追記·破天荒、やりたいことを見つける

ぼくは田所勝木たどころかつき

ぼくたちの学校が無くなって一年が過ぎた、今でもみんなと出かける時にあの校舎を通り過ぎるけど、重機が動く凄まじい音が鳴り響いているだけで、もう校舎の面影は無かった。

「そういえば、最近草野さんと遊んでないね。」

「うん、団地の公園でも見かけなくなったし…。」

「また、草野さんと遊びたいな〜。なぁ、今週の土曜日に遊びに行かない?」

「いいね、遊びに行こう!」

そして土曜日、ぼくは亜野研太あのけんたくんと笠松武志かさまつたけしくんと一緒に草野さんが住む団地へとやってきた。家が焼きそば屋である笠松くんは、お土産に焼きそばを持ってきた。

草野さんの部屋に着くと、インターホンを押した。

するとドアがひとりでに開いた……、と思ったらガマ座衛門が出迎えてくれた。

『おぉ、これはこれは田所はんたちでありませんか!わざわざ来てくれたんか!』

「はい、最近草野さんと遊んでないなって…。これ、笠松くんからお土産です。」

『おお、ありがとな。おーい、草野はん!田所たちが来てはったで〜』

「えっ!?あいつら来たのか!?悪いけど、勉強中だから帰ってくれって伝えといて。」

『なんやさみしいこというなや〜、せっかく土産に焼きそばもってきてくれはったのに……。』

「おいおい、それ先に言ってくれよ!!すごく腹が減っていたんだよ!悪かったな、さぁさぁ上がってくれ!」

慌てて玄関前に飛び出してきた草野さんは、ぼくたちを家に上げた。ガマ座衛門がお茶とお菓子を田所たちに出している間、草野さんはお土産の焼きそばをすでに口いっぱいに頬張りながらすすっていた。

『ちょっと、田所たちにお礼は言うたんか?』

「おお、悪いな。焼きそばありがとな、すごく美味いぜ!」

「どうもありがとう……、それはそうと草野さんは今まで何をしていたんですか?」

焼きそばを飲み込むと草野は言った。

「おれか?おれは勉強していたんだ。」

………ええーーーっ!!

ぼくたちは一声に驚いた!!あの草野さんが勉強だなんて……!!

