30話。グリッチ大作戦

「これは……───……なるほど、すごいですね」


 仮想世界に訪れたイヴが、その規模に感嘆の声を零す。

 特異点登録を終え、殺し合いというコミュニケーションを体験するために『第一仮想世界実験場』へやってきた彼女は、到着するや否や施設の観察を始めその場から動かなくなってしまっていた。


「いや~ありがとな、梓睿さん。場所を貸してくれて助かった。

 それにしても……アンタがそこまで急ぐとはな。正直驚いたよ」

「私自身驚いている。定説が覆ることには慣れているが、今回はその規模が違う。

 流石の私も、今日ばかりは仕事を終わらせるため無理をしてしまった」

「なんだかんだちゃんと終わらせてるのがアンタらしいな……」


 血液錠剤(吸血鬼にとっての栄養を錠剤にしたもの)を搔っ込みながら、若干蒼くなった顔で合流した梓睿に心配よりも驚きの感情でローレンスが話題を振る。

 しかし返事を返す梓睿はその実会話には集中しておらず、ローレンスもそれを知ったうえで雑に会話を流している。


 梓睿の視線はイヴに向いており、解析魔術を使用して観察しているのであろうことがわかった。元よりそのつもりで呼んでいたローレンスは、念のためイヴに許可をもらっており、特に何も言わず黙ってその様子を眺めている。

 そうして数分ほど眺めていると、奥の方から問題児の大きな声が聞こえてきた。


「よし、完了だぜ! エマの時のを流用したよ。

 とりあえず一戦みて、どこまでなら許されるか試してみよう」

「……───……あ。わかりました。できる限り頑張ります」


 二人が仮想世界の中へ入るのを見て、梓睿はモニターを起動する。

 実のところ結果について予想はついている彼だったが、あえてそれは黙ったまま実験を行わせることにした。


「おぉ~。ひしょーとイウさんが戦うんだ~」

「おはよう、疲労は取れたか?」

「ゔぃ、おはようございましゅ……まぁある程度はぁっとあるがとうございましぅ」


 目を擦りながら現れたエマに水を渡して、梓睿はモニターを拡大する。

 エマは熟睡していたのか活舌も回っていない状態だったが、迷いなく水を頭からかぶって椅子に座った。


「……飲むために渡したのだがな」

「目を覚ますにはこっちの方が早いので、へへっ」

「なんか段々美来に似てきてねぇか? っと、そろそろ始まりそうだな」



♢♦♢♦♢



 周囲に廃ビルが立ち並ぶ広場にて、二人は十数メートルほどの距離を空けて向かい合う。


「よし。じゃあ、私は避けるから、攻撃してみなよ」

「えっと……───……駄目ですね。やはり命令で禁止されています」

「ん~そっか。(やっぱ)抜け道(探すしかない)かなぁ……あ、暴漢鎮圧とかは?」

「機能の中には確認できます。対人用の武装自体は少数ですが実装されています」

「じゃあそれでいこうか。

……よし。できるかわかんないけど、“死ぬ気でやろうぜ”?」

「───!」


 言うが早いか、美来がイヴの脳天に向かって銃弾を放つ。

 普段なら向き合ってから始めることが多い彼女だが、暴漢としての立場を示すため奇襲を仕掛ける。


「おぉっとぉ第一(目標)成功!」

「……───っ!」


 三回ほどバク転を決めて、美来が実に嬉しそうな顔で宣言した。

 先ほどまで美来がいた場所にはイヴの拳が伸びており、美来が回避を行わなければその拳は意識を刈り取っていたであろうことがわかる。

 つまるところ、[攻撃ができない]という点は攻略できたというわけだ。


「ちょうどいい、このまままで試そう!」

「───了解ですっ」


 美来が両手に拳銃を携え、毎秒30発の速度で連射する。

 あくまでもこれは実験だ。様子見として本気は出さない。だが、セーブした上での本気は出す。上限値を下げただけで、彼女は死ぬ気で戦っている。

 イヴもそれに応えるように、出力を上げる。基盤からだが思い通りに動かない感覚があるが、その中で[暴漢鎮圧]という命令を潤滑油にして“殺し合いじこしょうかい”という目的のため動いている。


