第17話 文化祭と男子と女子(中日編)

我がクラスの喫茶店、「星の王子様カフェ~トゥインクルスターズ~」は設定遵守で衣装のクオリティも高く、多種多様なイケメン執事がお姫様を丁寧に接客している。思いのほか、男性客もノリノリで百均ティアラを頭につけて楽しんでいる姿があった。


ちなみに俺は、ひらひらピンクの花嫁エプロンで調理を担当している。周りの同じ格好をした連中に笑顔はなく、黙々とメニューを作り上げていく。男どもの感情を犠牲にして、彩鮮やかなオムライスやパンケーキが次々と提供されていった。


「「「御堂くーん!!」」」


「ったく、しょうがねえな。ほら、俺が食べさせてやるよ」


御堂と呼ばれる褐色金髪の俺様系イケメンは、いつぞやの衣装の費用について俺に質問してきたギャルである。サービス精神旺盛な王子かのじょたちは卓毎に黄色い歓声を飛ばしていた。


「ギャルで演劇部ってすげぇギャップだよな」


横にいたクラスメイトが話しかけてくる。うちはそこそこレベルの高い進学校ではあるので、見てくれは派手でも勉強が出来る奴が多い。部活も然り、特に御堂かのじょは上級生を押しのけて部内でトップを張るレベルだと聞いたことがある。キャラ作りや口調、演技指導も担当してくれていたおかげか全体的に完成度が高い。


俺は午後から辰巳と交代するまで、馬車馬のように働き続けるのである。なにせ、注文が止まないのだから手を休める暇もない。とにかく今はこの修羅場を乗り切ることだけを考えて、ただただ疲労との戦いに身を投じているのだ。


「そういえば、あいつ二人の監視するとか言ってたけど大丈夫か…?」


朝霧と葛西は絶賛文化祭デートを楽しんでいる最中だ。まあ両者が楽しめているかと言われたら断言は出来ない。そのためにアシストをすると辰巳は言っていたが、彼の鋭さを舐めてはいけない。というか既にバレていそうな気もする。


―――――――――――――――


神田は協力してくれることを約束してくれた。だが、彼女と文化祭を楽しんできてほしいという交換条件を飲むことになってしまった。そうでなければ彼女に失礼だと、そんなことはどうでもいい。僕にとっては全て茶番にしか思えない。


「今日はありがとう…私の我儘聞いてもらって」


張りぼての笑顔で返事をする。彼女はあまり会話が得意ではない。この文化祭までの期間、僕にとっては苦痛とも感じた時間を一緒にいたのだからそれくらいは分かる。あの一件以来、僕にとって女性は畏怖の対象なのだ。


「朝霧さんはどこに行きたいとかある?」


彼女は少しの間を置いて、「まだ」の一言。誘ったのだから行きたい場所くらいは決めておいて欲しかった。いや、こうやって期待をするから僕は裏切られたんだ。嫌な思い出が脳裏を刺す。


「葛西君はどこか行きたいところ…ある?」


答えに悩む、フリをする。どうせ告白は成功しないのだから、適当に返したって別に構わないだろう。全く興味のない、出来が悪いと噂の自主製作ドラマを提案したら嬉しそうに頷いた。僕はまた、塗りたくった仮面を被ってエスコートする。


「楽しみだね」


あの時もそうだった。彼女は僕が考えたデートプランを楽しんでいるようだった。実際には楽しむふりをして、いけ好かない年上の男と陰で僕を嗤い飛ばしていた。後ろから加苅というクラスメイトが様子を観察しているように。


もう、中学の時のような思いはしたくない。最終的には連絡も取れなくなり、あの男と一緒にいる姿を偶然見かけた時、沸いたのは怒りだった。後日、問い詰めるとあっさり認めて別れを切り出された。


今でも忘れない。彼女の名前は市川真理いちかわまり、そして男の名前は日野阿伏兎ひのあぶと。二人は僕が別れを承諾した後、結託して僕の浮気をでっち上げられた。クラス中は聞く耳すら持ってくれなかった。


でっち上げた浮気相手は部活の先輩だった。先輩もまた、僕を陥れるためにあんなに仲良さげに振舞っていたに違いない。もう、こんな思いをするくらいなら誰も知らない遠くの場所へと逃げようと決めた。それなのに。


「葛西…君?大丈夫?」


「う、うん。僕も楽しみだな」


この有様だ。自主製作の内容も入ってこない。脚本の内容は薄っぺらいし、演技に至っては大根役者もいいところだ。作った本人たちはこれをなぜ堂々と公演できるのだろう。見るに堪えない。


「ドラマ、すごかったね」


彼女は手放しで褒める。それに僕は合せるように、一緒に褒めた。こういう時にスラスラと嘘がつけるのは今まで仮面をつけて生活してきた賜物だろう。もう誰も踏み込ませたくない。


「ちょっとお腹空かない?何か食べたいものある?」


甘いものが食べたいと、手にしていた文化祭のマップにぐるっと指で囲う。確かそこは縁日の露店がある場所だったか。こちらの都合は聞かず、ずんずんと足早に歩を進めていく。


「わあ…すごい」


甘味だけでなく、縁日らしいもので溢れていた。そういえば、真理は綿あめが好きなんだと、子供のように頬張っていた。どうでもいい記憶を意味もなく引っ張り出してしまったのは、彼女が綿あめを二つ持ってきたから。


「おいしいね…」


今日は二人で色んなところを回った。明日は見たいライブがあると言われ、その場で頷いた。本当は断りたかったが、それでは神田が出した条件を達成できない。不服ではあるけど、その気持ちは奥底にしまうことにする。


明日の告白決行時間は後夜祭のタイミングだと神田から聞かされた。その時までには告白を阻止すると言ってくれた。午後になって監視の目が抜けたのは幸いだが、誰に見られているか分からない。明日が、早く終わればいいのに。


―――――――――――――――


校舎の屋上から二人の様子を眺めていた。本来立ち入りは禁止されているが、文化祭が開催している間は例外的に許可が下りている。ここからでは会話も聞こえないし二人の距離感も分からないが、葛西はちゃんと約束を守ってくれているようだ。


明日は最終日、葛西の依頼を実行する時間は限られている。彼の身の上話を聞いた上で、未だに具体的な案が思いつかない。ここまで頑張って練った恋愛乙女大作戦をここでストップさせることなんて不可能に近いだろう。それに、俺も少なからず協力しているのだから、出来ることならそんな面倒はしたくないのだ。


「さて、どうすっかな」


ため息交じりの愚痴が空にすうっと消えていく。こちらの努力が無駄にならず、かつ彼の望みを叶えることが出来る秘策。すぐに思いつくはずも無く、暫く彼らをぼーっと見つめていた。

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