38話。この世界は脅威だらけ

「おっ、今度は美味しい!」

「やっぱり、味付けが大事なんですね」


 今度はちゃんと塩やら胡椒やら様々な調味料を使って調理した飛竜の肉を食べて、エマとイヴは目を輝かせる。

 肉を食べたところでイヴのエネルギーに変換されることはないが、味を感じる機能がある以上有効活用していくべき、というのがイヴの考えだった。


「そういえばエネルギーに変換されないって言ってたけど、食べたものはどうするの? ……えっと、吐いたりするの?」

「吐きませんよ。変換はできずとも消化はできますから」

「エネルギーに変換されない消化ってなに……?」


 エマの疑問は尤もだが、そもそもイヴの機能は全体的に謎が多い。

 これもその謎の一つとして、それ以上深くは追及しないことにした。


「まだまだ肉はあるとはいえ、満腹まで食せば逆に動きにくくなる。まぁあと、消化するのも結構辛い。腹八分目ぐらいにしておくといいだろうな」

「ん、りょうかいへふ」

「私にはたくさん食えって言う癖に~」

「お前は体質的に満腹だろうが全て消化し糧とするだろう。そのうえ消化も早いと来れば、食わぬ理由はあるまいよ」

「はいはい、ちょっとじゃれただけだよ。あ~むっ」


 ニケはサムの肩にもたれかかって、のんびりと肉に齧り付く。

 持っている肉はエマの持っているものとほとんど同じサイズだが、彼女の身長もあってか、エマはどうしても自分の肉と同じサイズだとは感じられなかった。

 そうやって二人が食べる様子を眺めていたエマだったが、せっかくゆっくりできる時間があるのだし、親睦を深める意味でも今のうちに気になったことを聞いておこうと思い立った。


「……そういえば、サムさんとニケさんはこの世界の生物について詳しそうでしたけど、この世界にはよく来るんですか? マップとかも結構埋まってるみたいでしたし」

「よく来るというか……まぁそうだな、お得意様の依頼主がこの世界の生物の素材を欲しがるんでな。入り浸ってるってほどではないが、拙者オレたちにとって馴染み深い場所ではある」

「私はデビューして日が浅いからそこまでだけどね。とはいえサムと一緒にたくさん仕事してきたから、私も詳しい自信はあるよ」

「なるほど。お二人はよく一緒に活動されているのですね?」

「まぁ、サムは私がデビューする前から面倒見てくれてたしね。これでも一緒にいる期間は長いと思うよ」

「なるほど、私にとっての師匠と同じ感じですね」


 二人の距離感を見ても、互いにかなり気を許しているのはよく伝わってくる。

 その様子は親戚のお兄さんに絡む少しだけ年の離れた女の子のようにも見えた。身長差を考えると、むしろニケの方がお姉さんに見えてしまうが……。


「ところで、あの。お得意様……っていうのは?」

「ん、さては貴殿はか。となれば、あまり馴染みはない概念かもしれんな」

「あ、はい。そういえば自由派って、師匠がなんかそんな感じのこと言ってた気がします」

「ふむ。ニケの話を聞く限りだとまだ新人とのことだ。いい機会になるかもしれん、少しだけそこらについて教えるとしよう。自分と違う型の人間についても知っておくといい」


 どうやら、サムは質問されたことについてなるべく教えたがる人種らしい。それも単に知識をひけらかしたいというよりは、相手に学びを得てほしいという考えからくるものだ。

 やり方は違えど、その考え方は美来と似ている。ニケの様子を見ていたというのも頷ける。

 たまには師匠以外から学ぶのもいいだろうと、エマは素直に聞くことにした。


「まず前提として、探検家とは依頼をこなす職業だ。拙者オレたちに依頼を受ける義務はないとはいえ、これは探検家のシステムの根本にも関わるからな。例えば、階級の基準は本人の実力とされているが、この実力というのはつまるところをさす。依頼という形式は、それぐらい探検家の根本に関わっている。ここまでは理解できたか?」

「はい」

「よし。いい返事だな。さて、この依頼というシステムだが、義務がない以上この依頼を受けるかどうかは探検家個人が決めることだ。

 未来の探検はしたいが、特に決まった目標がない者。または誰かの役に立つのが好きな者などは依頼を受ける者が多い。逆に、自身の目的を優先したい者や一人で自由にやりたい者などは依頼を受けないことが多くなるだろう。

 そこで依頼を積極的に受ける者を“依頼派”、依頼よりも己の目的を重視する者を‟自由派”と呼ぶ風潮があるんだ。まぁ、実のところは明確に区分できるものではないがな」

「はぇ~……となると、私はたしかに自由派になりますね」

「そうだな」


 説明が一区切りしたタイミングで、サムとエマは肉に齧り付く。

 イヴもサムの説明はエマと一緒に聞いていたが、肉に齧り付くことはせず、味を堪能した後は手を付けていなかった。エネルギーにならないため、たくさん食べる理由もないのだろう。

 なお何度も聞いたのか説明に興味を見せないニケは好きに肉を食べ続けており、既にエマやサムの三倍近い量を消費していた。


「さて、この‟依頼派”にも色々な種類の人間がいるが……全部話すと長くなるからな。今回はあくまでも入り口だ。拙者オレたちのように‟依頼達成手当”を目的としている者についてだけ話すとしよう」

「依頼達成手当とは、依頼の達成数に応じて支払われる報酬ですね? 依頼人の設定した報酬とは別で支払われ、沢山達成することで金額としても大きなものになると聞いています」

