33話。当分の目標、目下の目標
「それではまず、前提を整理しよう」
「最終目標は
「施設の方、場所はあらかた。方法は不明かな。イヴちゃんは?」
「座標の制定法についての擦り合わせさえ行うことができれば、私の方から共有可能です。ですが、特殊な技術を用いているために座標情報だけで発見することは不可能かと思われます。技術の仕組みについて共有だけ行っておきますね。
───……すみません、これで私のデータを送信するには、どうしたらいいんでしょうか」
「ん? あそっか。ちょい待ち~」
美来と梓睿に助けを借り、イヴが記憶域のフォルダから圧縮ファイルを送る。初めて見る方式の技術に多少苦戦はしたが、流石という言うべきか数分程度で作業を完了させてしまった。
脳まで義体に変えている人物も多くいるTOKYOでは、脳内データのやり取りのノウハウが蓄積されている。TOKYOでもトップレベルの頭脳を持つ二人にかかれば、未知の技術でも問題ないのだ。
「ふむ、なるほど……確かに厄介な技術だな。とはいえ仕組み自体は見覚えがある。キャサリン、わかるか?」
「あーこれねぇ。うん、前に作ったことあるからわかるよぉ。とはいえ規模感が違い過ぎるから、ちょっと詰めなおさないとダメかも。刃昏くんとか、姿を隠す技術を使用してる人を集めてほしいかなぁ」
「了解した。依頼を出しておこう」
会話を続けながら、梓睿は片手間に依頼文書を作成する。
便利なもので、用意された『重要依頼』のテンプレートにささっと書き込むだけで完了した。わざわざ手書きする必要はない。業務効率化だ。
「さて、残りは神か……こちらに関しては?」
「神については先ほど話した情報が全てです」
「私も(接敵)したけど、そこまで(長く生き残れ)なかったからなぁ。(情報が)欲しいなら生存(優先で戦わないと)だね」
「ふむ……となると、なるべく生存能力が高い者を集め、調査に行くのがいいだろうな。つまり───」
「───俺とアンタか」
ローレンスの返事に梓睿が頷く。
吸血鬼である梓睿は言わずもがなだが、ローレンスの生存能力はそれ以上である。今回の任務にはピッタリの人材だろう。
「とはいえ、相手は自然の化身だ。他にも何人か連れていくことになるだろう」
「それなら知り合いに丁度いい奴が二人いる。どうせ予定空いてんだろ、誘ってみるよ」
「助かる。では、当分の目標と手段は決まったな。次はそれに向けて、目下のことについて話すとしよう」
梓睿は一度ホワイトボードの画面を閉じると、代わりにカレンダーを表示させた。
そこには様々な予定が書きこまれているが、その大体が彼の仕事に関わるものだ。その中でも一つ、重要な案件をピックアップして表示する。
「今から二週間後、未来探検家としての資格を発行する試験がある。未来で活動するというのなら、これを受けておくことで様々な支援を受けられるだろう」
「あ、もうイヴちゃんが探検家になるのは確定なんだ~」
「むしろ探検家にならない理由があるか?」
「現状、特にそういった理由はありません。むしろもっと殺し合いをしたいので、許可が貰えるなら是非参加したいと考えています」
「なら問題ないね」
物騒な物言いをするイヴだが、誰も突っ込む者はいない。
唯一ローレンスだけは少し呆れた顔をしていたが、わざわざ言う程の事じゃないと判断したらしい。
「というか、試験の間隔かなり短いな? ちょっとスケジュールがズレてないか?」
「この前の試験で発生した大量の失格者に対する補填でな。少し色々ズレ込んだ形だ」
「え、そんなことあったんですか?」
「ある候補生が暴れに暴れてな。他の参加者に非がないまま失格者が大量に出てしまった」
「ニケちゃんだっけ? 大剣持ったピンクツインテね」
「そうだ。とはいえその話は今関係ない。後にしよう」
梓睿が半ば強引に話を切り上げる。
こういう時は早々に流れを調整しないとダレることを知っているため、多少強引にでも話題を戻した方がいいのだ。
