31:愛人ですか!?
あの襲撃以来、王都以外のお茶会に参加するのは控えるように言われたので、わたしがお茶会に行く回数はめっきり減った。
それもそのはず、上から三番目の伯爵位を持つフレーデグンデでさえ王都の屋敷は狭いからと、郊外の広い屋敷に誘ったのだ。
そして貴族は下の方ほど人数が多いピラミッド構造。王都に人を招ける大きな屋敷を持つ貴族の数は少ないからお茶会が減ったのは必然だよね~
わたしがその手紙を見つけたのはほんの偶然だった。
いつも完璧な仕事をする執事さんが事前に手紙をチェックして、危ないまたは不味い相手の手紙などはすべて外してくれている。しかしその日は少し事情があり、本来は省かなければならなかった手紙が混じっていた。
執事さんに手紙を持っていくように言われたマルティナは、受け取った手紙を滑らせて落としてしまった。地面に落とせば叱責物だが、幸い机の上なので次回は気を付ける様にとその時は軽いお叱りで済んだとか。
しかしその机の上にはシリル宛の手紙が置かれていたそうで、滑らせて落とした際にマルティナはそれごと持って来てしまったと言う話。
あれ執事さん関係ないじゃん、これマルティナのせいじゃん!
さて大量の手紙の束を受け取ったわたしはいつものお茶会のお誘いだろうと、ぱっぱと手紙の中身を確認していった。
そこで開いてしまったのはシリル宛の手紙だ。
季節の挨拶などはどれも同じなので読み飛ばし先の方は読み飛ばしだ。
しかしどれだけ読み進めても〝お茶会〟の〝お〟の字が出てこない。
手紙の内容は、『今日も会えないの?』とか、『わたくしよりも婚約者が大事なのか』とか、『どこの馬の骨』とか、どう見ても恋文ではないかと言う文章だ。
流石のわたしも『おや?』っと首を傾げたよ。
最初はシリルの悪戯かな~とも思っていたが、封筒の宛名を見て、ギョッとする。
これシリル宛の手紙じゃん!?
つまり手紙の中の婚約者とはわたしの事だ。
そっか『どこの馬の骨』かぁ~
これには返す言葉はないな~とたははと苦笑が漏れた。
手紙を折り畳み封筒に入れて執務室へ行き、シリルに手紙を差し出しながら、
「この手紙がわたしの中に混じっておりました」
と言えば、シリルはそれを無言で受け取り宛名を確認。
一瞬で顔が怒りに染まり怒声!
「おいトルマン!! なんだこれは!」
こわっ!
そもそも執事さんは隣の席に座ってるんだから怒鳴る必要なんてなくてですね?
「如何なさいましたか?」
「俺の手紙ががクリスタの手紙に混じっていたそうだ!」
こうしてマルティナの失敗が発覚して、マルティナはシリルから直々に叱られたそうな。一ヶ月減俸です~と泣いていたがこればっかりは知りません。
さて手紙の話はまだ続く。
「まさかこれを読んではいないだろうな?」
ここで読んでませんわ~と笑顔で言えれば良かったのだけど、根が真面目と言うか腹芸が苦手なわたしはポロっと、
「わたし宛てだと思っていたため、半分ほど読んでしまいました。
申し訳ございません」
と言ってしまった。
返って来たのは大きなため息ひとつ。
しかしこのため息にイラッと来たのはわたしの方だった。
このやろう~恋文を貰っておきながら言い訳の一つもなくため息だと!?
「ズバリ、シリル様にお伺いします!
その手紙の差出人のマイヤーリング侯爵夫人とのご関係は?」
恋文を送り合う様な夫人と閣下の繋がりと言われて容易に想像するのは愛人だ。しかも相手は夫人と名乗るのだから、不倫でもある。
よもやシリルが~とは思いたくはないが、すごーく昔に母が浮気は男の甲斐性とか言っていたような覚えがある。
まぁその母は父に道を案内していた領民女性を愛人と誤解して、父の顔をひっかき傷だらけにしたと言う過去があるのだけどさ。
「これはクリスタの想像する様な手紙ではない。解ったら忘れろ」
否定される言葉にドクンと心臓が揺れた。
ん?
