六月十五日日曜日②

 なにをいいだしたのか、しばらく理解できなかった。

「……欺瞞って?」

「上野は殺されたんだ。自殺じゃなくて、密室殺人なんだよ、木皿儀」

「密室、だったの?」

「そうだ。上野は、美術準備室に閉じこもって、頸動脈を切ったらしい。準備室にも美術室にも鍵がかかっていた」

「鍵は美術室の中にあったんだよね」

「そう。室内で発見された。あれには細工があったんだ」

 くまたろうの語勢は強い。挨拶ついでの一発ネタですむ話ではないようだった。

 なぜそんなことを問題にするのかと、もうすこし根本的なことを訊いてみてもいい。無関係なぼくたちが話題にするべきではないと、注意するべきかもしれない。そもそも、この状況そのものにつっこみを入れるべきだろうか。

 けれど、くまたろうの黒い目を見ていると、なぜか逡巡してしまう。

 けっきょく、ごっこの遊びの範疇で訊けることを訊く。

「なんでそんなこと知ってるの」

「おれもめぐるも、上野が発見されたとき現場にいたから」

「……は?」

 なんだって?

「おれって、おまえが?」

 曖昧な訊き方になる。萩尾が学校にいるとき、くまたろうは萩尾の鞄についた小さな熊のキーホルダーに憑依しているらしい。そんなことはどうでもいい。

 萩尾が答えないので、ぼくはくまたろうを萩尾からひきはがそうとする。

「わ、だめっ、くまたろう!」

「萩尾に訊いてるんだ! 現場にいたなんて、ひと言もいわなかったじゃないか」

「いったよ。上野くんだったんだよって」

 ふと萩尾のセリフを思い出す。

 ――そう、上野くんだったの。

 だったの、のイントネーションに違和感があったけれど、あれは、死んでいたのが誰かとその場で確認したら上野だった、とでもいいたかったのか。

「わかりにくい」

「……ごめん」

 萩尾はくまたろうを抱きなおしつつ謝る。ちゃんと萩尾の声だった。

 ぼくは座布団に座りなおす。

「まあ、殺人だったらっていうのは、正直、考えなかったわけでもないけど」

「さすが木皿儀」

 と、くまたろう。

「考えただけだけどね。もしそうだったら、推理小説みたいだなって」

 密室殺人とは、主に推理小説などによく登場する、密室の内部で人が殺されていて、かつ犯人が室内にいない殺人のことだ。犯人が殺人を自殺に見せかけたり、たまたま現場が密室になってしまったりして生じることが多い。

 学校内で起きた、自殺に見せかけた密室殺人。

 その妄想に、うしろめたい高揚感を感じないでもない。

 くまたろうから話を切り出したということは、多少好き勝手に話しても問題ないのだろう。先日のように萩尾を怒らせたくはない。

 ぼくはあらためて尋ねた。

「発見時の状況とか、どうなってたの」

「上野は、美術準備室の入ってすぐ左手に倒れていたんだ」

 美術準備室は、美術の授業や部活のための備品を管理している部屋だ。美術室後方の右奥にある出入り口から、左手に向かって長方形の部屋がつづき、美術室の三分の一ほどの広さがある。奥に向かって中央に長机、左右にはスチールの棚。棚にはキャンバスや石膏像、美術展の図録、中身のわからない段ボール箱等が収められている。突き当たりにはイーゼルがまとめられ、ほかにわが校の制服を着たマネキンが置かれていたりする。

 くまたろうはつづける。

「上野は、奥に向かって左手の棚と中央の机の間に倒れこむかたちで死んでいた。利き手である右手にカッターナイフを握っていて、それで頸動脈を切ったんだと思う。殺されたのは六月十日の夕方、十八時から二十時という想定らしい」

 記憶の中の美術準備室をもとに、その惨状を思いうかべてみるけれど、いまいち現実感がわかない。準備室に足を運んだ回数はあまり多くないけれど、校内でも親しんでいる場所が現場になったのだ。もうすこしが緊張感あってもいい気がする。

 首なんて、そう簡単に切りはしないのだ。

「頸動脈って自分で切れるものなの」

「調べたことはないけど、できないことはないんじゃないかな。まあ、今回に関しては自殺じゃないわけだけど」

「警察は自殺だって判断したんじゃないの」

「そうだ。でもおれはそれを覆すことができる。まあ、おれの意見は追々いうとして、ここまででなにか気づかないか?」

 義理もないのによい聞き役を求められているようで癪に障るけれど、ぼくは素直に気になったことを訊く。

「血はどっちに飛んでたの」

「いい質問だ。扉のほうへ向かってまき散らされていた」

「足跡は?」

「ない。血を拭ったり、ものを動かしたりしたような痕跡もない」

 つまり、とくまたろうはわずかにためていった。


「つまり現場は三重の密室だったんだ」

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