「それで、イヴの試験についてだが……合格については心配しなくてもいいだろう。戦闘機能を制限された状態で美来相手にあれだけ戦えれば問題ないはずだ」
「遺物回収の方法に関しても、二週間もありゃ十分だろ」
「逆に言えば、二週間後まで未来探検家として活動できないということになる。そこが少し問題だ」
「ん? そう、あ、なるほど。たしかにだ」
「……───……どういうことですか?」
「なに、簡単な話だ。そのうち神と戦う可能性を考えて、君には経験を積んでほしい。そのためになるべく色々な未来に行って、色々な相手と戦ってくれると助かるというわけだ」
梓睿は血の槍を作りそう言った。
自分と戦った時のように、色々なものと戦ってほしいということなのだろう。
「でも探検家にならないと未来には行けないんじゃありませんでした?」
「それなら問題はない。色々と制限は多いが、完全に機械なら‟装備品”という扱いにすることで同行が可能だ。なんなら元々装備扱いだった機械が自我を持って探検家になった前例もある、問題はないだろう。
後はイヴ、君の意思に任せるが……」
「それなら構いませんが、一つだけ要望があります」
「ほぅ? 聞こう」
これまでほとんど質疑応答に近い形で会話していたイヴが、珍しく明確な意思を持って要望があると申し出た。
その変化に気付いた梓睿が、興味ありげに耳を傾ける。
「元々私は、将来生き残った人類に仕えるために製造されました。ですので装備扱いはむしろ本領発揮といったところなのですが、それなら私は、最初に私を目覚めさせたエマ様に仕えたいと思います」
「……? えっ、私!?」
突然の指名に、エマが驚きの声をあげる。
てっきり自分は蚊帳の外だと思い込んでいたためか、少し遅れてから反応を返した。
「えと、一応聞くけど……な、なんで?」
「暗い箱の中で眠っていた私を連れ出してくれたのはエマ様ですから。もちろん、これはあくまでも要望です。断ってもらっても構いません。ですが……───……できることなら、私はエマ様の横にいたいのです」
「イヴちゃん……」
イヴは自身の胸に手を当てて、真っすぐ梓睿の眼を見つめる。
自分で気づいているのだろうか。彼女のその声は、とても切実で縋るようなものに聞こえた。
「ふむ、なるほど。別に構わんぞ。君がそうしたいと言うのなら、断る理由はない」
「え、あ、いいの?」
「エマが良いと言うのであればな。ちなみに本来の成長という目的に関してだが───」
「いいよ。どうせなら二人で(学び合ってくれれば)一石二鳥だし。エマもいいでしょ?」
「そりゃあもちろん!」
エマが元気よく答える。
イヴの切実な願いは、思ったよりも軽い空気のまま受け入れられた。
それもそのはず。ここは閉鎖都市TOKYO。究極の個人主義社会に生きる彼らの中に、“こうしたい”という欲望を咎める者はいない。
「さて、それでは話はまとまったな。私とローレンスは早速神と戦う準備を行ってくる。装備扱いの手続きに関しては美来に頼んでおこう」
「えぇと……───……ありがとうございます。私のただの要望にも応えてくださって」
「構わん。感謝なら当事者のエマに言えばいいだろう」
「そうですね。エマ様も、ありがとうございます」
「全然いいよ。私もイヴちゃんと一緒に探検したいなって思ってたし」
いつの間にか砕けた口調に代わっていたエマが、イヴに笑いかける。
「あ、けど一個だけ」
「はい。なんでしょう?」
「‟エマ様”じゃなくて、‟エマ”でいいよ。姉妹弟子ってことで!」
「……───……はい。よろしくね、エマ」
「あら、敬語も外れるんだ!?」
笑い合う二人を見て、美来が微笑む。
これにて、方針は決まった。最後に締めの言葉だ。誰が言うまでもなく、代表として梓睿が前へ出た。
「───ようこそ、イヴ。君をTOKYOの住人として歓迎しよう」
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