第二十七話、“ラベリング”。

「おっさん、アメリ、大丈夫か!?」


 シータの声が遠くの方から聞こえてくる。その声で、俺はアメリと一緒に身体を起こした。


「……やっぱり、こいつが原因か」


 俺は森の惨状を見て言葉を独り言を呟いてしまう。閃光が通ったと思われる場所は、空間が抉り取られてしまったかのように地面ごと無くなってしまっていた。


 あれだけ鬱陶しいと思えていた木々も、生えていたのか怪しいと思えるほど綺麗に無くなっているのを見て、肝を冷やす。あの光に飲み込まれていたら、俺達も同じ運命をたどっていたはずだ。


「くっ、アメリ……立てるか?」


 俺は一足先に立ち上がり、アメリを起こす為に手を差し伸べる。アメリは、ゆっくりと顔を上げる。その顔には絶望の色が染まっていた。


「……立ち上がって、勝ち目があるんですか?」


 その言葉はいつものアメリとは違う、空虚なものだった。そんなアメリに向けて、俺はしっかりとした言葉で返す。


「勝ち目はな、探す物じゃない作る物だ。それに──」


 今は攻略法が見えてこない、でも諦めなければ道は出来るはずだ。俺は、ステータスを開き、スキルをセットする。──亜種のジャガーボアに効いた『鑑定』を。


「俺達の勝利条件は、ハルトとジェシカを見付けて連れ帰ることだ。決してあいつを倒すことじゃない、いいな?」


「……わかりました、リッドさんがそう言うのなら!」


 アメリの目に生気が戻ってくる、しかしその中には危うさを感じられた。いつ切れるかわからない、張り詰めた糸のような……


「リッド! こっちはシータと行動する! そっちはアメリと行動してくれ!」


 ラルフの叫ぶ声が聞こえてくる。それは俺も考えていた。相手が範囲で攻撃してくるならば、固まって動くのは悪手だと思う。


「わかった、あいつがどっちに付いてきたとしても恨むなよ!」


 そして、俺達は分かれて行動することとなった。目的地の洞窟はもうシータとラルフに伝えてある。あいつらの方が俺達より経験が豊富だ。だから、俺が案内しなくても大丈夫だと思った。


 ──さて、どっちに付いてくる?


 俺は異形のモノの姿を目で追いながら走り始める。そいつは、ずっ、と身体を引きずるように、迷いもなく俺達の方へと身体を進めて来た。その姿を見て、俺は思いっきり叫んだ。


「──任せたぞ、お前達! 二人を頼んだ!」


 シータとラルフに想いを託す。今回は時間を稼ぐのが俺達の役目。長ければ長い程、全員が助かる確率は上がるはずだ。


 俺は走ったまま、後ろを観察する。そいつの動きは遅く鈍重な速度で追って来ている。しかし、気になったことがあった。


「……なんで、あいつ『エクスカリバー』を撃って気絶しないんだ?」


 そもそも、あいつが何で出来ているのかがわからない。その名前すら。


 ──まずは、一度『鑑定』をした方がいいかもな。もしかすると、そのまま勝てるかもしれないしな。


 俺は後ろを見がてら、一緒に『鑑定』を済まそうとした。ジャガーボアより遅いので楽に終わるはず……だった。けど、その希望は早々に打ち砕かれてしまった。


「『鑑定』が効かない!? 嘘だろ!?」


 俺は他の場所を見るが、しっかりと情報が頭の中に入ってくる。即ち、そいつだけが『鑑定』の対象外なのだとこれで知った。


「──リッドさん前、危ないです!」


「わかった!」


 俺が前を向くと、足元に木の根が出っ張っていた、それを踏んでいたらまず転んでいただろう。俺が足を上げて木の根を股ごうとした瞬間、後ろから音が聞こえてきた。


 ──しゅるるるるる! 鞭が空気を切り裂く音が近付いて来るのが耳に入ってくる。俺が振り向くより早く、脇腹が痛みと共に熱を持ち始めた。


「ぐあっ! なんだ、これ……」


 脇腹の痛みが収まらない。恐る恐るその部位を見てみると。そこには鉛色の触手が身体を貫き、うねうねと動いて傷口を開こうとしてきていた。


 俺は焦りながら、触手を掴み無理矢理引き抜くと血が一気に噴き出てしまう。口に熱い液体がせり上がってくるのを感じ、吐き出す。液体は地面に赤い染みを作った。


 ──ドサッ。ドサッ。と後ろの鞄から物が落ちる音が聞こえてくる。どうやら、鞄ごとやられてしまったらしい。


「──きゃあああっ! リッドさん!」


「だい、じょうぶ、だ……」


 アメリが泣きそうな顔で駆け寄ってくる。それに俺は笑って返そうとした。──ちゃんと笑えてるかな、俺?


 なんであのタイミングで視線を切ったんだ。相手の行動パターンもわからないまま目を離すなんて自殺行為だろうに。


 経験の浅さがモロに出てしまっていた。これがシータやラルフならこんなヘマをすることはなかったに違いない。


 ここにシータが居たらこう言っていただろうな……「敵から視線を切るだなんて、なってないぜおっさん」って。…………え?


 俺の幻聴か、シータの声が聞こえてきた気がする。今あいつは、ラルフと行動をしているはずだ。こんなところにいるはずが……ない。


 異形の化け物の向こう側、そこにはシータが立っていた。さっきの戦いでは付けていなかった篭手を両手に着けていた。


「まったく、やっぱりおっさんは無能だな。せっかくのいいスキルが泣いてるぜ?」


「シータ、なぜここ……ぐっ!」


 声を出そうとして、脇腹に激痛が走った。それを見て、シータは呆れた声を出す。


「その地面に薬が転がってるんだから、それを使わせてもらえばいいんじゃねぇか?」


「お前、ラルフと、一緒じゃ……」


「こっちに、この化け物が行ったのを見てから来たんだよ。あいつは一人でも大丈夫だからな……まったく、お守りは大変だぜ」


 シータはやれやれといったポーズをしながら不敵に笑う。しかし、未知の相手……それがどれほどの恐怖であるかは、経験が豊富な奴程知っている。だから、今見せているものは……虚勢なはずだ。


 それでも、俺達を守る為にこいつは来てくれた。くそっ、こんなところでカッコつけやがって。──こいつだけには任せてられないな。考えろ、今俺に出来ることを!


「ははっ、言ってろ! なら俺から一つ提案をする! シータ、今からお前のレベルを上げようと思う! やれるな!?」


 俺は激痛を堪えて、シータに提案をする。それを受けてシータは頷き、こう言った。


「──ああ、やれるだけやってくれ。おっさん、頼んだぞ」


 そして、シータは拳を握り締め、相手に向かって構えた。その口には笑みが浮かんでいる。きっと、俺も同じ顔をしているに違いない。


 シータが俺に物を頼んできたことに胸が熱くなっていく。ああ、そうだ。普通なら今からレベルを上げるなんて不可能だ。


 でも、ここには俺がいる! ──今から行うのは“レベリング”じゃない! “ラベリング”だ!


「行くぞ、シータ!」


 そして、俺はシータのレベルを貼り替える。──そのレベルは100。S級冒険者アドルフさえも超える頂点に彼は今、到達した。

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