六月十七日火曜日⑤

 おりよく嘉勢の自宅が見えた。

 ブレーキをかけつつ、嘉勢は軽やかに自転車からおりる。

 ぼくはスピードを落としつつ、おりるつもりはなかった。じゃあまた明日、とでもいおうとしたところで、太一くん、と嘉勢が呼んだ。

「バスケ部のこと、愛也くん気にしてたよ」

 ブレーキをかける。

 かけなければよかった、とすこし後悔する。

「気にしてたって、なに」

「太一くんがやめたこと。なにか勘違いしてるんじゃないかって」

「なんのこと?」

「太一くんのバッシュをトイレに捨てたの、愛也くんだと思ってるなら、違うから」

「……」

「愛也くん、太一くんがやめたあと、先輩とちょっともめたらしいの。太一くんのバッシュ捨てたんじゃないかって、訊いたらしいんだけど。わりと証拠もあったみたいで」

「……」

「愛也くんのこと恨んでるなら、違うからって。それだけ」

 平淡な声音で嘉勢はいう。いつもの元気さはない。表情をつくることを放棄しているかのようだった。

 嘉勢は、これをいうためにいっしょに帰ったのか。

 それなら、とりこし苦労だ。

 わかっている。知ってる。ぜんぶ。

 バスケ部をやめたのは、なにもバッシュの件だけが原因ではない。まして上野のしわざだなんて思っていない。最初は疑っていたかもしれないけれど、勘違いだとすぐに考えなおしたのだ。

 そうじゃないんだ。上野が悪いわけない。上野はいつだって正しい。

 あいつは、いつだって。

 いおうとして、やめる。声のトーンをあげていう。

「上野は探偵みたいだね」

 嘉勢は笑わない。ぼくは視線をそらす。

「上野に悪いことしちゃった。もしかして、上野が死んだのって、その先輩と喧嘩したせいじゃないよね」

「そんなわけ、ないと思うけど……。わかんない。詳しく聞いたわけじゃないから」

「嘉勢さ。なにかあったらいってよ」

「え――」

「萩尾も心配してたよ。あんな、変な紙が届いたりとか。ぼくたちには、なにもできないかもしれないけど」

 なにをいってるんだ、ぼくは。

 嘉勢はやはり笑わずに、けれどはっきり頷く。

 ぼくはペダルを強く踏む。

 こんどこそ、じゃあまた明日、といって嘉勢に背を向けた。

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