三の十二 血戦・千年髑髏
冷たい秋風が吹き抜け、枯葉の舞う中庭で。六道はエスキロス――否、千年髑髏によって操られるエスキロスの肉体へと曲刀を振り下ろした。
千年髑髏は赤黒い血のような剣身から禍々しい剣気を放ち、自ら一撃を受け止める。互いにがっきりと噛み合い、重い金属音とともに火花が散った。
六道は
エスキロスの身体が沈み込み、低空での後方宙返りをしつつ爪先蹴りを放ってきたのだ。下がっていなければ、確実に顎を打ち抜かれていただろう。
エスキロスは器用に着地し、一足一刀の間合いを明らかに外す距離を取ると中段に構えた。六道も、再び右足を引いて半身に構え、両手持ちにした刀を垂直に立てつつ右の肩口へ引きつける。
千年髑髏から、がちがちと上下の歯を鳴らすような音がした。
「先日トハ比ベ物ニナラヌ殺気ヨナ。アノ娘ヲ
先刻までであれば、「
元々エスキロス一味を追っていたのは、連中が流す
己が基準とするのは本来そちらであり、アレイアのことはあくまでも「狂わされた中の一人」であるべきなのだ。
親しく言葉を交わした一人が、顔も知らない
それが、“六道”を名乗る以前、かつての“
「ダンマリカ。デハ、少シハ面白イ芸ヲ見セテヤルトシヨウ」
千年髑髏が剣先を少し動かす。二人が壁に空けた穴から、ひゅうひゅうと人のむせび泣くような音を立てて黒い霧が
千年髑髏が、隠れ家に充ちていた陰の氣と幽霊たちを回収しているのだ。
この中庭だけが、いきなり真冬になったかのように冷える。六道は丹田に陽の氣を込め、唇を引き結んだ。文字通り気をしっかり持たねば、陰の氣にあてられて死に直結する隙を作ってしまうだろう。
黒い霧は、千年髑髏へと吸い込まれていく。全て吸い込み終わると、邪剣は黒く禍々しい光を放った。
光はすぐに消えたが、真冬の寒さは消えない。弱い吐き気と気怠さがこみ上げてくる。邪剣が、その身に戻した陰の氣を再び振りまいているのだ。それも、隠れ家のときよりも強く。
それでもなお反応を見せない六道をつまらないと感じたか、千年髑髏は自ら斬り込んできた。お株を奪うような諸手の袈裟斬りを、六道は半身になって
かつて、オーガの達人慕容突(ぼよう・とつ)すら仕留めた必殺の一刀。その変形である。しかし、エスキロスは人間ではありえない反応と動きの速さでそれを外してみせた。
予想外の動きに目を見開きつつも素早く反転した六道の眼前に、こちらも必殺の刺突が迫る。
間一髪、刀での跳ね上げが間に合い、刺突は六道の右肩から上へと逸れた。
目線も意識もエスキロスの脚へ。そこに反応した千年髑髏の剣身が下がる。すかさず六道は、エスキロスの背より高く跳躍した。
前方宙返りの挙動から、
六道は空中にいるうちに体を半回転させ、千年髑髏に背を向けないように着地した。そのまま、一足一刀の間合いを半歩外して睨み合う。
エスキロスが半歩下がった、と同時に千年髑髏の剣気が消えた。ぶつけていた気を外され、さながら手四つで押し合っている最中に退かれてつんのめるように、六道の中にほんの一瞬“虚”が生まれる。
その“虚”を突いて、上段から神速の一撃が降ってきた。
仮に反応できても防ぎ得ない死の一瞬にあって、六道の体は無意識に動いた。剣先が千年髑髏を巻き取り、抑え込むように受け流す。
前に流れるエスキロスの体に合わせ、左
六道も追う。袈裟斬り、左袈裟、逆袈裟、左逆袈裟。また真っ向の斬り下ろし、左右の横薙ぎ。それらを自在に組み合わせ、目にも止まらぬ矢継ぎ早の連撃を重ねていった。
一撃通れば致命傷となる六道の連撃だが、ことごとく千年髑髏によって防がれてしまう。ただ、
あるいは、六道が疲れに負け、速度の落ちる一瞬を狙っているのか。
連撃を続けるうち、響く金属音に混じって、エスキロスの口から苦痛の呻きに似た音が漏れるようになった。
千年髑髏の力によって万全の六道に劣らない動きを見せているものの、ここにきて元々の肉体の差が出てきたのだろう。
六道はわずかに頷き、連撃の速度をさらに速めた。全身の骨がきしみ、肉と筋が悲鳴を上げるほどに。
六道も激痛に顔を歪めるが、唇を噛みしめ、速度を落とさないよう耐え続ける。理不尽に死んだ人たちや遺族の苦しみを思えば、これくらいの痛みがなんだというのか。
「もう、やめ、て……。もう、むり……」
