32話。予想外の情報の濁流

「さて、色々と聞きたいことはあるが……まずはそうだな、君の世界についての話を聞こう」


 全員に茶菓子と飲み物を用意して、少し悩んだ後に梓睿ズールイはそう言った。

 彼は個人主義者だけで作られたこのTOKYOにおいて珍しく、大局を見て個人を押し殺した判断が下せる男だった。

 しかし当然だが、そう考えるのは少数派である。先ほどの戦いを見ていた四人もある程度は個人的感情を抑えられる人種だが、あまりにも衝撃が大きかったのか、どうしても今すぐに聞きたいと落ち着かない様子だった。


「ちょっと。せめて(解説を)頼むよ。短くでも(構わないから)さ」

「そうだな、せめてさっきのトンデモな一撃ぐらいは解説が欲しい」

「そうだそうだ~。……ぜひ、ぜひさぁ? ちょっと調べさせてほしいなってちょっとね別に変なことはしないからさぁ」

「私もあの……き、気になります!」


 普段なら冷静に静止する梓睿だが、今日ばかりは彼も興奮していた。

 流石に本題を忘れるわけにはいかないため、自身が理解できている範囲については簡単な説明で済ませる。

 唯一イヴの放った一撃については梓睿も憶測が多くなるため、そこは時間がかかる可能性も考慮した上でイヴに説明を任せることにした。

 半分ぐらいは、彼自身の興味も含まれていた。


「あの一撃、《code 6-A-99》だったか? 大陸を真っ二つに分断するぐらいの威力があったはずなんだが、それにしては周囲の被害が遥かに低いように思えるんだが、何か仕組みがあるのか? いや、半径300mぐらいの地形は跡形もなく吹っ飛んでるが」

「あれはエネルギーを一点に凝縮、増幅して放つ技術です。エネルギー放出時に拡散しないよう、一部エネルギーを保護膜として使用しています。ですので、周囲への被害は比較的少なくなります」


 被害は比較的少なくなるというその言葉にローレンスは呆れたような表情を見せる。だが実際、その保護膜がなければ周囲300mどころか星の表層ごと吹き飛んでいるだろう。大陸を縦に分断できる力とは、それほどの破壊力を意味するのだ。


「なるほどぉ~。それじゃ~さ、いくら増幅したとはいえ吸収したエネルギー量に対して、被害が大きすぎるのはどういうカラクリなの~?」

「次元屈折機構を用いて増幅させました。私自身の身体を素材にしているのであまり長続きはしませんが、一撃だけであれば耐えられます」

「(自分の身体を)犠牲にしたのによく無事だったね」

「いや、解析したが無事ではなかった。戦闘機能は全て機能不全に陥り、エネルギー供給装置も破損、外見の損傷が大人しいだけで、むしろ内部の損傷は非常に激しかったな。言ってしまえばほとんど瀕死だったが……自覚はあったか?」

「はい。あれは自爆覚悟の大技ですので」

「逆に言やぁ、梓睿はそれほどの脅威として認識されたわけなんだよな」

「光栄だな。一万年後の人類に認められるとは」


 実際、梓睿の強さは規格外もいいところである。一万年後の科学技術と洗練された魔術体系と吸血鬼の持つ特性を融合させた彼はTOKYOでもほぼトップレベルの強さに君臨している。

 TOKYO全体でも数えられるほどしかいない『中段』の階級は伊達ではないのだ。


「さて、もういいだろう。まだ聞きたいことはあるが、そろそろ本題に入るとしよう」

「あちょっと。一番(大事)なことまだだよ。最後にこれだけは(聞いて)おかなきゃ」


 質問をあらかた終え本題に入ろうとする梓睿に対し、美来が少し慌て気味に静止する。

 すると彼女はイヴの方に向き直り、優しい表情で問いかけた。


「───イヴ、今回のは楽しかった?」

「……はい。私には“楽しい”ということがまだ上手くわかりませんが、今私が感じているこの感情は、きっとそうなのだと思います」

「うん───それなら良かった!」


 まだ感情の区分がわかっていないらしいイヴだったが、それでも彼女はキラキラとした瞳でそう答える。美来は満足そうにイヴの頭を撫でると、梓睿にOKサインを出した。



♢♦♢♦♢



「さて、色々と聞きたいことはあるが、前提として認識の共有もしくは擦り合わせを行いながらになるだろうことを言っておこう。わからないことがあれば素直に“わからない”と言ってくれた方がこちらとしては助かるので、言えることがなくても気にしないように」


 梓睿は先に今回の方針について共有する。明言した方が円滑に進むようなことをしっかりと共有するのは研究者的な考えの他に、イヴが気負わないようにという配慮もあった。

 彼はホワイトボードを模したモニターを二つ出し、片方をイヴの手元へ移動させる。このモニターは自由に書き込める上にデータの共有もできることを伝えると、彼は現状での情報を纏めた。


