小澤田くんは言葉を食べる(大幅改稿版)

好野カナミ

第1部

第1章 小澤田くんは異常

第1章① 転入生

 転入生である彼が視界に入った瞬間、私は自分の目をこれでもかってほど大きくさせたあと、まぶたを何度も開閉した。そうすることで現状を理解しようと躍起になるほど、彼は〝異常〟だった。

 でも、私以外のクラスメートには……。

「うわ~。転入生っていうから期待して損したわ~」

「え? マンガみたいにイケメンが転入してくると思ったわけ?」

 転入生が〝異常〟に見えないらしい。

「ね。そんなことありえないって思っていたのに、少し期待した。けどさ。真逆のタイプが来るとは、さすがに、ねぇ」

「まあ、確かに想定外の見た目かも」

 教壇に立つ転入生を見て小声で話す女子二人の会話、私の元にまでしっかり届いていますよ。

 彼女たちの席は、私の一つ前と私の右斜め前。私の席は教室の最後尾で、窓側から二列目。教壇から距離がある。だから、彼女たちの会話は転入生に聞こえていない、気がする。そうだとしても、今の会話はいかがなものか。

 担任教師が黒板に書いたのは『小澤田喜希』という文字。

「おさわだよしき、です。よろしくお願いします」

 感情が乏しいながらも心にすっと入ってくる、そんな心地のいい声を発した転入生は、名乗ったあとに、丁寧な所作でお辞儀をした。

 す、すごい。

 窓から射す陽によって、淡い色に変化しているグレージュの髪。頭を動かしても乱れない前髪は、鼻にかかりそうなくらい長く、目が見えない。だから、だろうか。根暗に見えてしまう。

 すごい。

 前髪の効果なのか、転入生への女子の興味はすでに消え失せた感じだし、男子は転入生が同性だと判明した瞬間から興味がない感じ。でも、私は転入生に興味津々だった。特に頭部あたり。そこに興味が向きまくっていた。

 すごい!

 と思うのは、前髪が長いからでも髪が乱れないからでもない。

 小澤田という名の転入生は、私にはどう見ても〝異常〟だった。私の目には、小澤田くんがたくさんの〈言葉〉を身につけているように見えていたからだ。特に、頭部に〈言葉〉が密集しているため、そこから目が離せなかった。

 ありえない。こんな人、見たことがない。というか、転入生は〝人〟なのだろうか。

「小澤田は、窓際のあいている席を使ってくれ」

 そう口にした担任の〈言葉〉が、私の〝目〟に入った。

 ――え? さっきから表現がおかしい? いいえ。私にはそう見えるのです。

 私の〝目〟は特殊だ。私の目は、〝声〟が〝文字〟となって具現化したものが見える。それが、私の目なのだ。

 声を発する人物の口元から現れる〝文字〟は、単語が連なるように見える。ソレはすぐに消えるけど、私の目にはしっかり〝見える〟。

 見える文字のサイズは、私が聞こえる声の大きさに比例する。私から少し離れている人の声は小さく見えるし、聞こえない範囲の人の文字は見えない。ラジオから流れる声もテレビから流れる声も、同様に〝見える〟。

 とはいえ。〝人のオーラが見える〟とか〝死者が見える目を持っている〟といった神秘的なものではないし、能力を活かせそうなものでもない。そんな、役に立たないながらも特殊な〈力〉を、物心ついた時から持っているのが私、瀧ノ川弥恵たきのがわやえだ。

 これが〝異能〟と呼ばれるものかはわからない。けど、特殊な〝目〟を確かに持っている。そして、この見えている〝文字〟を、私は〈言葉〉と呼んでいる。

 この〈力〉を知るのは、今のところ家族のみ。家族から、私しか〈言葉〉は見えない、と聞いていたため、他者に言わずにいた結果こうなった。

 ――あ。こっちに来た。

 小澤田くんが、私の左斜め前――窓辺の一番後ろの席にまでやって来た。

 今は高校二年の春。校舎の脇に植えられた八重桜の花びらが、開いた窓から入ってきて、小澤田くんの元を淡い花びらが舞う。

 身長は男子の平均より少し高いくらい。でも脚が長く、背筋も伸びていて……。スタイルがいいなあ。前髪で隠れた目はどうなっているのだろう?

