
「うん。おやすみ」
友梨はそう言うと階段を登り、自室へと入っていった。
「音夜は飲むでしょ?」
お土産の入った袋を、軽快に降ってアピールする。
一緒に飲みたいオーラが、強く伝わってくる。
「せっかくだかた、もらおうかな」
「はいよ、それじゃちょっと待っててね」
キッチンに立ち、手際よく手を動かしていく。
「やっぱ、インドといえばマサラチャイよね〜、あとはバターチキンカレー。今日のお店のところ、すっごく美味しかった〜」
「同僚ってインドに言ってたの?」
「そう、今はカイロの支店で働いててさ。だから今日は彼女オススメのインド料理屋に行ってきたの。値段も高くないし、良いお店だったよ」
粉物のインスタントということもあり、早々に作り上げた母は、両手にチャイの入ったマグを持ち、ダイニングへと帰ってくる。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
カップから甘いシナモンと、海外産ならではのスパイスの香りが広がる。
「なんか、あんた顔疲れてない?」
「そう?」
「まぁ、なんとなくそう見えただけだけど、なに? 友梨とケンカ……って、あんたたちがするわけないか」
抜けているようで、たまに母親はこちらの表情を、上手く読んでくることがある。
「なんか友梨との関わり方が、難しいなぁと思ってさ」
友梨にいろいろ聞き出そうとして、結果怒らせしまったことで、多少の疲れを感じていたのかもしれない。
「はぁ? そんなのあたりまえじゃない。もうあの子も17歳になるんだし、本来父親や兄と同じ洗濯機に入れられたら、発狂するような年齢よ」
「やっぱ、そういうもんだよなぁ」
「洗濯はたとえの話しだけどさ、あながち間違ってないと思うのよ。この時期、男の家族に冷たい女子高生なんて、普通過ぎでしょ」
確かに、仲良くなんでも話せるような兄妹の方が、珍しいのかもしれない。
「ねぇ、母さんは友梨が今欲しいと思ってる物とか、知ってたりする?」
なら、ここはいっその事、母さんに相談してみるのもありかもしれないな。
「友梨の欲しい物?」
「うん。もうすぐ友梨の誕生日だからさ」
「そうねぇ……最近だと、新しい財布が欲しいって言ってたわよ」
けっこう直ぐに返事が返されたことに、驚いてしまう。
「母さんとは、そういう会話するんだな」
「あたりまえじゃない。そんな会話も出来なきゃ、家族不和もいいとこよ」
これならはじめから、母さんに相談しておくべきだったかな。
「財布かぁ……」
「今使ってるのは古いし、ケートクローバーの新しいモデルがい良いなぁっていう話をこないだしてたばかりだから、まだ欲しいんじゃない?」
「とりあえず、財布を中心に見てみるか」
「なに? どっか買いに行くの?」
「あぁ次の休みに、友達と買いに行こうと思って」
「なに? 友達って、もしかして女?」
いやらしく、何かを期待するような表情でこちらを見ていた。
すごく……答えにくい。
「そうだけど……なに、その顔」
「ついにあんたも彼女を作る気になったかぁ〜。あんた、そんな身なりして高校でも彼女作らなかったから、母さんマジで心配だったんだからね?
……お小遣いあげようか?」
母さんは、めっちゃ笑顔で嬉しそうに食いついていた。
「いや、なんでだよ。いらないよ」
友達との買い物にお小遣いって、中学生の親じゃないんだから。
「いやいや、ここは全部あんたが奢ってエスコートして、絶対にキープしときなさいよ」
猛烈にプッシュされた。
高校の時からより顕著になったが、やたらと母さんは彼女を作るよう俺に迫ってくる。
理由としては、いつか俺の彼女と一緒に、和気あいあいとお出かけしたり、遊んだりしたいかららしい。
「夕飯はザギンのシースー確定ね」
「いや、夕飯は家で食べるって」
「いやいやいやいや、あんた馬鹿なの?」
実の息子に馬鹿とは、何事ですか母さん。
「夕食は無理だけど、一応手伝ってもらいついでに、ケーキは奢る予定だけどさ」
「ピエール・エル厶・パリに予約の電話ね」
正直母さんは本気なのか、冗談なの分からくなることが多く、反応に困ってしまう。
「そんな明らかに名前だけで高そうなことが分かる店、行かないから」
「話を戻すけど、ワミズミモールに、なんかオススメの店ある?」
「私は本気で、予約のサイトも開いてたのに……」
頬を膨らませて、拗ねる母。
「まぁいいや。そうねぇ〜、そういえばあの子、友梨がワミズミモールにハワイの雰囲気が良さげのカフェが、新しく出来らから行きたいって言ってたわよ……名前は、忘れたけど」
新しいカフェか。
さっきはそんなこと、一言も言ってなかったなぁ。
「ちょっと調べてみたら?」
「そうだね。ありがと」
「ちゃんとエスコートしてあげなさいよ。夕飯はお赤飯炊いて待ってるからさ!」
「赤飯って、母さん意味分かって言ってる?」
妹とは違って、時折母さんの扱い方も迷うことがある。
まぁそもそも俺は、女性との関わり方自体が、下手なのかもしれないな。
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