「しかし中身は恋文と違わぬ内容です。
それを忘れろと? 婚約者のわたしに本気で言っておられるのですか!?」
「だが俺はその婚約者からすっかり相手にされていないのだ。
ならば少しくらいの息抜きは良いだろう」
ええっ開き直った!?
「確かにえーと……
ですが! だからと言って不倫なさるなんて、不道徳にすぎます」
「ならお前が俺の相手をしてくれるとでも言うのか?」
「えっええ? えーと婚約者ですから、まぁ少しくらいでしたら。あれ?」
ん? なんでそうなる……
「よし判ったすっぱりと止める。だから今後はクリスタに頼むことにしよう」
「そうですか、でしたらいいのですが。えーと、ええっ!?
ちょっと待ってください。わたしにいったい何をなさるおつもりですか!?」
勢いでなんかトンデモナイ事を口走った様な気がするわ!!
「婚約者らしく帰宅した際や食事のときは抱擁を、後は朝と晩に頬に口づけでどうだ」
「……へ?」
ええっ~前の冗談の時より条件増えてるじゃ~ん。
どう答えようかと考える。ちなみにシリルはこちらをじっと見つめてきて、わたしの返事を待っている。
気恥ずかしさからその眼を見てられなくてツィと視線を反らした。
二分ほど見つめられただろうか、根負けしたわたしは、
「判りました。それで構いません」
「よし言質は取ったぞ、約束を違えるなよ」
「シリル様こそ、そのご夫人とはきっぱり別れてくださいませ」
清算を終えて清い関係になるまではお預けだと言ったつもりなのだが、ここで初めてシリルの口角が上がった。その仕草は意地悪を言う時のアレだ。
「まず最初に言っておくがこの夫人は俺の愛人ではないよ。そして残念ながら夫人との関係を清算することは出来ない」
言うに事欠いてこの男は~、しれっとそう言うとくつくつと嗤いやがったよ!
「ではわたしとの婚約を破棄なさるのですね」
「なあクリスタ。お前はいま何に対して怒っているのだ」
「決まっています。シリル様の不誠実な行いです!」
「愛人ではないのだぞ、不誠実ではなかろう」
「では別れて頂けるのですね」
「さっきも言ったがそれは無理だな」
「やっぱり愛人なんでしょう?」
「しつこいな違うと言っている。
まあ弄るのはこのくらいで勘弁してやろう。この手紙の差出主のマイヤーリング侯爵夫人とは、俺の母だ」
「はい?」
「生みの母だよ」
「でも家名が、それに爵位も違っていらっしゃいますよ」
「バイルシュミット公爵は祖父の爵位だ。
祖父には男児が一人も生まれなかったそうだが、頑なに婿養子などに爵位は譲れるかと言ったそうだ。そして長女だった母が生んだ男児の俺が祖父の爵位を継いだ」
「つまりお母様が息子を心配して手紙を送って来たと?」
「そう言ったつもりだがどう聞こえた?」
意地悪くニヤニヤと嗤うシリル。
「他の女性との仲を嫉妬されるとは、俺も随分と前進したもんだな」
「その様な訳が……」
しかし〝無い〟とは言い切れずに最後まで言う事は出来ずに言葉尻を濁す。
部屋に戻ってベッドに仰向けに寝転んだ。
天井を見ながらじっと考える。
ここに来て三ヶ月、季節は春から夏になっている。この三ヶ月間ずっとシリルと共に日常を過ごしてきた。
それだけ一緒にいれば、そりゃあそうよね。
もともとシリルは眉目秀麗、サラサラの銀髪に綺麗な青い瞳と見栄えが良い。
そんな見栄えの良い男性から事あるごとに、好きだの愛してるだの言われれば、わたしでなくとも転ぶよね。
さっきの手紙はただの発端。
冷静に分析してみれば、どうやらわたしは少し前くらいからシリルの事が好きになっていたらしい。
それを自覚すると胸の動悸がより激しくなった気がする。
いいえ気のせいじゃないわね。
令嬢は恋愛を許されないと言うのに……
やっぱり運が良かったのかしら?
しかしその恋愛の先に待つのは公爵夫人と言う身分不相応な大きな壁。
まだわたしにはその決断は出来そうにないな。
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