第15話 嫉妬
「凪ちゃん凪ちゃん、ここに正座して?」
恋はわたしの部屋に着くやいなや、そう言いながら床に置いてあるクッションをぽんぽんと叩く。なんだろうと思いながらもわたしは恋に言われた通り、クッションの上で正座をする。
自分の部屋で正座をするなんてなんだか変な感じだ。
「えーい!」
そんなことを考えていると、恋が勢いよく倒れ込んできて、わたしの膝の上に頭を乗っけてきた。
「ちょっ!? どうしたの急に!?」
わたしは動揺して思わず立ち上がってしまいそうになったけれど、わたしが今立ち上がったら恋が頭をぶつけてしまうかもしれないという可能性がわたしの動きを固定する。
「一回やって欲しかったんだよねー」
「え、恋もなの!?」
ものすごい既視感。
役割は逆だが、つい先日もわたしは同じようなことをやった気がする。
(膝枕ってそんなに頻繁にやるものではないような気がするのだけど? それともやっぱりわたしの感覚がおかしいだけ?)
膝枕は二回目だからといって恥ずかしさが和らぐはずもなく、わたしはただただ顔を赤くすることしかできなかった。
「……恋も?」
「え?」
「恋もってことはわたし以外の人にも膝枕したんだ?」
「あっ……」
(た、確かに…… 恋もって言ったらバレちゃうに決まってるじゃん、わたしのバカ……)
なんでわたしはこういつも言わなくてもいいことを無意識に口にしてしまうのか。
「優良ちゃんにしたの?」
「う……」
「優良ちゃんなんでしょ?」
「え、えーっと…… はい……」
わたしは恋に詰め寄られてしまい、成す術なくうなだれるようにそう返事を返した。同時に優良への申し訳なさも生まれた。
「へえ…… でもそれだけだよね?」
「え?」
「優良ちゃんとは膝枕しかしてないよね?」
「えっと……」
(他にも優良としたこと…… あっ……)
わたしは膝枕からの流れで昨日のキスを思い出す。
するとどんどん顔が熱くなっていくのが自分でもわかる。
さすがに昨日の今日だったのでまだ鮮明に思い出すことができる。あまり意識しないようにしていたのに、恋の質問のせいで思い出してしまった。
でもこんなこと恋にバレてはいけない。わたしは顔が赤くなっているのを隠すために今すぐにでも顔を両手で覆いたい衝動を抑えて、なんとか冷静を装う。
「してないよ!」
「嘘だ」
「え!?」
してないよと言うと一秒も経たないうちに嘘だと見抜かれてしまったわたしは思わず驚きの声をあげてしまう。
「だって答えるまでになぜかすごい間があったし」
「うっ……」
「なんか凪ちゃんの顔が赤くなってるし」
「ううっ……」
「なにより凪ちゃんの顔に嘘ですって書いてある」
「うううっ……!」
恋の強烈な三連パンチがわたしの心にしっかりとめり込んできた。
わたしは嘘がつくのがこんなに苦手だったのだろうか。うっかり口は滑らせちゃうし、ここぞという時に嘘は見抜かれるしで本当に散々だ。
「言いたくない……」
わたしはそう言うことしかできなかった。
嘘が見抜かれたとはいえ、さすがに昨日は優良とキスをしましただなんて軽く言えるようなことではない。
「……うん、やっぱりわたしも何があったかなんて聞きたくない」
恋はそう言うと急に起き上がってわたしに抱きついてきた。
「恋!?」
わたしが慌てていると、だんだんと抱きしめる力が強くなっていって、わたしは体に痛みを感じ始める。
「ちょ、恋、痛いよ!」
わたしが痛みに耐え切れなくなってそう叫ぶように言い、恋の背中をどんどんと叩くと徐々にわたしを抱きしめる力が弱まっていく。
わたしは安心しながらも、急に変になってしまった恋のことが心配になる。
「どうしたの、恋?」
「嫌なの……」
「え?」
「わたし……」
恋がわたしから離れて俯きながら口を開く。
「わたしね、こう見えて実はすっごく嫉妬深いの。凪ちゃんにはわたしだけがいれば
いいの。凪ちゃんの目に映る人はわたしだけでいいの」
「恋さん?」
「でも束縛とかしたくないし、普段は頑張って我慢してるの」
「そ、束縛……」
(束縛って結構なパワーワードだな……)
なんだか今日はずっとわたしの知らない恋を見ているようだ。
そんなに我慢していることも知らなかったし、今まで嫉妬深いの「し」の字も恋に感じたことはなかった。
「本当は優良ちゃんが凪ちゃんのこと好きなのはものすごく嫌。でも優良ちゃんはわたしの大切な幼なじみだから優良ちゃんだけはってなんとか我慢してるの。でも今はちょっと抑えきれないかも……」
恋はなんとも形容しがたい表情でわたしを見つめる。あえて言うならばこれが嫉妬をしている人の表情なのかもしれない。
わたしは恋の今の感情があまりよくわからない。
例えば一色さんについてで考えてみると、他に一色さんのことが好きな人がいると考えてもチクッとするくらいでおかしくなるほどの嫉妬を覚えたことはない。
それほど一色さんに魅力があるし、仕方がない、当たり前だよねと考えている部分があるからだ。
きっと一色さんに彼氏ができたとしても、恋が抱えているほどの嫉妬をすることはないように思える。
嫉妬とはそんなに苦しいものなのだろうか。
「ど、どうしたらいい?」
あまりにも恋が落ち込んでいるように見えたので、わたしはなんとか恋に元気を出してもらおうとした。
「……じゃあわたしにもキスして。そうしたら許してあげる」
「え……」
そう言われてわたしはぴくりと動きを止める。
(き、キス? え、わたしからってこと? ちょっと待って!? さすがに恥ずかしすぎるよ、それは!)
優良からされた時でさえ恥ずかしいを通り越して苦しかったのに、自分からするとなるときっとわたしは苦しいどころじゃ済まなくなるような気がする。
「キス以外でっていうのは……」
「優良ちゃんとはキスしたのに? わたしはダメなの?」
「そ、それは……」
(確かにそうだけど……)
「……キスしてくれないと凪ちゃんと当分口聞いてあげないんだから」
「ええ!?」
それはものすごく困る。恋と話してるといつも心が温かくなるような安心感があるし、恋に嫌われてしまうことはわたしには耐えられない。
わたしはどうすればいいか悩んだ。
「……ごめん凪ちゃん。今のはやっぱりなし──」
「わかった」
「え?」
「キス……するよ。でも寝る前でもいい? 心の準備しておきたくて」
「……! うん! うんうんうん! 全然おっけーだよ!」
「わたしちょっと汗かいちゃったから先にお風呂行ってくるね」
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