第24話 二人の祖母
「アキくん、起きて。朝だよ」
「んん、あと五分……じゃねぇ!」
「きゃあ!」
ゆさゆさと肩を揺すられる感覚にガバッと身を起こすと、すぐそばに驚いた表情をした春香が立っていた。
「あれ? 昨日はそのまま寝たはずなのに、どうして俺の部屋に春香がいるんだ」
「いつまでも帰ってこないから心配していたら、女神様が転移してくれたの。朝ご飯できているけど、食べる?」
「ああ、すまん。昨日はそのまま寝ちまったから、ちょっとシャワーを浴びてくる」
「わかった。じゃあ、用意しているね」
そう言って下に降りていく春香を見送りながら、久しぶりの家で寝ぼけた意識を浮上させる。のろのろと起き上がって着替えとタオルを箪笥から取り出し部屋を出ると、俺は一階に降りて浴室のドアを開いた。
すると俺の目に、鏡台の前で濡れた金髪を整えているメリアーナの白い裸身が飛び込んどだ。メリアーナは俺に気付くと、柔らかな笑みを浮かべて挨拶をしてくる。
「あら。おはようございます、アキト様」
「うわああああ! ごめんなさい!」
バタンッ!
バクバクとする心臓に一気に意識を覚醒させた俺はなんとか気持ちを落ち着かせようと胸に手を当てたが、そうしているうちに閉めたはずのドアが向こう側から開かれた。メリアーナの豊かな胸を伝落ちる水滴の様と、濡れた髪から漂うフローラルな香りが否応なしに俺を刺激する。
「今からシャワーをお使いでしたら、お背中を流しますわ」
「い、いや。ナノマシンでクリーンをかけるからもう大丈夫だ!」
俺は理性を総動員して回れ右をすると、理由もなく全力で居間に駆け込んだ。
「おおアキト、おはよう! アキトの蔵書通りのシュチュエーションを整えたら、その通りに事が進んで思わず笑ってしまったぞ!」
「ふふ、そのままシャワーを浴びてきてもよかったのですよ?」
いつの間に調達したのか見覚えのあるラノベを片手に、しれっとした様子でソファーに座り
「ラッキースケベに出くわして、そのまま居座るラノベがどこにある! じゃなくて! なんで二人とも家にいるんだよ!」
「何故と言われても、私とアキトは家族ではないですか。祖母が孫の家にいるのはなんら不思議な事ではありませんよ」
若返ったお袋にそっくりな綺麗な顔をコテンと倒して不思議そうにする元リースに、俺も釣られて首を傾げてしまう。
「それは……そう、なのか? いや、待てよ。メリアーナは違うだろ。てか、アリシアはどうした」
「それはもちろん、アキトの愛読書の通りトイレに待機させておる」
「だめだ、この祖母。早くなんとかしないと……」
ナノマシンを駆使した超高速の速読の賜物だろうが、幼い姿で自ら俺の所にやって来た大胆不敵な性格もさることながら、あまりにも順応性が高すぎる。だが、今はそれより確認すべき事があるはずだ。
俺は意識を切り替えて居住まいを正すと、昨日聞いた話を切り出した。
「それで、二人はどこまで女神様から聞いているんだ」
「直接ではないが、代々の皇帝に伝えられた話によると宇宙の存続のため魔法と科学の融和は禁じられておる」
「あとは、互いの皇家の血を引く運命の子の出現までです。まさか私の代でそれを見るとは思いませんでしたが」
二人は先ほどまでのふざけた雰囲気を捨て、真剣な表情で俺を見つめてきた。そこで俺は女神様に見せられた未来予想図を話して聞かせる。
「というわけで、どちらの家……じゃなくて国にも行けないと思うし、婚約も考えなしにはできないから、二人とも諦めて国に帰ってくれ」
そう言って俺は机に両手をついて頭を下げたが、二人は簡単に引き下がるつもりはないようだ。
「しかしな、アキト。昨日のように統合派に拉致されたら終わりではないか。どこかで好きに生きて管理できぬ子孫が増えるのも具合が悪いのであれば、皇家に来るのが最適じゃ」
