Ⅱ 見えないあなた

 息を引きとる時は、こんな感じだろうか。

 止めようと意識せずとも、呼吸は自然に消えていく。肋骨の下で肺が収縮し、心臓の鼓動を感じなくなる。


 照準を合わせて引き金を引いた。右肩に当てた銃床の衝撃に、再び心臓が脈打ち始める。結果を知らされるまでもなく、バルドには当てた確信があった。三百メートル先で、命中を示す赤旗が上がる。


「ふむ、腕は鈍っていないようだな。安心したぞ」


 ライザが頷く。


「当たりめぇだ。俺を誰だと思ってる。んで今度は誰をるんだ?」


「今は無い。戦場を離れて久しいだろう? たまには撃ちたいのではないかと思ってな」

「けッ」


 図星だった。


 少女と共に警察署へ来いと朝からライザに呼び出され、着くなり射撃場へ連行された。これまでの逮捕歴八回のうち半数はライザの手により戦地へ送られているから、もはや腐れ縁だ。全く嬉しくないが、バルドの衝動くらいお見通しなのだろう。


 ジャキッと小銃のボルトを引き、再度構える。


「銃は良しとして、剣にサビはついていないだろうな?」


 引き金を引く。

 硝煙をくゆらせ、次も赤旗が上がる。


「予定はぇんじゃなかったのか?」

「無い。だがいつでも剣を抜けるよう構えておけ」


「あ? 鬼の警察署長サマも呪いの石にビビッてんのか?」

「違う、これは警察官の勘だ。それにワタシは石を見ていないから、呪いにはかかっていない」


 罪人は懲役で兵士として戦場へ送られる。汚染されていない土地を巡って、国同士の争いが絶えないのだ。一応の訓練は施されるものの、その多くが一度目で死ぬ。バルドは八回繰り返すうち、卓越した戦士になっていた。


 これに目をつけたライザは、暗殺や粛清をさせることがある。この街では警察署長が法だから、どんな汚れ仕事でもライザの依頼となれば合法なのだ。


「お前の腕はよく分かっている。しかし燃えない遺体といい呪いの石といい、そして事件の生き残りの少女だ。どうしても嫌な予感がするのだ」


「合格したんなら俺は帰るぜ」


 銃を返し、射撃場から警察署の建物へ戻ると、集まった署員を相手にナユがバンドゥリアンハープを聞かせている。初めての場所、初めての相手にもかかわらずナユの演奏は堂々としたもので、余計なものが見えないというのは奏者向きなのかもしれないとすら思う。


「勝手にタダで聞かせやがるなよ?」

「黙れ。署員に顔と名前を覚えてもらった方があの子も暮らしやすいだろうが」

「ケッ!」


 目の見えない少女が慣れない街で暮らすことを考えればその通りで、返す言葉もない。


「お前、強盗・恐喝・暴行・放火・窃盗・殺人はあっても性犯罪の前科は無かったな」


「俺は凶悪犯だが変態ゲス野郎じゃねえ」


「そうか。フランに聞いたが、お前にあの子を助けた理由や目的が無くてよかった」


「無くてよかっただと?」


 てっきり『なぜ助けたのか』『これからどうするつもりなのか』と、フランからもライザからも言われるものだと思っていた。


 不定期に稼いだ日銭が底を尽いたらフランの厄介になるのが、バルドの生活だ。安定してナユを養うこともできないくせに、勝手に連れてきてどういうつもりだと詰問する権利がフランにはあるが、彼はしなかった。


「ところでお前、いつまでその軍服を着ているつもりだ? 最後に戦地から戻って三年以上経つだろう」


 生きるために五歳で盗みを始めてから犯罪を繰り返してきたバルドにとって、三年間も犯罪と無縁なのは人生で初めてだ。


「これを着てりゃ人は寄ってこねえだろ。誰もいなけりゃ俺も罪人にならずに済むから、これからも着るぜ」


 人と関わりたくないと言いながら、バルドは再犯を繰り返してきた。だがフランに拾われてからそれが無くなり、本人の思いとは裏腹に従業員たちや周囲の人と繋がり、ついには盲目の少女まで保護した。


「そうか。もっとも、あの子にはお前が何を着ていようが関係あるまいがな」


 拍手が起こり、演奏が終わった。ナユがお辞儀をしている。ライザも拍手しながら近寄り、ナユの肩に手を添えた。


「素晴らしい演奏をありがとう。ここに居るのは皆ワタシの部下でな、もうナユの顔と名前は覚えたから、この街で何か困ったことがあればすぐ助けてくれるだろう」


「ありがとうございます、ライザ署長ですね」

「おや、覚えてくれたのか」


「はい。火薬の匂いがします。それに砂糖菓子の匂いも。昨日出会った人はみんな覚えました。フランさんはお花の香水の匂い、ルゥさんは焼きたてパンの匂い、モノリさんは石鹸の匂い、デビッキ司教は紙とインクの匂い」


「それは素敵だな。バルドは何だ?」

「バルドさんは………、ろ、ロバみたいな匂い」


「俺だけヘンな間があるのはなんだよ?」


「フハハハッ! 風呂に入れバルドよ。いいかナユ、バルドもフランも所詮は男だ。女同士にしか分かり合えないこともある。そういう時はワタシを頼りにしていいからな。困ったら我慢せずに、いつでもうちに泊まりにくるといい」


 そう言ってナユの両肩に手を置いた。


「はい。嬉しいです」

「それなら早速、明日でも明後日でも泊まりに来ていいぞ!」


「けッ、来てほしいならそう言えよな」


「そうだバルド、今日は新市街で闇オークションがあるぞ。裏社会の実力者たちがわんさかだ。いつもより警備態勢を強化しているから、臨時で雇ってやろう」


「今日はいい。ナユはまだこの街に慣れてねえんだ、夜一人にさせられるか。それにフランから石運びの報酬を受け取ったし、しばらく金の心配はねぇ」


「ほう。お前が自分よりも金よりも他人を優先するとはな」


 ライザの視線がこそばゆく、バルドは早々に警察署を退散した。もちろんナユの手を引いて。


 それからしばらくして、警察署の受付に旧市街らしからぬ外見の男がやって来た。

 肩まである長い黒髪は艶があり、ハネやうねりが一房もない。紫紺色の革のコートに身を包んだ佇まいは品格を感じる。だがコートの立てた襟からのぞく赤い瞳は、乾ききってひび割れた異様な光をしている。


「人を探しているのですが」


 聞くだけで冷やっとするような、青白く温かみのない声。


「そ、その人の特徴は?」


 受付の警察官もぞっとしたようだが、職務なので手帳とペンを取り出す。


「十二、三歳くらいの銀髪の少女です。先日起こった楽団殺害事件の生き残りでして。珍しい形の弦楽器の演奏者で、この街に来ているようなのですが」

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