20

 テンプルを爪先で射抜かれた瞬間、脳の奥からパリンッと、意識が割れる音がした。

 意識なのか、それとも心だったのかもしれない。


 跪いた状態だった鷹一は、蹴り抜かれた方向へ倒れようとしていた。


 だが、鷹一の脳裏に、まるで走馬灯のように、これまでの人生が駆け巡る。

 走馬灯は、死という人生最大の危機を乗り越えるために、脳が加速オーバークロックして、今までの経験からその危機をどうやって乗り越えるかを探しているのだというのが定説だ。


 鷹一の中に、すぐ夜雲を倒すことができる経験がなかった。


 だが、


 それが、走馬灯の中で鷹一が得た答えだ。


 すでに上下すら怪しくなるほど、意識が混濁している鷹一。

 だが、地面に掌をつき、震える足でなお立ち上がろうと、地面を押す。

 胃の中で胃液が荒れ狂い、喉元まで登ってきている。

 脳になにかを突き刺されたような激痛も走っていた。


 しかし、それが戦いをやめる理由にはならない。

 

「オレの、存在を、刻んでやる……ッ」


 夜雲の表情が曇った。

 鷹一は、ゆっくりとではあるが、立ち上がろうとしている。

 それはつまり、まだ夜雲に勝つつもりでいる、ということだ。


「……キミ、まるでこの戦いに、選手生命を賭けてるみたいだ」


「人生が種銭だ。真剣なのは、当たり前だろうが……!」


 鷹一は、拳を握った。

 だが、どうしても立ち上がることができない。

 拳以外が、言うことを聞かないのだ。

 拳と脳だけが、繋がっているような感覚。


 しかし、それで十分だ。

 元々鷹一は、自分の価値を拳以外に置いていない。


 鷹一は、跪いた状態のまま、“正義の十字クロス・ロンギヌス”を巻いていた右腕を突き上げるように、アッパーを放った。

 

 打撃系のパンチの質には、主に二通りあると言える。


 ハンドスピードで、相手の防御を貫いて意識を刈り取る、刃物タイプ。

 腕力で相手に拳を押し込み、そのパワーでダメージを与えるハンマータイプ。


 鷹一はどちらかといえば、前者である。

 あとは細かな技術とトレーニングで、パワーを両立をさせている。

 つまり、普段はまるで閃光ストロボのようなハンドスピードで、意識を刈り取るパンチを放っているのだが。


 今の鷹一の拳は、ハエが止まるほどのハンドスピードだった。


 精神通話テレパスは、感情も伝わってくる。

 紅音の、落胆――まるで、宝物が壊れてしまったような、そんな気持ちが伝わってきた。


 どれほど紅音が、鷹一の右拳に期待をかけていたかが。


「……敬意を表するよ」


 夜雲の言葉が、鷹一の消えかけた意識に差し込まれる。


「ボクは、強い人を探してきた。今まで強いと思った人は、悪いけどいなかった。でも、キミは強いよ」


 夜雲は、手を折りたたんだ。

 そして、左足を踏み込み、切り裂くように、鷹一の顎へ右肘を叩き込んだ。


 鷹一の顎が、左へ揺れた。


 それは、世界がひっくり返ったような衝撃。


 すでに、視界が暗くなっていた。

 だが、鷹一はそれでも、拳を突き出す。

 その拳が、誰に当たることがなくとも。


 

   ■



 結果は、鷹一の負けだった。

 AAAの試合では、意識が無くなればその瞬間、強制転送が行われる。


 鷹一は、意識を無くした瞬間、強制的に亜空間フィールドから退場させられた。


「鷹一さんッ!!」


 紅音は、転送された意識のない鷹一に駆け寄り、ポッドの中にいる鷹一を、引きずり降ろし。

 控室の端に置かれたベッドへ寝かせる。


 負けるとわかっていた。

 ただ、それでも、紅音の計画では、鷹一が夜雲との実力差を理解し、試合スパーが止まるはずだったのだ。

 そして、その後。

 鷹一は指導者トレーナーがいることの重要性を理解する。

 ――はずだったのだ。


(私は、鷹一さんの、勝利への執念を甘く見すぎていた)


 最強ザ・ワンを目指す、鷹一の執念は、紅音のそれを大きく上回っていたのだ。

 彼の戦いぶりは、まるで「最強ザ・ワンでなければ、生きている資格がない」と語るかのようであった。


 紅音は、ベッドに眠る鷹一の顔を見る。


 顔にダメージの様子は、あまりない。

 だが、それはつまり、的確に急所を撃ち抜かれたということであり、それだけ鷹一と夜雲の実力差を物語カタっていた。


(夜雲ちゃんの実力は、わかっていたはずだったのに……!)


 紅音の計算では、当然、鷹一は負けていた。

 しかし、彼女の計算に狂いがあるとすれば、それは鷹一の精神性メンタリティに対してだ。


 普通の人間であれば、ハイキックをこめかみに直撃クリティカルした時点で、負けを認めていただろう。


 しかし、それでもなお、鷹一は勝つつもりでいた。


 この異常な精神性ルナティックはなんだ?

 鷹一を心配する気持ちと、不気味さが、紅音の中で渦巻いている。


 そんな時、控室の扉が叩かれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る