「なんだ、大声だして。そんなに意外なことか?」

「だって、今でも競馬に通い続けて財布が空っぽな草野さんが!!?」

「おれたちの反面教師でもある草野さんが!?」

「身近にいるダメな大人ナンバーワンの草野さんが勉強だなんて、明日雪が降るかもしれないぜ!?」

「よっしゃ、明日外で雪合戦できるぜ!」

「お前らひどいぞ……、そんなに言うことないだろ?」

「うわぁ、言い過ぎた!ごめんなさい!」

子どもみたいにすすり泣く草野さん、ぼくたちは慌てて謝った。すると草野さんはニカッと笑った。

「アハハッ、なーんてな!お前らならそう言ってくるだろうと思っていたぜ。全く、笑わせてくれるなぁ!」

「もーっ、からかうのは止めてくださいよ!」

草野さんとぼくたちは互いに笑った。

「それにしてもどうして、草野さんは勉強しているの?」

「それはな、オレにやりたいことがみつかったんだよ!」

「やりたいこと……?」

「それは一体なんなの?」

首を傾げるぼくに、みんなは言った。

「おれはお前らの言う通り、どうしようもないダメな男だ。だけどおれはお前ら子どものことが好きだということに気づいたんだよ!」

「確かにね、この辺の子どもはなぜか草野さんのこと嫌いじゃないしね。」

「うん、下級生たちから草野さんと遊びたいなって話をよく聞くしね。」

「そこでおれが目をつけたのが……、小学校の先生だ!」

ぼくたちはポカンとした、草野さんが先生になるなんて……、ぼくたちはお腹を抱えて大笑いした。

「アヒャヒャ、イーーッヒーッ!!」

「なっ、何笑ってんだよ!!」

「だって、競馬好きですごくだらしない草野さんが、なれるわけないじゃん!!」

「そうそう、もし学校の先生になったらさ、総合の時間に競馬の必勝法とか教えていたりして!!」

「確かに、ありえる気がする。」

「それか、よく当たるパチンコスロットのコツとか……」

「お前らなぁ……、そんなふざけたことおれが教えると思うのか!!」

草野さんが顔を赤くしながらうろたえている、ぼくたちが頷くと草野さんはショックを受けた。

「そこは冗談だよと言ってくれよ…。」

「あははは!だけど、草野さんよく決心したね。」

「まぁな、おれはこれからしばらくお前らのところに遊びに行くことが出来にくくなる。そしておれは競馬を止めて、勉強に励むことにする!」

『ほぉ〜、そら立派なことでんな。でもそうなるなら、近頃開催予定の菊花賞きっかしょうは行けへんな〜』

「菊花賞だって!?おれが応援しているあのハラミノオーが出場しているんだ!」

草野さんがすごく盛り上がっている、ぼくたちはやっぱり……とシラけた表情になってしまった。草野さんはぼくたちの表情に気づいて、慌てだした。

「あぁっ……!これは競馬をまたやるという訳じゃないんだ!おれが今一推ししているハラミノオーという競走馬がいてだな、これがもう二年前から話題になっていて…」

『草野はん、あーたアホか。競馬の解説が言い訳になるわけあらへんやろ…。』

ガマ座衛門がツッコむとぼくたちはまた笑った。草野さんは咳き込むと、気を取り直して喋りだした。

「言い訳してすまなかった、実のところを言うとまだ完全に競馬を止めれたとは言えないんだ…。まだ競馬新聞買って読んでるし…。」

「気にしないでよ、草野さんは草野さんなりにがんばればいいんだし。もし先生になれたら、ぼくたちからお祝いさせてよ!」

「田所……、お前というやつは…!」

「でもさ、草野さん先生になれるかな?」

「うーん、おれは八対二でなれないな。」

「あーっ、お前たち!せっかくいい話しているのに、そんなこと言うなよな!」

草野さんは子どもみたいにいじけてしまった、そんな草野さんをぼくたちはただ笑っていた。











田所たちが帰っていくと、草野は再び勉強に励んだ。

『草野はん、焼きそば食べてすっかり気合い入りましたな!』

「あぁ、あいつらからの激励もいただいたし、絶対に合格してやるぞ!」

『いや、激励っていうよりかは草野のことイジってんねん。ホンマにあんたが先生になること信じてないように見えんねん。』

「どっちでもいい、とにかくがんばるだけだ!」

勉強に熱中する草野を見て、ガマ座衛門は微笑ましい気持ちになった。

午後六時を過ぎたころ、電話が鳴った。

『草野はん、電話やで〜』

「わりぃ、ガマ座衛門出てくれ」

『ワシが!?いやいや、ワシが出たらビックリするやろ!?』

「電話じゃ顔見えないから大丈夫だって!こっちは手が離せないの!」

ガマ座衛門はやれやれとため息をついて、受話器を手に取った。

『はい、こちら草野はんのお宅です。』

「その声はガマ座衛門か?」

『あっ、潤平はんやないか!』

「久しぶりだな、あいつは何してるんだ?」

『あいつは今勉強中で、手が離せんらしいねん。』

「あぁ、そうか。あいつ勉強中だったな、邪魔しちゃ悪いな。それじゃあせいぜいがんばれと伝えておいてくれ」

『わかった、ほなさいなら〜』

通話を切ると、ガマ座衛門は草野のところに来た。

「アニキはなんて言ってた?」

『せいぜいがんばれってさ。』

「かーっ、優しくねぇな……。なんでこんなにキツイこと言われなきゃならねえんだ〜!だれでもええから、優しい言葉をかけてくれ〜」

『そら、そんな甘い話はないということや。ギャンブルしようが勉強しようが、世の中は世知辛いことがあんねん。』

仕方ない……と草野は、心に区切りをつけて勉強に励んだ。










季節は梅雨になり、雨が降り続ける団地の一室で草野は勉強に励んだ。

目標は来年に行われる愛知県の教員採用試験だ、つい最近までグウタラしていた草野だったが、こう見えて大学を卒業している。とはいえ、教員になるための課程を修了できていないので、教員採用試験にて特別教員の試験を狙いにいくことにしたのだ。