そのうちに、エスキロスの呻きが明らかな言葉になった。六道は口から下を鮮血に染めた鬼気迫る
ついに、エスキロスの喉から絶叫がほとばしった。限界を迎えたであろう両腕が垂れ下がり、手から離れた邪剣が地面に転がる。その一瞬を逃さず、六道は真っ向から斬り下げた。
倒れ伏すエスキロスから、六道は一歩ずつ距離を取っていく。ここで気を抜いてはならない。なぜなら。
千年髑髏の持つ陰の氣が、エスキロスと繋がっているのが感じられるからだ。
突如、エスキロスの亡骸が跳ねた。落ちた邪剣を掴み取り、六道の腹めがけて突きかかってくる。六道は腹筋を締め、曲刀から手を離した。
六道の硬い腹筋を貫き、千年髑髏が背中まで突き通る。
ごぼり、と口から血があふれた。走る激痛とともに
体力、生命力、陽の氣。いわば命の源を、邪剣に吸い取られているのだ。
「甘露! マサニ甘露! 安心シロ六道、命マデ奪イハセン!」
千年髑髏のしわがれた哄笑が響いた。対照的な微笑が、六道の口許に浮かぶ。
「……やっと油断しやがったな」
六道は片手でエスキロスの手首を掴むと、もう片手の手刀で斬り落とした。腹に刺さった邪剣を引き抜き、離れたところへ放り投げる。距離のせいかそれとも自ら消したのか、陰の氣によるエスキロスとの繋がりはもう感じられない。
六道は痛む腹に手をやった。生温かく、ぬめった感触がある。手はすぐに赤く染まった。ただ、少なからず吸われたとはいえ、滾らせている陽の氣が血止めの役目も果たすので、大怪我の割に出血はそこまででもない。
傷ついた内臓も、今後安静にしていれば回復できるだろう。
ひどく重い足を引きずるようにして、六道は千年髑髏に近づいていく。さすがに持ち主がいなければ駄目なのか、あと一歩まで近づいても邪剣は動きを見せなかった。
「最後だな、千年髑髏。念仏でも唱えろ」
六道――死・喪・哭・泣を
「ヤハリ、えすきろすナドデハ駄目ダ。六道、私ト組メ。私ト貴様ナラ、地位モ名誉モ金モ女モ奪イタイ放題ダゾ」
六道は鼻で嗤った。どうやらこの剣、侠客の精神性を理解できるような神経は持ち合わせていないらしい。
「安心しろ。全部間に合ってる」
舌打ちに似た音がして、千年髑髏の剣身が黒く輝いた。六道の中に、この剣の持ち主となって欲望のままに暴れたいという悪意が芽生える。
「欲ガ無イナラバ、私ガ作ッテヤル。サア六道、我ガ使イ手トナルノダ」
六道は唸った。拳を固く握り、生まれた悪意に抗おうとする。が、悪意は大きくなる一方で、このままでは遠からず飲まれてしまうだろう。
不意に、何者かの声、いや意思に触れたような気がした。
六道は左手を広げ、右手を顔の前に上げて
まるで己の愛剣であるかのように、六道は長剣を掴んで引き抜いた。鞘の中から、輝かない漆黒の剣身が姿を見せる。
その剣こそ、陰の氣の中でも万物を枯死させる“粛殺(しゅくさつ)の氣”。それを剣の形とした「玄冥太陰剣(げんめいたいいんけん)」であった。
同じ天界出身だけあって察したか、千年髑髏が恐怖に息を呑むような音を出した。
「マサカソレハ、イヤ、間違イナイ……。貴様、ナゼソレヲ!?」
六道は答えない。玄冥太陰剣を逆手に握り、千年髑髏に突き下ろす。おぞましくも凄まじい断末魔の絶叫とともに、邪剣は砕けて柄まで塵と化した。
その際解放された大量の陰の氣にあてられたか、腹の傷が開き血が流れ出る。六道はついに耐えかね、片膝をついた。
そこへどこからともなく、十人あまりの男たちが現れた。皆一様に、筒袖で前合わせの上着を着てズボンを穿いている。また、腰帯に剣を提げるための金具を付けるのではなく、上下二本締めた下側の帯に片手剣を提げていた。
東方の超大国タブガチの、それも数百年前の様式である。つまり彼らは、
見れば、男たちの中に蘇巡がいた。六道に歩み寄ると、重々しく頷く。
「千年髑髏の消滅、我々
それだけ言って、飛天たちは姿を消した。六道はかすかに笑い、気合を入れて立ち上がる。
――姐さんが巻き添えになる前に、千年髑髏を
“
秋晴れの空は、どこまでも青く澄み渡っている。六道をねぎらうかのように、一陣の風が吹き抜けていった。
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