第11話 違う釜の飯でもいいじゃないか

荷物を辰巳たちに預け、可能な限り身軽な状態で駆け下る。道を外れるとしたら途中の河川付近だろう。あの辺りにだけ誘導用の立て札と立入禁止用のロープが張られていないため、川辺に下ることが出来てしまう。


多少開けているとはいえ、もし下流か上流どちらかに歩いてしまっていたら捜索は困難になる。さらには急勾配による滑落の危険性、低山とはいえ山の天候は読みにくいことも相まって、雨による増水と急流で流されてしまう可能性もゼロじゃない。


「悪いな、うちの班員のせいで」


登るときよりもワントーン落ちた声だった。松井が責任を感じる必要はないし、謝る必要もないだろうに。とにかく今は本人たちをこの目で確認することが最優先だ。もし、山中を好き勝手に歩き回られてしまったら俺達ではもうどうしようもない。


順々に下っていくと、道を外れた場所で見覚えのある服装をした人影が二つ。我が校のジャージを身にまとっている。


「松井、もしかしてあの二人か?」


「おい!お前ら!」


どうやら予想は当たっていたようだ。ロープの外に出て、水遊びをしているお調子者二名に松井が張り上げた声で呼び戻す。先ほどまで芳しくなかった彼の顔色が安堵と共に徐々に赤みを帯びていく。


本気で心配していたのだろう。何しろ引率の古谷が名前を言ったとき、いの一番に飛び出していったのだから追いかけるのに苦労したものだ。怪我の様子もなく、笑いながら戻ってきたことに俺も少しほっとする。


「川の水すげえ綺麗でさ、めっちゃ冷たかったぜ!」


「それな!」


「まったく…先生が心配してるからさっさと戻るぞ」


お調子者たちは呑気なもので、キャンプ場に連れ帰っている間はきゃっきゃと声も体も弾んでいた。戻った際に、もう一人の引率で松井のクラス担任である五十嵐周善いがらししゅうぜんの形相を見て流石に事態を把握したらしく、二人が蒼白くなったことは言うまでもないだろう。


これだけ広大な場所で五十嵐の怒号が聞こえてくるあたり、中々にキツいお叱りを受けているように思える。ただ、生徒のことを心配しているというよりは「自分の監督不行き届きが責められたくない」というような内容も聞こえてきた。


「お前らが怪我でもしてみろよ?遭難でもしてみろよ?責任蒙るのはこっちなんだよ!迷惑かかることくらいわかるだろ!」


彼らの自業自得なのは明らかだが、言葉の節々からはなんだか利己的な印象を覚える。流石に見ていられなくなったのか、古谷が仲裁に入っていた。こっちは腹が減っているというのに、なぜ人の説教を聞かなければならないのか。


「とりあえず僕たちもBBQの準備しよっか」


各班に食材とグリル一式が用意されている。もう既に焼き始めているところもあり、辰巳と里奈は食材の下処理をしてくれているので、俺はグリルの準備を担当することにした。グリルはガス式で誰でも扱いやすいものをレンタルにしたため、やることといっても只々火の番をするだけの簡単なお仕事だ。


晴天下、生徒たちの賑やかな雰囲気の波に乗って肉を焼く音が辺りに響く。自分たちのグリルにも次々と食材が並び始める。肉を焼くときは強火の状態で油を薄く塗り、片面を一気に焼き上げる。段々と油の跳ねる音が静かになったらもう片面を焼く。


「よし、いい感じ」


「お兄ってこういう時だけ本気だよね」


なんとでも言え。青空の元で旨い肉を食べるというのは、それだけで幸せな気分になるものだ。程よく水分が抜け、パチパチと鳴りだしたら最高のタイミング。肉自身の油で表面に小さな池を作り、陽の光を浴びて照りついている。


