第7話 教師が面倒ごとを背負ってきた(後編)

「いやあ、すまないな!」


後頭部に手を当て、足を組みながら一切の気持ちも籠っていない適当な謝罪をしているのは今回の愉快犯、御園清子だった。


「いやぁほんとうに!神田こうだくん?には頭が上がらないよ!」


神田かんだです」


「そう!かんだくん!」


ここ数日、ずっと液晶とにらめっこしていたせいで眼精疲労が日に日に増していっている。それなのにこの人ときたら出てくる言葉は勢い任せの軽薄なものばかりで、本当に勘弁してほしい。


監督責任者に抜擢された翌日、すぐに学年集会が行われた。今回はなぜこの行事が行われることになったのかの経緯を説明することがメインであった。この提案をした愉快犯曰く、


「一年生はまだコミュニティの形成が曖昧であり、これから一緒に過ごすソウルメイトだ。ならみんなで頑張ることこそが団結力を生む、山をみんなで攻略するぞ!」


という文脈も意味も全く分からない狂乱ぶりだった。副主任や教頭の助言もあったそうだが、初の学年主任と言うこともあって舞い上がり、ほぼ強行したらしい。前例がある以上、仕方なく許可が下りたそうだ。前例あるならお願いだから止めてくれよ。


話を聞いている生徒たちも呆気にとられていた。だれも御園の言っている言葉が理解できないのだ。集会では監督責任者の挨拶も行われた。前段の話があったからか、一部の声が大きい生徒を除いて、同情と憐みの視線をひしひしと感じた。


「御園先生。教職員からの許可印は貰えても生徒から非難の嵐がでては学校行事としていかがなものかと思います。そしてそれを担う神田の気持ちも考えてください」


そう切り出したのは我が神、三宅だ。教員にも臆せずに話す立ち振る舞いは一見、鷹原を思わせるが物腰が柔らかい印象もあいまって御園先生もほんの少し反省の色が出てきたように見える。


「登山ってそんなに不人気なのかー」


「低山で軽い山道を歩くだけならいいんですが、御園先生は山岳部の基準である標高1500m級の険しい岩場がある中低山を選びましたよね?」


「壁があればあるほど超えたときの感動があるというものだ!」


先程の反省の色はどこかへ飛んで行ってしまったようだ。御園は腕を組んで鼻をフフンと鳴らしながら話す。そんな壁はなくとも皆が楽しめるイベントは出来ただろうし、そもそも初年度から期待と不安のバランスを崩すようなことをされるのは正直困る。特に俺の心が穏やかではない。


「限度があります!それに登り切ったとしてもそのうえでキャンプをするわけですよね?」


「体を動かした後は皆でご飯を作って食べる。自然の雄大さに身を任せる。どうだ?完璧なプランだろう!」


「ですから、それが無茶だと言うんです!登山部を基準にされては他の生徒はたまったもんじゃありません!」


話の通じない相手に三宅は食い掛って議論を進める。脳筋はどこまでいっても脳筋なんだなと感じると同時に、なぜ体育の教師でないのか不思議でならない。数学の授業も気合で公式を覚えさせているのではないだろうか。


話し始めて一時間が経過しようとしている。これ以上真面目に取り合っても話は進まないと感じたので、話の腰を無理やり折るように書類を机の上に叩きつけた。


「一旦こちらで調べたキャンプの出来る低山の資料をお渡しします。条件としては標高800m以下で山道が舗装されているところになります」


眼精疲労はこの資料の副産物である。いや、代償と言っていいだろう。不服そうな顔をしながら御園はペラペラと資料に目を通す。三宅は安堵した様子で資料をめくっている。予想はしていたがこうも対照的な反応をするとは。


「とりあえず、この場で話をしていても結論は出ませんし、この資料を学年全体にも展開してもらえるとありがたいです。そうすれば生徒にも選択肢は出来ますから前より批判を受けることはないと思います」


自分で選択をするということはとても有効な手段であるとテレビかネットで見たことがある。誰かが決定を下したものよりも、複数のプランを提示してそこから選ばせるほうが本人たちも納得がいくだろう。


とにもかくにも、これで話を切り上げることには成功したようだ。慣れないことをしたせいか、疲れがどっと押し寄せる。大体、人前に出たり自分から発言をしたりだの、そんなことはリーダーの才覚ある人間にやらせておけばよいだろう。


未だに資料を握っていた手の汗と震えが止まらない。顔だって熱いし、耳の端は赤くなっているのがわかる。その様子に三宅は気づいていたようだ。


「神田、すまないな。でも助かったよ、ありがとう」


「いえ、あの感じだといつまでも終わらなそうでしたので。勝手をしてすみません」


「そんなことないさ」


三宅が背中をポンと押し叩く。役に立てたのなら良かった。人並みに生活を送っていればこんなことで緊張なぞしないのだろうが、小中と消極的で面倒くさいものは徹底して目を背けていた怠け者にとっては例外だ。今日はとても疲れた。


帰路につくとスマホが震えていることに気づく。宛先は、鷹原からだ。どうやら今日のことについて三宅から聞いたとのこと。励ましの分とともにこれからよろしくやっていこうという内容だった。まだ仮なんだけど。


そして、この努力が報われたのか翌日以降はキャンプの話で持ち切りだった。批判が収まればいいと思っていたが、そんな心配はどこ吹く風で皆口々に話している。


「ここのキャンプ場さ、設備がめっちゃいいよな」


「いやいや、やっぱり川辺でのキャンプに限るでしょ。涼しいほうがよくね?」


「私は自然遊歩道があるところがいいなあ」


良かったという安堵と共に、少し気恥しい気もする。自分が頑張ったものがここまで嬉々としてクラスの空気から伝わってくるのが、なんだかくすぐったい。


「やるじゃんお兄」


横には里奈と辰巳が笑顔を浮かべている。いつもなら軽く受け流すのだが、なんだか今日はふわふわする。まっすぐな言葉で褒められるのはやぶさかではないが、やはりまだ恥ずかしい。ただ二人の言葉を跳ねのけるのも違う気がしたので精一杯で返してやった。


「まあね」














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