第16話 冒険者ギルドは未実装です 

「――で?」


ユージは、横を歩くフィゼルを見上げた。


「冒険者ギルドはどこにある?」


「……は?」


その一言で、嫌な予感がした。


「いや、だから……冒険者ギルドだよ。登録とか、クエストとか受ける場所」


フィゼルは数秒、真顔で考え込んだあと、きっぱりと言い切った。


「そのような施設は、存在しません」


「……」


「……」


「はぁぁぁぁ!?」


思わず声が裏返った。


「嘘だろ!? 王都だぞ!? 剣と魔法の世界だぞ!? ギルドくらいあるだろ普通!!」


「何を仰っているのか、私にはさっぱりです」


「テンプレじゃないのかよ!!」


そのやり取りを、後ろからプレイヤーたちが聞いていた。


「え、ギルドないの?」

「登録どうすんの?」

「クエスト掲示板は?」


「おい運営!」

「話が違うぞ!」


――まずい。


ユージの胃が、音を立てて縮んだ。


(そうだ……ここ、現実世界だ)


ゲームじゃない。

便利なシステムなんて、あるわけがない。


「どうしよう……」


城下町の混乱はまだ続いている。

意識を乗っ取られた住民たちも完全には落ち着いていない。


そこに、


「ギルドはどこだ!」

「早く冒険させろ!」

「俺、初期装備もらってないんだけど!」


と、プレイヤーたちが騒ぎ始めた。


(詰んだ)


その時だった。


「……では」


フィゼルが、腕を組んで静かに言った。


「作ればよいのでは?」


「……は?」


「その、ギルドとやらを」


一瞬、ユージの脳が停止した。


「作る……?」


「ええ。場所なら、王都にいくらでも空きはあります」


「いやいやいや!」


ユージは全力で首を振った。


「ギルドって、もっとこう……歴史ある組織とか、利権とか、ランク制度とか!」


「それは貴殿の世界の話でしょう?」


「ぐっ……」


「この世界に存在しないのであれば、新しく作ればよい。それだけの話です」


プレイヤーたちが、ざわつく。


「ギルド作るってよ」

「マジ?」

「運営直営?」


(やめろその言い方)


ユージが抗議しようとした、その時。


「そうですな」


別の低い声が割り込んできた。


振り向くと、そこには――

神官兵士長の威厳をまとった、がっしりした中年男性が立っていた。


「フィゼル殿の言う通りです」


「あなたは……?」


「私は王都神殿付き神官兵士長、バルドと言います」


(また頼りになりそうなおっさん来たな)


「城下町の混乱を抑えるには、彼らを一か所に集め、管理する必要があります」


「管理……」


「ええ。放置すれば、先日の事件の二の舞になりかねない」


ユージは喉を鳴らした。


「つまり……」


「食事を与え、寝床を用意し、役割を与える」


「……」


「これ以上の混乱を防ぐには、それが最善でしょう」


プレイヤーの一人が声を上げた。


「飯、出るんすか!?」


「出る!」


ユージは反射的に答えた。


(言っちゃった)


「宿は!?」

「風呂は!?」


「……なんとかする!」


(言っちゃったぁぁぁ!)


バルドは満足そうに頷いた。


「では決まりですな」


「え?」


「ギルド――いえ、仮称で結構。転移者管理所でも構いません」


「名前ひどくない!?」


「場所は王都南区の空き施設を提供しましょう」


「いや、だから――」


「運営責任者は」


バルドが、ユージの肩に手を置いた。


「ユージ殿、貴殿です」


「はぁ!?」


「安心してください。責任は我々も持ちます」


「絶対持たないやつだそれ!」


フィゼルが、なぜかやる気に満ちた顔で頷く。


「ユージ殿、素晴らしい案です」


「俺、何も案出してない!」


「では、早速準備に取りかかりましょう」


「話進むの早すぎ!」


プレイヤーたちは完全に盛り上がっていた。


「ギルド爆誕!」

「初期村スキップで王都スタートとか神!」

「ベータ版最高!」


(この人たち、適応力おかしい……)


ユージは、空を仰いだ。


(クエストもない)

(システムもない)

(運営も俺一人)


それでも、時間は待ってくれない。


「……まずは」


ユージは覚悟を決め、口を開いた。


「まずは飯を食わせる!」


「おおお!」


(俺、今何の責任者なんだ)


こうして、

存在しないギルドと

存在しないクエストを抱えたまま、


ユージのはったり運営生活は、

さらに深みへと沈んでいくのだった。

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