「そうだ、よく知っているな。

 依頼の達成数に応じて支払われる以上、それを目的としている拙者オレたちにとって重要になるのは依頼の数だ。適当にあるものを受け続けてもいいが、達成が目的な以上、安定して受けられる依頼があった方が助かるってものだ。そこで、先ほど話した‟お得意様”に繋がってくるってわけよ」

「なるほど。優先的に自分たちへ依頼を行ってくれる依頼主のことをそう呼ぶのですね。」

「はぁ~。それ、お得意様側としても自分の依頼を安定してこなしてくれる人がいるってのは安心しそうだし、いいですね」

「そそ。互いにな間柄ってことね」


 満足したらしいニケが骨をデータに変換して回収していく。

 切り落とした皮も同様に回収しているため、こういうのも素材収集の一部として行っているのだろう。

 食べ残しを渡される依頼人の気持ちを考えるエマだったが、お得意様というからにはこれらについても理解した上で依頼を回しているのだろうと勝手に納得した。



♢♦♢♦♢



「よし。では、そろそろ出るとしよう」


 全員が食べ終わり少し休憩した後、必要な素材を回収したサムが地図を開きながら言った。


「貴殿らの目的地を地図と照合した結果、地形が変化していなければ7時間ほどで付近には到着できるだろう」

「地形が変化してなければ?」

「この世界は、通常の災害よりもすんごい強力な‟超災害”が頻繁に発生するからね~。局所的超地震とかで突然山が生えてきたり逆に渓谷が生まれたりなんてのは日常茶飯事だからさ」

「例えばこの平原だが、これも実は超竜巻で地形がかき混ぜられ、ならされたことでできた地形だ。半年前までは此処も小さな山だったんだがな。一晩でこうなった」

「えっこわ……普通平原って長いこと地形が変わるような災害が起きてない場所じゃないと存在しませんよね?」

「本来ならな。だがこの世界では違う。超竜巻、超台風、局所的超地震、超噴火、超巨大津波、超陥没孔、超災害級生物、まだまだ様々な脅威が溢れている」


 どうやらこの世界は思っていたよりも危険な世界だったらしい。

 とはいえ、探検家は死んでも復活するため危険なだけでは気にする必要もない。気になるのは危険度が上がったことによってより時間がかかってしまうことぐらいだ。


「もしかして、先ほど戦闘前に聞こえた轟音もその超災害によるものなのでしょうか?」

「あー……ん~……多分そうだと思うけど、どうだろ……」

「いや……あれは超災害でいいだろう。彼奴あやつの出した音にしては妙に長かったからな。あぁ、そうだ。一応、巻き込まれる前に注告(※伝え知らせるという意味)をしておいた方がいいか。からな」

「にゅ?」


 イヴの疑問に対して何故か苦い表情で顔を見合わせる二人。

 その会話の中で何かを思い出したのか、サムは真面目な表情でエマとイヴの方へ向き直した。


「この『超災害惑星ディザスターアース』において、超災害以外にも一人、警戒すべき相手がいる。

 地形を容易に塗り替える超災害にも劣らない、明確な脅威。彼奴の正体は超生物以上に人智を超えた生物の‟鬼”であり、この世界に入り浸っているただの戦闘狂。


───名を、『黄泉坂よみざか くらい』。他の探検家から“”と呼ばれている、1級探検家だ。」


 説明のためか、サムは彼の映る画像を呼び出しながら二人へ告げた。

 画像の中では、赤い肌に二本の角を生やした男が自身の二十倍はありそうな巨大な飛竜ワイバーンをねじ伏せて笑っている。

 エマとイヴはこの飛竜が『空の王』と呼ばれていることを知らないが、それでも明らかに異様な光景であることは伝わってきた。


「彼奴と拙者オレは腐れ縁でな……鬼の嗅覚か、それとも彼奴自身の特殊能力か。何故か遠くからでもの匂いを嗅ぎつけやってくる、手に追えん災害なのよ」

「さらっと言ったけど、まるで‟自分は強者側”ですって言ってるようなものじゃない?それ」

「いや己惚れるつもりはないが拙者オレは強者側だろうて。流石に負け越してはいるがな」

「もしかして、仲良いんですか?」

「いや、戦場以外では会わんからな。別に良いも悪いもないさ。あくまでも‟腐れ縁”よ」

「なるほど。そういう関係性もあるのですね……」


 サムと黄泉坂のように、探検家同士の関わり方は様々だ。

 自分にはこれからどのような人とどのような関係性が増えていくのか。イヴは自分でも気づかないままに、数ミリだけ口角を上げていた。


「まぁ、つい今しがた言ったように、‟確実に出会う”というのはそういうこったな。画像のものに比べればかなり格は劣るとはいえ、中型の飛竜を一撃で叩き落すほどのが此処にいるのだ。彼奴であれば貴殿の位置を探し当てて何処からか飛んでくるであろうよ」

「それは、まるで本当に災害のような人ですね」

「だから脅威って表現をしたんだ~。まぁ対策のしようもないし、出会ったらその時考えるって感じになるんじゃないかな」

「だからあくまでも注告だ。最悪出会ってしまったら拙者オレかニケが状況判断を行う。彼奴以外の超災害や超生物に出会った時も同様だ」

「やーほんと、ありがとうございます。もう存分に、先人の知恵に頼らせていただきます」


 エマが両手を合わせてお辞儀する。それを見て真似するようにイヴもお辞儀を行った。

 脅威だらけのこの場所で目的を達成するには先人に頼ることが必要だということを、話の中で実感したのである。

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