第五章 『幸せな時間』



 君は不思議に思ったことは無いか。 

最初の記憶の一ページ目からこの街の風景は変化を見せない。

場面が移り変わる度、毎シーン、夕方の時間帯のまま変わらないと思った事は? 

考えてみればおかしな事だ。 世界は朝も昼も晩もあるのに、どうしてこの夕方にしか事件が起こらないのか。 

でも物語の登場人物たちはその異常さに気づかない。

 そう、我々は囚われているんだ。 この八月十二日の十八時という時間に。

 君はここまで記憶のページを読んできて、少しおかしいとは思いながらもその物語を素直に受け入れていたんじゃないか? 

これはそういう物語なのだとか、夕方に事件が起きるからその時間帯にだけフォーカスして見せているんじゃないかって?

 それは正解でもあり誤りでもある。 なぜならこの街の時間は進んでいないからだ。

 現に私がこの話をしたことで、君は初めてこの世界の異常な事態を知覚できたはず。


 じゃあ話を『今』に戻そう。

君たちがメデューサと呼ぶ存在。 奴は人を石にしてるんじゃない。 

時間を止めているんだ。

この街の時間を止め、そして人間の時間を止めているんだ。

 だが全員止められるわけじゃないらしい。 この街の大多数の人間は奴に時間を止められない免疫を持っている。 止められるのは一部の免疫を持たない人間だけ。

 奴の目的は、その一部の人間をすべて止めた時に起こる何かにある。



「一体何が起こるの?」

 ゼロ先輩は男に質問する。

「……それは、わからない。 だが時間を止められる者は本能的にその先にある恐怖を感じることが分かっている」

僕はハスミ姐さんのあの怯えた顔を思い出す。


しかし……話を一通り聞いたが俄かには信じがたい。 

この世界の時間が止まっているだって?

「本当に……この世界の時間が止まってるんですか?」

僕は男に問いかける。 男は頷いた。

「正確には、この街の時間だけが止まっている。 街の外はいつもと変わらず時間が流れている」

「あなたは街の外から来た?」

「ああ。 私は昔この街に住んでいた。 この街はその時と……変わらないな」

 男は下に広がる街を見渡しながら言った。 感慨に耽っているようだ。


「どれぐらい止まっているの? この街の時間は」

ゼロ先輩の問いに、男は一呼吸置いた。 言うのに少し躊躇している様子だった。


「十年だ。 この街は現実世界で十年間時間が止まっている」

「十年……!?」

 僕は唾をごくりと飲み込む。 この街は十年ものあいだメデューサに時間を止められていたのか!?


「てことは何? 私たちからすれば、あなたは十年後の未来から来た未来人てこと?」

「さすが察しが良いなゼロ。 そういうことになる」

「私の名前……なんで知ってるの」

「この街に住んでいた者の名前は既にリサーチ済みだ。 後ろに居るのは芹澤ナナミに、その横は赤井リュウジだな?」


「なるほどね……。 しかし一体いつから時間が……全然気づかなかった」

「君たちが気づけないのも無理は無い。 この街の人間全員にとって、時間の概念なんてもはや有るのか無いのか曖昧だ。 まあ正確には、ゲオルギウスからの時報が十八時になった時からこの街の時間は止まっていた……と考えてもらっていい」

 確かに、数日前僕たちはいつも十七時に流れるゲオルタワーからの街の時報が十八時に流れていることに気づいた。 だがそれは数日前のことだ。 

あれからもう十年経っているというのか?


「私がこの街に来たタイミングも数日前。 君たちがメデューサによるこの街への異常を知覚したのも同じタイミング。 つまり、外から来たメデューサや私への干渉によって君たちの時間は動き出した」

「どういうこと?」

「私も街に来た初日にこのタワーに来ていたんだよ。 リュウジ、あの展望台へ続くエレベータで私のことを見ていたはずだ」

 僕はふとこの間ハスミ姐さんとの取材の日を思い出した。 確かに、この人と同じような格好の人物を見かけた記憶がある。 

あの時の不審人物はこの男だったのか!


