第22話 はじめての転職
カズハが集めてきた枝を積み上げ、マッチで点火。
串を打った魚を、火から少し放して地面に斜めに突き立てて並べる。
一本だけ、土に刺さずに
「……立てたまま焼くんじゃないの?」
「遠火でじっくり焼く方がおいしいって話もあるが、リアルだと1時間以上、下手すりゃ数時間かかるらしい」
「……そんなに?」
「ゲームではどうなんだ?」
「……さすがに現実世界と同じ時間はかけられないから、多少は短縮されるはず。そこからさらに、ジョブやスキルで焼き時間も短くできるかも。リアルでのスキルも適用されるから、こっちのジョブやスキルはなくても大丈夫だけど」
リアルのスキル、ねえ。
――イワナの塩焼きを作った!――
焦がさないように注意しながら魚を焼いていると、突然そんなメッセージが視界の端に出現した。
出来上がりを知らせてくれるのはいいな。リアルでも実装されないかな。
「できたか。じゃあ、先に食べててくれ」
「……い、いいの?」
「ああ、自分のは続けて焼くから」
「……あ、いただきます……」
――料理系アイテムを1つ作成した!――
――一般職【料理人】に転職可能となった!――
「え、これだけで?」
「……おむがいだ?」
「いや食べるかしゃべるかどっちかにしてくれ」
俺がそう言うとカズハは、静かにイワナの塩焼きを食べ続けた。
まあ、いいけど。
「……おいしかった。それで、どうかした?」
「ありがとう。それで、料理人に転職できるようになった」
「……現実世界の能力も、反映されるから。ジョブやスキルでできることを自力でやったら、それが習得できるようになる」
「能力って言っても、コックとかやってるわけじゃなく、ただの自炊だぞ」
「……でも、ゲンの料理、ほんとにおいしかった」
それは魚がおいしかっただけなのでは……。
「いや、口にあってよかった。それで、ジョブの件だけど、リアルで料理できるなら、料理人のジョブは必要なくない?」
「……現実ではできないことが、ゲーム内ではできる。料理人なら、料理の自動生成とかできたはず」
それは、便利そうだな。
「……転職は、履歴書アプリからできる」
ガイドフォンの待ち受けを見ると、それまで灰色だった履歴書のアイコンが明滅していた。タップして開く。
今のジョブは『なし』表記。要するに無職なんだが。
「これは、ジョブポイント? ってやつを消費するのか」
「……ん。でも、最初だけは特別に、ポイント消費なしで転職できる。あと、現実世界でできるなら、ポイントが少し減る」
「どういう判定になってるんだそれは……。それに、はじめてのジョブが料理人ってどうなんだろう」
「……たいていは戦士とか魔道士なんかの初級戦闘職を選ぶ。でも、ゲンが希望するなら止めはしないよ」
ならば……スローライフとかするなら、今後必要になることもあるだろう。
「よし、料理人に転職するぞ」
ガイドフォンを操作し、料理人を選択、転職のアイコンをタップする。
――ゲンは一般職【料理人】に転職した!――
――アプリ【レシピブック・料理】が開放された!――
――オートスキル【調理】を覚えた!――
――アクションスキル【時短調理】を覚えた!――
ガイドフォンに表示されたステータスが少しだけ変化する。ただ、自分自身としては、何かが変わったという感じはなかった。
変化したのは、視界だ。火の横に立てていた魚の上に、時計型のアイコンがそれぞれ出現する。
これがオートスキルとやらの効果だろうか。
「残り1時間40分!? 駄目だ直火で焼こう」
俺はアマゴの串に手を伸ばし、直火にかざす。
時計アイコンが変化し、残り時間は3分となった。
「随分極端だな。ん? これは……」
時計が点滅を始める。
火から離して、魚のすぐ上にあるアイコンに触れると、秒針が高速回転を始めた。
これが多分、【時短調理】とやらの効果なのだろう。確かに、便利だ。
――アマゴの塩焼きを作った!――
「はい。2本目」
「……わーい」
「あ、そうだ。これも渡しとく」
先ほど作った竹のコップを2つ取り出し、1つをカズハに渡す。
それを受け取ったカズハは……。
「……ふ」
「ふ?」
「……ふおおおおぉぉぉぉ」
「何事!?」
突如、カズハのガイドフォンから、えらく大げさなファンファーレのような曲が大音量で流れ出す。
「だから何事!?」
竹のコップを大事そうに両手で包み、どこか焦点の合っていない目つきでカズハはつぶやく。
「……家宝にする」
「いやゲーム内アイテムを家宝にするな! 普段使いしろ!」
――イワナの塩焼きを作った!――
――アマゴの塩焼きを作った!――
――アユの塩焼きを作った!――
――アユの塩焼きを作った!――
アマゴを食べ終わったカズハに、アユを渡す。
3匹は多いかなとも思ったが、まだ主食がないからな。
俺もイワナを口にする。
ゲーム内アイテムにしては、よくできている。いや、川魚はほとんど食べたことないし、以前の記憶もあいまいだが、よくできすぎているくらいだ。
「……な、なんかこの魚、変な匂いしない?」
「確かに、アユの香りまでちゃんと再現されてるな」
「……え、これ、もともとなの?」
「アユはキュウリウオ科というグループに属してるんだが、キュウリみたいな香りがあるからそんな名前が付いてる」
「……おいしい」
確かに美味しい。香りだけでなく、味も再現されている。
だが、気になる。何なんだろう、このゲーム。
1ゲーム会社のできることを超えている気すら感じる。
◆
「……おいしかった。おなかいっぱい」
「おっさんみたいな挙動やめい。でも、そう言ってもらえれば料理人に転職したかいがあったかな」
「……あ、いや、転職する前のゲンの料理も、おいしかった、よ」
「そ、そうか。ありがとう」
「……わ、わたし、さっきからおいしいとしか言ってないけど、食レポみたいなのはできないけど、でも、ウソはついてないから……っ!」
「ああ、それはカズハの顔見てればわかる……っ!?」
いかん。今なんか余計なことを口走った気がする。
「……わ、わたし、そんなわかりやすかった?」
「わかりやすいって言うか、ゲーム内だとリアルよりわかりやすい……っ!?」
まずいなあ。話相手ができたら、失言が増えた。
人との会話に慣れていないのが、丸わかりだ。
◆
昼食なのか夕食なのかもよくわからない食事をしながらカズハとしゃべっていると、いつの間にか日が傾き始めていた。
「あれ、もう夕方か」
「……言い忘れてたけど、このゲームの1日は9時間だから」
「ゲームだから短い方がいいのかもしれないけど、ちょっと半端じゃないか」
「……いつも同じ時間にしかログインできない人もいるから、ゲーム内ではズレがあった方がいい」
そんなもんなのか。具体例はすぐには思いつかんが。
「そろそろ暗くなりそうだし、今日はここでログアウトするか?」
夕焼けの色を帯び始めた太陽を眺めながら、カズハに呼び掛ける。拠点に戻る予定だったが、当然夜目は効かないし、モンスターもたいていのゲームでは夜の方が強くなったりする。
「……まだ時間もあるし、もう少しお話しない? ほら、たき火もあるよ」
「いつの間に⁉」
魚を焼いていた火に、さらに
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