「その通りです。それに、天元の巫女と和子をもうければ道は開けるのでしょう?」
「リソース問題は解決するかもしれないけど、二つの国の均衡が崩れば破滅するのは変わってないと思う」
親父やお袋を迎えにきた連中を見るに、どちらかに行けば俺の子孫を使って他方を圧倒しようとするだろう。結局、不干渉宙域で春香と細々と暮らしていくのが安全だ。
そう話したところ、二人から感じる雰囲気が突然変わったのを感じた。
「穏便に済ませようと思っておったが仕方あるまい。アキトには両文明の中間宙域にあるハーフ収監惑星で、世継ぎを作ってもらう」
「イリーナの子はアキトしかいないのです。直系を絶やすわけには行きません。アキトには最低二人の子をもうけてもらいます」
「なっ! ひょっとして、マリーが言っていた場所か」
俺はジリジリと後退りするが、二人が本気になったら成す術もないことは組み手稽古や魔法操作の教導を受けて、身に染みてわかっている。
「ちょっと、アキくん。朝ご飯が冷めちゃうよ。一体いつまで……」
いつまでもキッチンに来ない俺に痺れを切らした春香が居間に来ると、異様な雰囲気に口を噤んだ。
「さあ、アキトよ。我と共に来るのじゃ。心配は要らぬ、メリアーナやアリシアの他にも好きなだけ綺麗どころを集めてやるので、天元の巫女を正妃として後宮ライフを満喫するがよい」
「言っておきますが、私を前にして転移魔法で逃げることはできませんよ。伊達に千年の間、グランドウィッチを名乗っていません」
ジリジリと間を詰めてくる二人に額から冷たい汗が滴り落ちる。こうなったら、皇帝対策の最後の切り札として伝えられていた冗談のようなアレを使うしかないのか?
口にすると思うだけで顔が熱くなるが、選択肢は残されていない!
「そんなところに連れて行ったら……」
「「行ったら?」」
「俺、おばあちゃんのこと嫌いになっちゃうよ!」
ガァーン!
双方の銀河で無敵を誇る女帝二人の後ろに雷鳴が轟いた。
二人からのプレッシャーが緩んだ隙を突いて、俺は春香の手を取り神社の敷地に転移を発動しながら捨て台詞を残す。
「俺は後宮なんて絶対に行かないからなァ!」
こうして俺は再び魔法文明と科学文明から逃避行を続けることとなった。
◇
残された皇帝二人は互いに顔を見合わせ笑い合う。
「イリーナにしてやられたようです」
あんなもの見逃すしかない。卑怯この上ない言動を真っ直ぐな性格をしたアキトが自分で考えつくわけがないし、武勇を誇るサリオン皇子がこのような手段に訴えるとも思えない。
であれば、消去法で誰の策かは明白だった。
「しかし、おばあちゃんとは、なんともこそばゆいことよ。あまりの嬉しさに鼻血がでそうになったわ」
無限ループで先ほどの孫の記録動画を映し出すベアトリーぜにヘイゼルリースは大いに同意する。
「しばらくは自由にしてあげましょう。可愛い孫の願いの一つや二つ叶えてやれず、何が銀河の女帝か」
「だが、アキトもまんざらでもないようではないか」
ベアトリーゼがループ動画を止めて左手を振ると、今度はアキトを追って転移したメリアーナとアメリアに両腕にしがみつかれ、顔を赤くしている姿が映し出された。
「そこは十五歳ならではの心の機微です。アキトの人の良さにつけ込んでスルッと懐に入り込めば、気が付けば拒めぬようになっているでしょう」
「では、それまでに後宮の用意でもしておこうかの。おっと、サリオンから帰還要請が届いた。そろそろ楽しい休暇も仕舞いのようじゃ。ではな、ヘイゼルリーゼよ」
「ええ、また機会があればアキトを交えて会いましょう、ベアトリーゼ」
二人の女帝がそれぞれの宮殿に長距離転移をすると、アキトの生家は再び静けさを取り戻した。
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