「一体何でこんなことに……すべてメデューサの仕業だっていうの? あなたはメデューサを捕まえるためにこの街へ?」

「その通り。 彼女にこれ以上人の時間を止められる訳にはいかない。 食い止めなければいけない」

「捕まえれば、街の時間を止められた人間は元に戻る?」

「ああ」


 しかし、ややこしい話だった。 

街の時間が止まっている。 

そして時間が止まってから現実時間は十年経過している。 そしてその時間を止めた張本人メデューサはさらにこの街の人間の時間を止めている……。

「ややこしい!」

 僕は頭を抱えた。

「何もややこしくないよリュウジ君。 メデューサを確保すればいい。 簡単でしょ?」

「いや、そう考えるとシンプルですけどね……そもそもメデューサって、何者? 怪物なんですか? それとも宇宙人とか?」

「正体は俺にもよく分からない」

 男は即答する。 正体が分からないのにメデューサを捕まえようとしているのか?

……この男、謎が多すぎる。

「悪いか?」

 僕の怪訝な表情が癪に障ったのか、男は文句ありげな口調で言った。

「いや、悪くないです……。 てか、この街の外はどうなってるんですか? 要は僕たち、十年も放っておかれたって事ですよね? その間助けが来たりとか――」

「入れないんだ。 この街に」

「入れない?」

「ああ。 もちろんあらゆる機関がこの街への侵入を試みたが、入ろうとした者は精神をやられて廃人となって帰ってきた」

「どうしてあなたは入ってこれたんですか」

「さあな。 この街の住人だったからかもしれないし、ゲオルギウスが……俺を受け入れてくれたのかもしれない」

「……どういうことですか」

「さあな、わからない。 それより理由をここでいくら考えても仕方ない。 俺もメデューサを探す。 だが君たち、いや……ゼロ。 君はさっきメデューサのフラッシュを受けても時間を止められなかったな?」

「フラッシュ? ああ、あの眩く光ったアレ?」

「ああ。 あれを受けると免疫を持っていない人間は時間を止められてしまう。 でも君はそうならなかった。 てことは、君は無敵だ」

「マジか! 私メデューサのストップ攻撃が効かないのか!」

「そうだ。 だから怖がるな。 メデューサが居たらその場で確保して俺に連絡してくれ」

 男はそう言うと、電話番号が書かれた紙をゼロ先輩に渡してきた。

「じゃあ、私の電話番号――」

「いや、知ってるから大丈夫だ」

「マジ? 人の電話番号まで知ってるなんて、あんたホント何者?」

「人には詮索しない方が良い事もある。 ただ、君たちの目的と私の目的は同じだ。 そこは安心してほしい」

男はそう言うと、僕たちが来た入口へ向かって歩き出す。

「あと、メデューサの力で君たちはこの街の外には出られないようになっているから、奴を確保するしか助かる方法は無い」

「どうでもいいけど、名前くらい教えなさいよ!」

ゼロ先輩が言うと、男は歩きながら言った。

「ルージュとでも呼んでくれ。 それじゃまた」

 そう名乗り、男は出ていった……。



 僕たちはそれからしばらくしてエレベータまで戻り、ゲオルタワーを下っていた。

「タクヤくん……まだ私の話終わってないんだからな……」

 ゼロ先輩はぼそりと言う。 

ああ、ゼロ先輩の小一時間の説教を聞けるのと引き換えに時間を元に戻せるならそっちの方が断然いい。


「そういえば、ナナミさんさっきから無言だけど。 大丈夫?」

 ナナミさんはさっきから感情を表に出さずうつむいていたが、問いかけでナナミさんは僕の顔を見る。 その表情はなんとも言えない表情をしていた。

「私……いや、なんでもないです」

「無理もないよリュウジ君。 まさかこの街の時間が止まってるなんて今でも信じられない。 でもあのルージュって奴は怪しいけど、時間が止まってるのは本当のことだと思う」

「ゼロ先輩……」

「この街の違和感。 時間が進まない事。 確かになんかおかしいなって思ってたんだけど、あのルージュって奴が話すまではその違和感の正体に気づかなかった。 今考えれば確かにおかしい事なのに、なんだろ……ホントに時間の概念が無かったっていうか」

 そう、僕も何か違和感は感じていた。 でもそれをまともに不思議とは思わなかった。

 これがメデューサの力なのか?