「ではまず、我々が持っている情報から共有する。君の出身である世界のことを、我々は『浸蝕樹海ジャングルアース』と呼称している。人類の科学技術は自然を利用する形での発展をしていたが、最終的には知性体が滅亡。樹海に飲み込まれ滅亡したのか、それとも滅亡後に樹海に飲み込まれたのか、滅亡と樹海の浸蝕は同時期に起きたが滅亡理由は別に存在するのか、そのあたりは不明。現在は人類の遺した機械のAIがなんらかの原因で暴走し、半故障状態で闊歩している。

……というのが、我々のこれまでの認識だ。しかし、知性体の滅亡に関しては“イヴ”という反例が、滅亡理由に関しては“神”の存在が、新たに明らかになった。まだ明らかになったばかりのため、まだ考察はできていないというのが我々の現状である。

 次は君の番だ。話せることだけでいい、なにかあるか?」

「そう……ですね。では、順番に私の情報を共有します。疑問があれば話の途中で質問して頂いても構いません。答えられる内容については回答いたします」


 どうやら梓睿とイヴは情報のやり取りにおいて、少し似たタイプであるようだった。

 会話で齟齬が発生しないよう前提の共有を行うやり方は、実際円滑なコミュニケーションを行う上で非常に役に立つ。

 イヴは自身の言葉に梓睿たちが頷いたのを確認し、梓睿がモニターに書いた内容に書き足す形で説明を始めた。


「まず、私の世界について個別に呼称する名称はありません。そもそも世界そのものを個別に呼称する必要性がなかったことが原因だと思われます。ですがどうやら人類全体に“我々は自然をねじ伏せて発展するもの”という考えがあったみたいです。ですので、私の世界では西暦の代わりに『人工歴』が使用されていました。記録では、西暦も一部では使用されていたようです」

「おっと、いきなり新情報が出てきたな。質問いいか?」


 ローレンスが口元まで運んでいたカップを飲まずに戻し手を挙げる。

 自身の脳内フォルダに接続しながら話しているイヴはモニターに書き足す手を止め、ローレンスへ向き直る。


「構いません。なんでしょうか?」

「人工歴って名前の由来と、なんで西暦が人工歴に置き換わったのかってのが知りたいな。わざわざ数千年も使い慣れた表記を変えるってことは、只事ではないだろうし」


 ローレンスの疑問はもっともだった。

 たしかに数千年も使い続けたものを突然別のものに変えるなど、相当な理由がなければ中々やらないはずだ。


「なるほど。そうですね、人工歴という名称は、自然と決別し人工の存在で世界を支配するという考えから来た名称、と資料には記載されています。人工歴の制定された理由に関しては……現状私の持ちうる情報ではわかりません。制定された時期と理由には関係がある、ということだけはたしかですが」

「なるほど。いやありがとな、十分だ」

「すいません。では本題に戻りますが、今度は私の世界が滅んだ理由について、推察ですが共有します。

 私たちの世界では人工歴2950年頃に“神”が現れ、樹海による浸蝕現象が発生しました。それ以降は人類と神の間で戦争が続き、100年に渡って人類は抗いましたが、物理法則だけでなく魔素法則をも無視する神に最終的に押し負けた、という記録が残っています。

 私は人類が押し負けた後、人類の遺したAIの手によって製造されましたので、具体的に滅んだ瞬間は確認しておりません。また、人類は私を作る施設を遺した後に消息を絶っており、滅亡した時期については施設内のAIにも断定出来ておりません。

 以上が、主に私、『イヴ』の持つ情報になります」


 これまでに探検家が集めた情報だけでは決して知ることはできなかったであろう情報が次々と飛び出してくる。

 キャサリンは興奮のあまり椅子の上でデロデロに溶けており、エマは脳の処理が停止フリーズしているが、他三人は依然として冷静さを保っていた。興奮しながらも冷静さを失わないのは流石熟練の探検家と言うべきか。


「いくつか質問したいことがあるので、順番に聞こう。

 まず最初に、“神”の存在について。神の現れた理由として思い当たるものがあれば教えてほしいのと、神の持つ特性について知っていることがあればそれについても聞きたい」

「神が現れた理由は明確にはなっていませんが、おそらくは“自然の反抗だろう”という風に解釈されています。施設のAIは「デッドラインを超えてしまったことが原因と考察」と追記を残していますが、デッドラインについての情報は施設に残っているためそれ以上の判断は私にはできません。

