第3話
入学式当日。
この5日で学園生活にもずいぶん慣れた。会う人全員に挨拶していたら、顔と名前を覚えてもらえたようで特に下働きの人達とはずいぶん仲良くなった。
どっちかというと水汲みから洗濯から全部自分でやろうとする新入生に呆れつつ協力してくれているという感じだが、気安く話ができる人がいるのはいいことだと思う。
ここでの正解は自分の使用人を通して下働きの者に指示し、水を運ばせたり洗濯させたりするということになるらしい。まあ確かに貴族のお嬢様が重たい水桶を抱えて階段を何往復もするのはおかしいと私も思う。
ちなみに普通の新入生は使用人を先に学園に送り、部屋を整えさせてから専用の馬車でやってくるものだそうだ。一人でやってきて入学式前から制服でうろついている私は、他の学生の使用人たちからしても悪目立ちしていたようである。
入学式は午後に行われる。一昨日くらいから新入生や一時帰省していた上級生が次々と寮に入り始めて、寮内が活気付いてきていた。学生の皆様にも挨拶したのだが、髪を適当に後ろでくくって洗い桶を抱えた制服姿の新入生を上から下までゆっくり眺めたあと、「ええ」とか「ああ」とか返されるくらいで終わってしまった。何が悪いのかは分かっているが、すぐには生活習慣は変えられないものなのだ。真梨としてもお嬢様生活なんてしたことがないから加減が掴めない。目立たず皆と仲良く玉虫色計画、早くも破綻している。
今のところ王子様と公爵令嬢は見かけていない。大物は最後にやってくるのか、間が悪いのか。まあストーリー的には入学式後に出会いイベントがあるから、今会って面識ができていてもおかしいのだけれど。
私とリコちの考えたストーリーでは、入学式の後教室に移動し、そこでマリーが皆に挨拶して回る。その時に公爵令嬢から「気安く話しかけないで」と突き放され、それを王子様が見咎めてマリーを庇う流れだった。それから庇ってもらったお礼にとマリーが王子様に近付き、公爵令嬢が嫉妬を燃え上がらせ…というベタベタな展開である。
とりあえず入学式では何も起きないはずなので、この時はおとなしくしていればいい。教室に移動してからも、これまで誰彼構わず挨拶しまくっていたので挨拶回りをする必要はないだろう。むしろ「なんか下働きみたいなことしてる変な新入生」として顔と名前が売れているまである。
ちなみに私以外の子たちは皆10歳から15歳まで王都の学校に通っていたので、基本的に顔見知りだそうだ。貴族や将来国の中枢と関わるような富裕層の子女は、そこで必要な教養と人脈を形成するらしい。マリーは魔法能力が公的に知られるようになったのが遅かったため、本来魔法使いも全員集められるそちらには入学しなかった。真梨の世界で言うと初等中等教育をすっ飛ばして魔法専門学校に入学した感じだろうか。学力的にやっていけるのか、本気で不安だ。
入学式の行われる大講堂に入る。他の新入生と違って誰かに身支度を整えてもらう必要も無いので一番乗りだ。ダイアナさんを見かけたので挨拶すると、鞄をぶら下げてふらふら入ってきた私を見てぎゅっと目を閉じ、ややあってにっこり笑う。
「荷物を自分で運ぶのは淑女らしくありませんよ」
「でも私、使用人なんて雇ってませんし」
「…その件につきましては、後程改めてお話しいたしましょう。ゆっくりと。…お席にご案内いたします」
ダイアナさんが私の鞄を奪い取って歩き始める。この数日で私に手加減が無くなってきた。貧乏貴族の四女で持参金の用意ができず結婚できないため、給料の良いこの辺境の地で働いているのだと洗濯のおばちゃんが言っていた。美人なのにもったいない。
講堂は演壇を中心に半円状に長机と椅子が並んでいる構造で、新入生は前の方に固まって座るようだ。端の席に座り、他の新入生が集まるのを待つ。
ぽつぽつと入ってくる新入生は皆誰かしら使用人を連れている。学生は同じ制服を着ているが、使用人の服装でなんとなく身分差が分かる。演壇正面が上座で、そこから端に行くほど身分が低くなる感じのようだ。
あー机の間隔がやけに広いのは後ろに使用人が控える必要があるからなんだと納得していると、また入口から新入生が入ってきた。
周囲の空気が一瞬で変わる。
艶のある黒髪に優しげなグレーががった瞳。穏やかな微笑みをたたえた口元と優雅な動きは嫌でも目を惹きつける。魔法学園の制服を身に纏っていてなお隠せぬ王家の風格。
リコちと考えたゲームの攻略対象、レイモンド・アイザックス王子。見た目は全力でリコちの趣味だ。ゲームでも漫画でも推しはブレずに黒髪優男だった。
王子様は学園の偉い人っぽい壮年男性と、使用人というか護衛といった感じの鋭い目つきの長身の従者を従えている。なかなかの美形だ。王子の護衛っていうのもベタな攻略対象だし、ひょっとしたら製品版のキャラかもしれない。一応接触に注意しよう。
そして王子様の横に並ぶように、もう一人新入生が入ってくる。
赤い髪に吊り目がちの赤い瞳。白い肌に、細身でも女性らしさのある体型。気品と自信に満ちた振る舞い。付き従う侍女の纏う衣装にもレースと刺繍がふんだんにあしらわれ、彼女の身分の高さを物語っている。
リコッタ・ソーレス公爵令嬢。王子様の婚約者で、ゲームでは恋のライバル。接触に気を付けなければならない相手。名前はヒロインに私の名前を使うんだったらと強硬に主張してリコちの名前をもじらせてもらった。
ハッピーエンドルートでその身を滅ぼす悪役は、優雅に会場内を見渡し、私と目が合うと──動きを止め、大きく目を見開いた。
そこに浮かんだ色は、恐怖、である気がした。
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