『草野はん、ちょっと休憩するか?』

「もう少しがんばる」

『そうか、無理すんなや〜』

この日は午前八時から勉強し、途中で休み休みしながら勉強をしていた。時刻は正午を過ぎたころだった、玄関のインターホンが鳴った。

「なんだ?回覧板の時間でもないのに…?」

『それじゃあ、何か荷物でも届きはったんか?』

草野が玄関を開けると、そこにはあのイモリ屋丞がいた。

『草野、ひさしぶりだな〜』

『おぉ、イモリ屋丞やないか!今日はなして家に来たん?』

『これであんたらともお別れやということで、最後に顔を見せに来たんだ。これお茶菓子な』

そう言ってイモリ屋丞は、お土産に饅頭を持ってきた。

「えっ、お別れってどういうことだ?」

『話を聞こか、とりあえずあがり。草野はんは勉強してな。』

「えっ、オレも気になるから教えてよ!」

『そらあきまへん、イモリ屋丞が帰ったら教えてあげるわ。』

「何だ、草野さん何か事情があるのか?」

『せやねん!こいつやっと競馬から足洗って、目標のために猛勉強してんねん!さぁさぁ、草野はんは早う部屋に行きなはれや』

「冷たいな…、後でオレにもその饅頭食べさせてくれよ。」

『わかったわ、早う行きな』

ガマ座衛門はしっしと草野を手で部屋へ追い払った、そしてイモリ屋丞との談笑を楽しんだ。

一時間後にイモリ屋丞が去り、ガマ座衛門は残していた饅頭を草野の所へ持ってきた。

『残しておいたで、食いなはれ』

草野は饅頭を一口で食べると、ガマ座衛門に質問した。

「イモリ屋丞とどんな話をしていたんだ?」

『あいつ、故郷に帰るねん。』

「えっ、それって幻界へか?」

幻界とはガマ座衛門たち妖怪が集まって暮らしている世界のことで、その世界と人間が暮らす現世をつなぐ通路が、世界中のどこかに存在するという。

『せやねん、さみしなるな……。』

「そういえばあいつ、お別れって言っていたな。なんでそんなことになったんだ?」

『ほら、イモリ屋丞が田所たちが前に通っていた学校の池に住みついていたということは覚えているか?』

「あぁ、確かそうだったな。」

『せやけど廃校になった。まぁイモリ屋丞は学校が取り壊される三ヶ月前にこの話を聞いていたんだけどな、それで廃校になったら、住んでいる池を埋め立てられるかもしれへんって思って、引っ越しの準備を進めていたんや。せやけど近くにいい住処となる場所が見つからなくてな、もう長いこと現世で暮らしているけど、そろそろ限界を感じていたんやって…。』