「《code 2-E-07》《code 6-A-01》……こちらも可能ですっ」

「おっなんだそれ!」


 イヴの言葉に反応して、彼女の手首に青白いエネルギーが渦を巻き始めた。

 そのまま放たれる拳を面白がって美来が受け止める。鋼鉄よりも堅い二丁拳銃を緩衝材にして、ダメージを最小まで抑えて拳を止めた。しかし───


「───ぅごぁっ!?」


 一瞬程度遅れて、が美来を襲う。

 青白いエネルギーが拳に乗って美来を吹き飛ばし、両者の距離は再度離れた。


「《code 8-H-08》」


 距離が離れた内に、イヴは銃弾による損傷を回復する。

 既にイヴはこの戦いに“楽しさ”を見出していた。自己紹介、と言っていた意味もなんとなく分かる気がしている。

 笑顔こそ見せないものの、小さく口角を上げて、次の展開について考えていた。




「……死ぬかと思ったぜ!」


 一方、一回だけ地面で転がり起き上がった美来は、一撃の“軽さ”を感じていた。

 こちらが死ぬと思うような一撃を、イヴは容赦なく放ってくる。

 今の一撃だってそうだ。初見で回避できるとは考えづらい一撃で、纏っているエネルギーから予想される最大威力は人体どころか地形を破壊する規模である。


 というのにも関わらず、未だ死ぬ気配はない。そもそも美来が受け身を取るのが上手いというのはあるが、それにしても明らかにダメージが低すぎる。

 本当に、“死ぬと思うような一撃ハッタリ”でしかない。


「(……追い込めばあるいは? やってみるか)」

「───! 《code 9-D-1───ぁぐっ!」


 美来が視界から消えたことに気付いた彼女は即座に電磁障壁を起動しようとするが、その起動が間に合うよりも速く彼女の頭部へ鋭い衝撃が襲い掛かってくる。


「がっ───《code 8-H-08》、《code 9-D-17》!」

「おっ、けどごめんね」

「ぐっ───」


 電磁障壁を起動し、身体の治癒を始めようとするイヴ。立て直しまでの行動は非常に早かったが、美来は正面から高速で射撃し障壁を打ち破った。


「(この銃)特別なんだ。ふっ! ───パワバラ的には無視だけど」

「……───……」


 金色の銃弾連射ガンシャワーと速度の乗った蹴りを受け止めたイヴの左腕はその衝撃に耐えられず、関節部から千切れて吹き飛んでいく。

 ぶつ切りの配線が除く断面からはオイルが滴り、青白く発光する煙が漏れていた。


「……───なるほど、その武器の正体はわかりました。パワーバランスの無視という発言の意味もそこにあると判断しましたが、どうですか?」

「あり、知ってんだ? そだよ、んじゃ最大でやろうか」

「……───《code 2-A-09》」


 喋りながら姿を消す美来と、全身を青白く発光させるイヴ。

 イヴはその場に残された土煙の向きから逆算し、予測し、美来の通るであろう位置へ攻撃をおく。

 対して美来は、神経の自動的な反射でその攻撃を回避した。と同時に、カウンターの蹴りを放つ。


「───……《code 6-A-03》!」

「っ!」


 突如、イヴの腕から現れた刃が美来のブーツに突き刺さった。

 《code 2-A-03》使用時のイヴは全ての性能が平常時の数倍まで上昇する。先程までの彼女であれば反応はできても対処が間に合わなかった攻撃に、必要最低限の動きで反撃する。


 美来はそれに驚きこそすれ、焦らず冷静にその刃を撃ち砕いた。流石は『天才』と言ったところだが、蹴りを止めた彼女へ向かって今度は青白いエネルギーを纏った脚が迫る。


───それを受け流し、眉間へ射撃する/腕をぶつけ、軌道を逸らす。

───ストレートで顔面を殴り抜く/銃を離し手のひらで受け止める。

───銃を蹴り上げ、顎を狙う/上体を逸らし、後転する。


蹴る、流す、撃つ、避ける、殴る、受ける、




蹴る受ける撃つ逸らす殴る流す撃つ避ける斬る避ける撃つ逸らす掴む抜ける蹴る避ける蹴る受ける撃つ逸らす蹴る流す撃つ逸らす斬る避ける撃つ逸らす斬る弾く撃つ避ける蹴る受ける蹴る流す斬る弾く撃つ逸らす蹴る避ける撃つ避ける殴る流す撃つ避ける蹴る受ける撃つ逸らす殴る流す撃つ避ける蹴る流す撃つ逸らす斬る避ける撃つ逸らす蹴る受ける蹴る流す斬る弾く撃つ逸らす斬る弾く撃つ逸らす斬る避ける殴る避ける。




……まるでターン制バトル。しかし美来にダメージは通らず、イヴも軽い損傷程度で済ませている。

 美来の見立て通り、追い込まれたイヴは激しい攻撃を凌ぎ反撃を差し込めるほどまで性能が向上したが、それでも依然として相手を殺すような動きはできていない。

 それを何度も殴り合うことで確認した美来は少し考えた後、イヴの蹴りをわざと喰らい100mほど吹き飛んでいった。


「───……えっ?」

「ぉっごぇ! ……ょし、ここまでにしよう!」


 瓦礫に突撃し停止した美来は殴られた場所をさすりつつ、片手をあげて降参のジェスチャーを行う。それを見たイヴも戦闘機能を解除し、心配した様子で美来の元へ駆け寄っていった。


「ダメだね、(思って以上に)強固だ。多分人間(を傷つける行為全面アウトっぽい)かな。欠損は(相手の脅威度次第で)ギリギリ(許されたりする)っぽいね」

「私なりに色々試みた結果ではあるのですが、やはりプログラムされた行動を変化させるのは難しいようです」

「だね。なにより未来だ。だからこそグリッチなんだけど」


 イヴに治療されながら立ち上がった美来は梓睿へ連絡を送り、早速会議を始める。

 上手く行かなかった理由について、事実とお互いの考察を述べ次の実験内容について相談を始める美来の横で、イヴは自身の回路を伝うを噛みしめていた。




「よし、本当は半分人間ぐらいが良かったんだけど。もう少しかかるみたいだから完全人外からにしよう。片腕ないままいける?」

「───……ぁ、はい。大丈夫です。人間以外だと性能を発揮できるのかどうか、その実験ですね。わかりました……───……あれ? 人外、ということは」

「君の想像通り、次の相手は私だ」


 イヴの疑問に答えるように、白衣の男が現れる。

 またも軽く血液錠剤を服用しながら現れた梓睿はそのまま白衣を脱ぎ棄て、軽く首を鳴らした。それを見て美来が離れる。


「君は、私の身体構造を解析して人ではないと気付いた。そうだな?」

「はい。ですが種族までは……───……すみません、情報になくて」

「なるほど……まぁいい。それについては後で色々聞くとしよう。

 それで、どうだ? 美来の時は無理だったようだが、私に対して君から仕掛けられそうか?」

「えっと……───……できそうです」

「そうか、それなら良かった。ではかかってこい。

───今度こそ、“死ぬ気でやろうか”」


 イヴに向かって挑発のジェスチャーをしながら、彼は構える。

 それを見たイヴは数秒ほど目を瞑り、意を決して駆け出した。

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