「んー!美味しい!」


しっかりと弾力のある赤身、噛むほどにじゅわっと油が口内で暴れまわる。油の甘さが長い余韻を与え、次へ次へと箸が進む。野菜もじっくりと火を入れ、肉と一緒に頬張ると旨味の相乗効果が脳に襲い掛かる。


小言を漏らしていた里奈も、口一杯に詰め込んで頬を膨らませながら、美味しそうに食べている。しばらく見ていたら俺の視線に気づいたのか、自然と上がった口角を恥ずかしそうに手で覆っている。気付くと、登山で蓄積した疲労はこのBBQで吹っ飛んでいた。


だが、問題が一つ。


「しっかし…量あるな」


「確かに。僕たちだけじゃ食べきれないよね」


各班の人数分ごとに用意されているが、如何せん一人前の量が多い。無理すれば食べられないこともないが、下山することも考えると現実的ではないだろう。どうしようか悩んでいるとこちらに近づいてくる人影がある。


「なあ神田、ちょっと頼みごとがあるんだが」


松井は困り果てた様子で話し出した。どうやら彼らの班は人数分の食材が配られていなかったらしい。詳細を聞くと、水遊びをしていたお調子者ズである坂本と天海という生徒の分を迷惑をかけた罰として、二人分の食材を抜かれた分だけしか用意されなかったようだ。


どうしても食べたければ他の奴らに分けて貰えと言われたのだが、生憎どこも余りそうにないらしい。普段小食の人達も体を動かした後だったためか、ほとんど食材を食べきってしまったと松井は言う。


「俺らさ、自分たちのせいなのはわかってる。でもうちの班五人だし流石に足りなくて…」


「もし良ければ…余っている食材を譲ってほしいんだ」


後ろにいる女子生徒二人にもお願いされる。登山の件で何回頭を下げられたかわからない。個人的には食べきれない分を消費してくれるのであればありがたいし、無駄にならずに済む。


「いいんじゃないの。どうせならこっちで食べたら?わざわざ戻るのも面倒でしょ」


里奈が余った食材をバットに集め、トングと一緒に俺に渡してきた。ははん、焼けってことね。なんとも人使いの荒い妹だこと。


「マジ助かったよー!」


女子生徒の一人が里奈の手を引いてぶんぶんと固い握手を振り回している。里奈も俺と同じように褒められるのは得意じゃないようで、耳の端から赤く染まっていく。兄妹揃って照れ方が同じなのは、ちょっとした嬉しさがある。


今まで人との関りは極力避けていたが、こうして喜んでくれる姿を見るとそれも悪くないなと思う。クラスを超えて、ましてや自分が属しているコミュニティを超えて飯を囲うことになるなんて、昔の俺は想像もしていなかったに違いない。


「うめぇ!肉がうめぇ!」


「俺も焼くの手伝うわ」


「ねーねー、皆で写真撮ろうよ!」


互いに打ち解けあい、笑顔が絶えない。女子生徒はパシャパシャと事あるごとに写真撮影に勤しみ、男子は怒涛の勢いで肉に喰らいつく。そんな姿を見て笑いあい、俺自身も自然と笑顔になっていた。騒がしいだけだと思っていたけど、こんなにも居心地の良いものなのかと改めて思った。


余った食材をあっという間に平らげてしまい、楽しい時間は一瞬で過ぎ去ってしまう。そろそろレンタル一式を返却しなければならない。松井たちもこちらに感謝の言葉を残して自分のスペースに戻っていく。


全班が生ごみやグリルを所定の場所に返却した後、担当者で分担して確認をする必要があり、俺は端材や生ごみを担当することになった。


「ん?」


一つ違和感を覚える。そう、余るはずの食材がどこにも見当たらないのだ。本来なら余った食材は一度レンタル機材と同様、まとめて返却しなければならないはずなのにどこにもない。確か、食材の手配をしてくれたのは五十嵐だったはず。


「なるほどね」


まあ、このことは黙っといてやるか。今日は楽しい思い出と一緒に家へ帰るとしよう。



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