 神の特性について、樹木を自由自在に操り、人類含む“人工物”を消滅させる能力を保有しています。触れただけで発動する強力な能力ですが、自己判断可能なAIなどのによって製作されたものについては能力の適用外になるようです。私はそういった意味で、神の攻撃に対する耐性を保有しています。逆に現在暴走中の機械はそういった耐性がなかったために部品の一部が壊れ、暴走状態にあるのだと思われます」

「なるほど、区分の参考になった」

「特徴を描くんだね~。可愛い、悔しい」


 イヴの描いた神のイラストを見て、美来がそう零す。

 彼女の言う通り、イヴの描くイラストは対象の特徴を非常によく捉えており、シンプルな形にデフォルメされているにも関わらず一目見て誰を書いているのかすぐにわかるデザインになっていた。

 イラストを褒められ照れたのか、イヴの口角が微妙に上がり、彼女の瞬きが増える。表情の変化が薄いのはきっと経験が少ないからであり、多様な人間とコミュニケーションを行うことで解決されるだろうと、梓睿だけが気付いていた。


「と、とりあえず以上になります。これ以上の情報は私を制作したAIであると同時に私と同じく滅亡を逃れた知性体に区分される『ルーシー』が保有していると思われます」

「えっうそ~!? イヴちゃん以外にも知性体がいるの~!?」

「はい。いるのですが……───」


 イヴの目線が下がり、くちびるが若干引っ込む。

 自慢の魔術で感情の波長をモニタリングしていた梓睿は、その変化に気付いた。


「……どうやら、事情があるらしいな?」

「───……はい。今回、“神”が出現したことを受けて、施設の隠蔽を行いながらのエネルギー補給が厳しくなりました。そのため物理媒体に情報を移し、施設を閉鎖するという判断を下したのです。このままだと三ヶ月後に施設は閉鎖し、管理AIである『ルーシー』もまた消滅してしまいます」

「消滅───!?」


 突然の告白に、先ほどまで興奮状態にあった五人全員が即座に焦りを見せた。

 いくらAIとはいえ、人格を持つ知性体であれば探検家の保護対象である。持っている情報も勿論大事だが、それ以上に滅亡を逃れた生き残りを見殺しにはできない、というのが彼女たちの共通認識だった。


「早くいかなくちゃじゃない?」

「そうしたいのはやまやまだが、いかんせん情報が少ない上に神の存在が厄介だ。施設の場所も……神を欺くレベルでの隠蔽技術があるのなら、探すのは容易ではない」

「事前調査が必須だなこりゃ。神についての情報も集める必要がある」


 熟練探検家の三人が即座に方針を議論する。

 キャサリンはそれを見て自身の論文や文献を検索し、必要になりそうな情報を探し始めた。あくまでも専門家であって探検家でない彼女は方針を決めることに慣れていない。だからこそ自分に求められている役割を理解し全力でこなす。


「……───……え、っと」


 あまりにも迅速な動きに困惑するイヴ。

 神を前に『ルーシー』の犠牲は避けられないと判断していた彼女は、目覚めた時点で別れを済ませていた。お互いにそれを受け入れていたために、そもそも助けるという発想が彼女の中になかったのである。

 それ故の混乱。色々と考えることはあったが、最初に口から出てきたのは疑問だった。


「───……いいのでしょうか?」

「ん、どうしたの?」

「いえ、『ルーシー』を助けられるかどうかは、かなり不利な賭けです。私も『ルーシー』も、それは理解し、受け入れています。そんなことに皆さんを巻き込んで、本当にいいのでしょうか?」

「いいんだよ、イヴちゃん」


 イヴの手を、エマが掴む。


「脅威が迫ったときは“協力して打開する”。それが、私たち探検家。

 私だって、初対面の人達と一緒に協力して探検家になったんだよ。最初は競い合うライバルだったのに、一緒に協力して最終的には友達になっちゃったし。

 だから、いいんだよ。『ルーシー』さんが危ないなら、私たちも協力しなくちゃね!」


 エマは元気よく、得意気にそう言った。

 彼女は怪物を相手に三人のライバルと協力し、それを打ち倒した経験がある。そのおかげで彼女は探検家の資格を取ることができたのだ。経験に裏打ちされた言葉には、独特の深みが生まれる。


「それに、イヴちゃんだって神に襲われてた私を助けてくれたでしょ? それと同じだよ」

「あれは……───……そうですね、その通りかもしれません」


 エマの言葉に納得したのか、イヴの混乱が落ち着いていく。

 混乱が落ち着き整理された思考に一つだけ感情が残る。イヴ自身は気付いていないが、それは“希望”であった。


「まぁ、彼女の言う通りだ。それに不利な賭けとて、我々には無限の残機がある。理不尽な物量で確率を破壊するのも、また一興だ。

───では、方針も固まったところで、予定の話をするとしよう」

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