「それで幻界へ帰ることにしたということか…」

『最近、現世を離れる妖怪たちが増えてるらしいねん…。やっぱり夜が明る過ぎるのと、居心地の良い場所が減っているみたいやな…。』

幻界に暮らす者たちには、現世で余生を謳歌する者もいる。だけど現世は彼らにとって決して住心地がいいとは限らない。

「ガマ座衛門は幻界へ帰りたいとか思ったことはないの?」

『ワシか?ワシは、あんまり感じたことあらへんかな……。草野はんと生活しているのは、なんだかんだ楽しいし。』

「でも、お前だって幻界に父さんと弟がいるだろ?二人だってお前に会いたいんじゃないか?」

『せやろな……、いい機会だし里帰りしてみよか』

ガマ座衛門は懐かしげな口調で言った。

「さて、オレはもうひと頑張りして風呂に入って寝るか…。」

草野はガマ座衛門を気遣うようにその場を去り、勉強を再開した。











それから二ヶ月後、夏になり暑くなった。

毎日三十度を超える気温に、草野の気分はダルくなってしまっていた……。

「あぁーーーっ、暑いっ!!暑くて勉強ガはかどらない、こんな日は思いっきりビールが飲みたい!」

『草野はん、まだ一ページも進んでおらんやないか!今までの勢いは一体どした?』

「だって、暑くてやってられないもん!ビール飲みたい!!」

草野は子どもみたいに駄々をこねた、やれやれとため息をつくガマ座衛門…。

『ビールは酔っぱらうからアカンわ、ほら早う勉強しなはれ!』

「うっせぇな…、お前はおれの先生になったつもりか?」

『そらそうや、こんなに手のかかる生徒は初めてやで。』

いつもの口ゲンカが始まったが、暑さで草野の方がギブアップしてしまった。

『なんや、草野はん。口ゲンカする気力もあらへんというんか?』

「あぁ、そうだ。もうこんな暑いのに起きていることがバカバカしいよ。」

あっ、これはいつものグウタラやな……。

ガマ座衛門はヤレヤレとため息をついた。すると電話がかかってきた。

「あ…?なんだよ、こんな暑いのに…」

愚痴をこぼしながら草野が受話器を取った。

「はい、草野です。」

『おお、将大か?お前、お盆休みはどうするんだ?』

「兄貴か…、そういえばまだ予定を決めていなかったな。」

『お母さん、お前のこと待ってるで。全然、顔見せにこないし……。またグウタラやってんじゃないか気がかりだって言っていたぞ。』

潤平に言われて草野はドキッとした。そして少し慌てて言い返した。

「そ、そんなことないだろ!ちゃんと勉強頑張っているぜ!」

『ふーん、まぁいいさ。それで、お盆休みはいつ取れるんだ?』

「えっと……、二週間後の(火)(水)(木)なら取れるよ。店長にはまだ相談してないけど…」

『わかった、早いうちに決めてまたかけてこいよ。それじゃあな!』

潤平は通話を切った、相変わらず兄貴ヅラの上から目線な言葉……。

「腹立ってきたな……」

草野はそのかすかな怒りを気力に変えて、勉強にとりかかった。

『こりゃ、潤平はんにまた何か言われたな。相変わらず単純な負けず嫌いやないか…!』

ガマ座衛門は引き戸の陰からクスッと笑った……。

そして数時間後、草野は一緒に夜ご飯を食べるガマ座衛門にふと質問した。

「お前、故郷へ帰らないのか?」

『は?なんや草野はん、どしたおもむろに?』

「いや、実は兄貴から電話が来てよ。お盆に帰ってこいっていうんだよ。」

『あの電話、潤平はんだったやんか。まぁ、あんたのオカンもさみしがってるし、勉強の気分転換になるかもしれへん。故郷へ帰りぃ!』

「もちろんそのつもりだよ、おれが聞きたいのはお前のことだよ!」

『ワシのことか?ワシは……、特に帰るつもりはないな。』

「そんなこと言って…。故郷へ帰りぃって言ったのは誰だよ?お前だって、たまにはおれのことなんて忘れて、家でのんびり過ごしたいとおもっているに決まってる。だからお前もゆっくりしていけよ」

『草野はん……』

草野の思いを受け取ったガマ座衛門は、箸を置いて草野に言った。

『わかりました、それならワシも三日の暇をさせてもらいましょ。久しぶりにオトンと弟に顔見せなアカンと思うていたわ。』

「そうだな、それじゃあ互いに里帰りと行こう!」

こうして草野とガマ座衛門は、互いの帰郷を祝して水の入ったコップで乾杯をした。












そして里帰りの日になり、草野は名鉄線に乗って名古屋駅へやってきた。前日、潤平に行く日にちを伝えると偶然にも潤平が帰郷する日と重なってしまった。なので名古屋駅で待ち合わせをすることになったのだ。