エレベータが展望ルームに到着する。 ここからまたエレベータを乗り換えて今度は観光客用のエレベータで下に向かうため、僕たちはエレベータを降りた。


「!?」

降りた時、乗ってきた時とは違う違和感を展望ルームで感じる。

「ゼロ先輩……まさかこの人たち……!」

「うん。 そうだね」

 

展望ルームに居る観光客たち。 それらは一見してただ立っているように見える。 

しかしよく見てみると、全員微動だにしない。

間違いない。 ここの人たち全員。 時間が止まっている!

「もしかして、さっきも? ここに乗って上に行く前も……この人たち止まってた?」

 ナナミさんが恐怖に顔を引きつらせた表情で言う。

「メデューサめ……!」

 ゼロ先輩は拳を握り、怒りを込めて言った。


そして、その惨劇はゲオルタワーを降りてからも続いた。

 ゲオルタワー前広場。 周りに居る人間すべてが時間を止められていたのだ。 この付近で動く者は僕たち三人しか居ない。


「これは一大事ですよ! 警察に……! ああ、でもダメか……僕たち以外はこの異常な現象を認識できないのか!」

「リュウジ君、ここは一旦落ち着いた方がいい! とりあえずみんなどうする? 今のところメデューサに対しての手掛かりは掴めてないし、私は帰って妹の無事を確かめたい。 そしたらちょっとあのルージュって男に電話して、いろいろ聞き出そうと思ってる!」

「僕は……」

「ゼロ先!」

 ナナミさんが叫ぶように言う。

「どうした? ナナミ」

「ゼロ先は、メデューサに対して免疫があるん……スよね? なら、家にお邪魔しちゃダメっスか? ……私お父さんが主張中だし、家に帰っても一人だし……ちょっと怖くて」

「おお! いいよ全然! 家なら全然ウエルカムだよ!」

「ありがとうございます!」

「リュウジ君は?」

「リュウジさんも良かったら一緒に来てほしいです!」

「え、ええ! でも……ゼロ先輩の家だし……」

「私は全然いいよ? むしろ、メデューサにとって私たちみたいな真実に近づいてる人間は脅威となるだろうし、狙われる危険もあるかもしれない。 みんなで一緒に居た方が安心かナ!」

 まさかの展開! ゼロ先輩の家に僕なんかがお邪魔していいのか!?

「ああ! もしかしてやましい事考えてる!? ワオ! ハーレムだぜって!」

「いや! そんなこと考えてませんよ!」

「それとも私の家なんか来たくないってか!」

「いや、そんなことは――」

「じゃあ来れるよネ!?」

「は、はい。 行きます……」

「よし決まりダ! じゃさ、みんなお腹空かない? なんかここ数日何にも食べてない気がしてたんだけど、思い返してみたらナナミがくれた麦茶しか飲んでなくてさ!」

「た、確かに! そうか、時間が止まってるから僕たちは食事を摂らなくても大丈夫なのか」

「うん、そうみたい。 んでそんなこと考えてたら急にお腹空いてきちゃってさ! ご馳走作ってやるから買い物寄って帰ろ!」

 鬱々とした雰囲気だったが、ゼロ先輩のテンションで僕たちは一気にいつもの部活の雰囲気になっていった。 

そうだ。 これはいつもの部活の延長。 ちょっと壮大だけどやることは変わらない。

 この街の時間を止める怪物の捕獲! 成功した暁にはこれを記事にするんだ。

 タイトルはどうしようかな……『夕闇を彷徨う怪物を捜索セヨ!』とかどうだろう? うん、決まりだ。

 僕たちは時間を止められた人々をあまり見ないように歩みを進めた。

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