第6話 天使と悪魔と黒髪の俺

第6話 天使と悪魔と黒髪の俺


プレイヤー。

現実世界ではまず口にしない単語だが、KOGの中では挨拶代わりみたいなものだ。要するに、ゲームを遊ぶ人間のこと。

……まさか、こんな場所でその言葉を聞くことになるとはな。


「ねえ、あんた、そのアバターどうやってゲットしたのさ?」

「これアップデート後の仕様? リアルすぎなんだけど!」


矢継ぎ早に質問を浴びせられる俺だったが、正直言って聞きたいのはこっちだ。

目の前の二人は、見た目こそ中世ヨーロッパの田舎モブ。なのに中身はどう考えても日本の高校生ノリだった。


――そうだ。

さっき、普通に「高校生」とか「雑魚キャラ」とか言ってたよな、こいつら。


「あのさ……確認したいんだけど。君たち、日本人? それと……KOGのプレイヤー?」

「うん、そうだよ」

「アプデしたら、妹と一緒にそのまま飛ばされてきた感じ」


……軽いな!

人生最大級の異変を語るテンションじゃない。


「しかもさ、このアプデ説明ゼロだよ? 不親切すぎ」

「アバターもダサいし……」


いや、問題そこじゃない。


「君たち……ここが現実だって思わないのか?」

「夢だと思ってる?」


二人は一瞬だけ言葉に詰まった。


「……正直、分かんない」

「でも、夢だって思わないと頭おかしくなりそうでさ」

「知らない村で、知らない姿で、悪魔扱いされて……」


その言葉に、俺は何も言えなくなった。

ああ、そうだよな。

受け止められる方がどうかしてる。


「それにさ」

美咲がじっと俺を見て言う。

「なんであんた、日本人のままなの?」


――日本人のまま。

黒髪、黒目、スーツ姿。

確かに俺だけ、完全に浮いている。


「……それが俺にも分からないんだ」


そのときだった。


ざわ……ざわ……。


背後から嫌な気配。

振り返ると、さっきまで腰を抜かしていた村人たちが、異様な熱量でこちらに集まってきていた。


「しまった……!」


完全に油断していた。

囲まれた、と思った瞬間。


「天使様……」

「天使様じゃ……」

「魔獣を討ち払ってくださったお方……!」


――は?


さっきまで

「悪魔だ!」

「殺せ!」

とか言ってた連中だぞ!?


村人たちは雄一と美咲を拝むように囲み、手のひらを返したように持ち上げ始めた。


「この村を救ってくださった天使様の生まれ変わり……」

「ありがたや……ありがたや……」


いや、切り替え早すぎだろ!


何世紀前の価値観だよ!

さっきの殺意はどこ行った!


村人たちは二人を囲んだまま、今度はやけに丁寧な動きで集落の中へ案内し始めた。


「あ、ちょ、待って!」

「まだ話が――」


俺が一歩踏み出した、その瞬間。


――ジャキッ。


農具が一斉に俺へ向けられた。


「なんじゃ貴様は!」

「黒髪黒眼……悪魔の使いに違いない!」

「流れ者は立ち去れ!」


……はぁ!?

扱い、落差ありすぎだろ!


「いや、俺もさっき一緒に――」

「天使様に近づくな!」

「下等な者が口をきくな!」


さっきまで天使だ悪魔だ言ってた口で、今度は完全に俺だけ敵認定。

命の危険すら感じるレベルで農具が突き出されてくる。


そのとき。


「待って!」

雄一が振り返って叫んだ。

「俺は立花雄一!」

「こっちは妹の美咲!」


「……あんたは?」


「志賀裕司だ!」


叫ぶように名乗った。


「いつか、必ずまた会おう!」

「うん! 絶対生きてて!」

「裕司さん、またね!」


二人はそう言い残し、村人たちに半ば神輿担ぎ状態で連れて行かれてしまった。

木柵が閉じられ、完全に姿が見えなくなる。


俺は一人、集落の外に取り残された。


――天使様と悪魔の使い。

たった数分で、この扱いの差。


……いや、でも。


これで一つ、はっきりした。


夢じゃない。

そして俺だけじゃない。

KOGのプレイヤーたちが、この世界に飛ばされている。


しかも、

俺だけが――

この世界で「異物」らしい。


「……はは」


乾いた笑いが漏れた。


どうやら俺は、

**MMORPGの世界に迷い込んだ、唯一の“日本人丸出しサラリーマン”**らしい。


――詰んでないよな?

いや、詰んでる気しかしないんだが。

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