第五話

第五話

 ダグラスは、時々クリスの部屋を訪れた。

 これは、監視も兼ねた様子伺ようすうかがいだ。

「なにか不便な事はないか?」

 椅子は一つしかなく、そこにはクリスが座っているので、ダグラスはベッドに腰掛ける。

「特に何も……」

 クリスは答えながらも、目の前のスクリーンを見つめ続けている。

「最近はクリスのおかげで、仕事の依頼が増えているよ。その殆どを任せる事になっているが、無理はしていないか?」

「考えるのは好きだし、仕事は楽しいから問題ないよ」

 クリスは、ダグラスの方を見もせずに答える。

 ダグラスは、クリスの気を引く為に、用意した箱を胸の高さまで持ち上げた。

「ケーキでも食べるか?」

 クリスは、そこでやっと、回転式の椅子をくるりと回して、ダグラスの方を向いた。

「食べる」


 紅茶を持って来るよう連絡すると、しばらくしてエリオットがやって来た。

「エリオットです。紅茶をお持ちしました」

 部屋の前で、エリオットが挨拶をして入って来る。

「失礼します」

 エリオットがサイドテーブルにクリスの机にと、それぞれの席に紅茶を置くと、ダグラスはすぐに出て行くようにと手を振った。

「失礼しました」

 エリオットが挨拶すると、ダグラスは片手を挙げて応える。

 しかし、エリオットが部屋を出て行くのを見届けると、ダグラスは不快そうに顔を歪めた。

 ダグラスは、エリオットがクリスを連れて来た一件もあり、あまりいい印象を持っていなかったのだ。

 それで、ダグラスは少し嫌な気分になったが、気持ちを切り替えて、クリスの方に向き直る。

 すると、ちょうどクリスが熱い紅茶に苦戦しているところだった。

 クリスは、どんな拷問にも動じないのに、猫舌で熱い飲み物を持て余している様子は、見ていて面白い。

 そう、どんなに頭が良かろうと、クリスはまだ十二歳の子供なのだ。


「そう言えば……」

 ダグラスは、ふと思い出したように、カバンから端末を取り出した。

 それは会社の全ての未決案件が登録されている端末だった。

「クリス。ちょっとこれを見てもらってもいいか?」

 クリスは、ケーキを食べながら、端末をスクロールする。


 それは、G国からの依頼だった。

 G国の民間施設が、G国内部の某テロ組織により襲撃された。

 しかし、某テロ組織は犯行を否定している。

 これは、実際にはF国が、G国の資源を狙う為、内乱を起こさせようとして某テロ組織の犯行に見せかけた偽装工作ではないかと疑っている。

 そこで、事実を究明して欲しいという内容の物だ。


 某テロ組織と思われる三名が、民間の施設で銃撃の後、二十人を人質にとって立てこもった。

 三名は某テロ組織のメンバーを名乗り、人質解放の条件に、組織に関係のある殺人犯二名の釈放を要求。

 政府は三日間にわたり三名の実行犯と交渉を重ねたが決裂し、施設への強行突入を試みるが失敗。

 人質十七名が死亡。三名が重軽傷。突入部隊四名が死亡。

 実行犯三名は自身に爆弾をつけ、自爆をほのめかして逃走するが、退路を断たれて逃げ場を失い全員が自爆し死亡。

 犯行声明は出されておらず、某テロ組織は犯行を否定している。


 クリスは端末を操作して情報を集めていたが、しばらくして、ダグラスの方を見る。

「分かったよ。首謀者はF国だね」

 それから、クリスはスクリーンに向き直り、三つの動画を開いた。

 一つ目は、今回のテロ報道の映像。

 二つ目は、犯行を否定する某テロ組織の映像。

 三つ目は、二年前に開催されたF国軍と国民との親睦イベントの映像。


「まず一つ目と二つ目の映像の機関銃を見て」

 クリスは二つの動画の機関銃を切り取り拡大すると、分かりやすく並べて表示した。

「左が今回の犯行に使用された物で、右が某テロ組織が実際に使っている物。確かに同じモデルの機関銃だけど年式が違う。左の方が最新型だ。なので某テロ組織の犯行ではない」

 そして、今度は一つ目の動画と三つ目の動画から音声を抽出する。

「このテロリストと、交流イベントのこの人の声紋を解析する」

 一致。

「次は左に映っているテロリストと、交流イベントのこの人物の声」

 一致。

「三人目は知らないなあ。もしかしたらデータがどこかにあるのかもしれないけど……」

 そして、端末を操作すると、実行犯二人のデータを送信した。

「事実究明だけだったらここまででいい?」

 そう言うと、クリスは残りのケーキと紅茶に向き直った。


 ダグラスは顔色をなくした。

 一つ目と二つ目の映像は分かる。

 しかし三つ目の映像はどこから出て来たのか全く分からない。

 しかも一つ目と三つ目の映像に出て来る二人の人物の声が一緒だと、気付く者がいるとは、到底とうてい思えない。


 代行業社の八名の社員がグループを組んで、もう二週間も検討しているのに、まだ某テロ組織の機関銃の違いくらいにしか行き着いていないのだ。

 この仕事は、超記憶症候群と言うだけでは、説明する事が出来ない。

 確実に、クリスにしか出来ない芸当だろう。

 ダグラスは、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。


「聞きたい事は山程あるが、とりあえず礼を言う。ありがとう」

「何かあったら、いつでも言ってよ」

 クリスはくるりと椅子を回し、ダグラスの方を振り返ると、少し冷めた紅茶を飲み干して、ティーカップを机に置く。

「ご馳走様ちそうさま

 そう言って、クリスは微笑んだ。

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