 小澤田くんは絵になる人だ。たぶん、わざと前髪伸ばしている、はず。それにやっぱり、〝異常〟だ。無数の〈言葉〉を身につけて歩いたと思ったら、身につけたまま椅子に座ったのだから。

「よろしく」

 小澤田くんが隣席の女子に、ひかえめな声を発した。その時に小澤田くんから出た〈言葉〉は、不思議なことに消えていない。小澤田くんの元に存在し続けているその〈言葉〉が、〝異常〟を際立たせていた。

 本来の音は、発生元から離れるとすぐに消えるものだ。その音を具現化した〈言葉〉も、いつもはすぐに消えている。というのに、消えないでいるなんて……。この人は何者だろうか?

 声をかけられた女子は、小澤田くんを追い払うように手を動かして答えた。「あ~。はいはい」と言わんばかりの、投げやりな反応だ。興味がないからってソレはないと思う。

 そんな態度をとられても、小澤田くんは何事もなかったかのように前を向き、担任を見はじめた。慣れているのか、温厚な性格なのか、どっちだろうか。

「瀧ノ川さん」

 小澤田喜希という転入生は〝人〟? それとも、私と同じ特殊な〈力〉を持っているだけ?

 〝人〟ではないかもしれない。それなのに、怖くはない。怖いというより、自分に欠けた部分を持つ〝片割れ〟が現れたような気分だ。なぜそんな気分になったのか、私もわからない。とにかく、あの転入生が、

「あの~。瀧ノ川さん?」

 すっごく気になるんですけど! ――ん? さっきから誰かに呼ばれている?

 教壇に立つ担任に気づかれないよう、目で周囲を確認する。と、こっちを見ている人物がすぐに判明した。隣の席に座る男子に声をかけられていたらしい。去年同じクラスだった男子で、名前が……ええっと。ごめんね、君の名前を忘れてしまったよ。

 私が顔を向けると、名称不明の彼は苦笑して、小さな声を発した。

「どうかした? あの転入生と知り合い?」

「え? 知り合いじゃないよ」

 転入生のような人――〝人〟のはず――を過去に見ていたら、忘れるわけがない。〈言葉〉を身につける人を忘れられる気もしない。――というか、名称不明の彼は、何を言いたいのだろうか。

「そう? さっきからずっと見ているから、何かあるのかと思った」

「あ。見られていたのか……」

「そりゃあ、ね」

 転入生を凝視しすぎていたらしい。だから不思議がられたのだろう。

 ええっと。こういう時は、どうすればいいのだろうか。とりあえず、笑顔で誤魔化そうかな。満面の笑顔、笑顔、っと……。

 なんとか笑みを浮かべることができた。すると、名称不明の彼は数秒間目を見開いたあとに、顔を崩した。その結果、二人で微笑み合う形になった。――何、この状況は? それに、この人の耳ってこんなに赤かったっけ?

 何はともあれ。重要なことは、転入生の小澤田くんという存在だ。

 彼が身につけている〈言葉〉が〝何か〟を知るには、どんな手段をとればいいのだろうか。ただ見ているだけでは〝何か〟がわかる気がしない。とすると、声をかけて知り合うのが手っ取り早そうだ。けど、声をかけるにしても、どうやって〈言葉〉に関することを聞きだせばいいのだろう?

 それに、私はなぜ小澤田くんが怖くないのだろうか。人ではないかもしれないのに、近づいても大丈夫、と思っている。この点もわからない。

 ああ、もう! どう行動すればいいのか以前に、何から考えればいいのかもわからない! 小澤田くん、あなたは何者なの!?

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