「えっと、確かナナちゃんの前だったな…」

「遅いぞ、将大!」

巨大なナナちゃんの前に来ると、潤平と妻·可奈緒かなおさんがすでに待っていた。息子·錦平きんぺいくんが可奈緒さんに抱かれている。

「あれ?約束の時間に遅れてた?」

「ちがう、おれたちが早く来すぎただけだ。でも、もう社会人ならそれくらいできるようにならないとな。」

「なんだよ、うるせぇな〜…」

「おい、言葉遣いに気をつけろ!錦平が覚えてしまったらどうするんだよ?」

静かに怒りながら将大をたしなめた潤平、それから名古屋駅で東山線·鶴舞線と地下鉄を乗り換えて、豊田市へ到着した。

そこからバスと徒歩で十五分、そこに草野の実家があった。

潤平がドアを開けると母·真地江まちえが顔を出した。

「お帰りなさい。あら、錦平くん!よく来たわね、さぁ抱かせておくれ!」

母は錦平を優しく抱きしめ、孫に会えて嬉しいおばあちゃんになった。草野は声をかけるが母は気づいていない…。

「なぁ、母さん!一応、おれもいるんだが…」

「わかってるわよ、将大。とっとと上がりな」

「おいおい、扱いが雑じゃないか…?」

「何を言ってるの、もう大人なんだからこれくらいでいいのよ。今は錦平を可愛がりたいから、どっかへ行きな。」

草野はため息をつきながら、テレビのあるリビングへ向かった。

「やれやれ、これじゃあ帰郷しない方がよかったんじゃないか?」

仕方なく草野はごろ寝してテレビを見た。しかし十分も経たないうちに母から命令された。

「将大、寿司を予約しておいたから取りに行きなさい。場所は鮮座屋よ」

鮮座屋は地元にある数十年やっているお寿司屋で、将大と潤平は子供のころから母に連れられて行ったことがある。

「えー、せっかくゴロゴロしてたのに……。兄貴にやらせればいいだろ?」

「何言ってるの!ヒマだからこうして仕事を与えているじゃないか、とっとと行ってきな!」

おふくろ、それはやらせてるって言うんだぞ……。

草野は心のなかでつぶやきながら起き上がると、母から一万円札をもらって鮮座屋へむかった。

「しかし、ここも見ない間に変わったな…」

久しぶりに地元を歩く草野は、なんだか感慨深くなった。少し歩くと「ベートーベン」という看板が見えてきた。

「あっ、ここは確か…!」

それは草野が中学から高校にかけて通ったことのあるカラオケだった。よくつるんでいた他校のダチともここで歌っていたことを思い出した、しかし今は中から音が聞こえることはなくすっかりさびれている。

「潰れたんだ……」

草野はそう思いながら、再び鮮座屋へ向かって歩き出した。

信号を渡って交通量の多い道路の右側にある、瓦屋根の年季が入った店が鮮座屋だ。店の中に入ると大将が元気な声をかけた。

「よぉ、草野の家の将大じゃないか!懐かしいな…、すっかり大きくなってよぉ…。」

最後に鮮座屋に来たときは、二十代になったばかりなので約二十年ぶりの来店である。

「お久しぶりです、大将。注文の品を取りに来ました。」

「あいよ!『海原尽くし』二つ!」

『海原尽くし』は鮮座屋の出前の中で一番高いメニューで、草野家では特別な日じゃないと滅多に食べられない。

マグロの中トロ·サーモン·イカ·アナゴ·鉄火巻などの寿司が寿派手な見た目の鮨桶すしおけに詰めこまれている、それら二つを草野は受け取って一万円を支払い、お釣りを受け取った。その直後に大将がふと質問した。

「今日は何か特別な日なのかい?」

「ええ、兄貴が嫁と息子を連れて帰ってきたんです。」

「へぇ、潤平ちゃんがね。立派になったね〜、こりゃ負けられねぇな!将大!」

ガハハハと笑う大将、草野は自分の本音を突かれて少し落ち込んだ…。

鮮座屋を出て自宅へ向かう道中、草野はふと考えた。

「おれ、このままでいいのかな……?」

先生になる決意をしたものの、やはり兄貴にはまだ敵わないことの方が多い。これまで感じたことのない劣等感を草野は感じていた…。この落ち込んだ気分を変えるには、酒に頼る他ない。幸いお釣りは千円以上ある、缶ビール一つだけなら……。

「はぁ、何考えてんだろ…。」

今さら悪巧みなんてガキっぽいな……、草野は真っ直ぐ実家へ帰ってきた。

「ただいま、お寿司持ってきたぞ。」

「おかえり、それじゃあ食べようかね。」

母が人数分の皿と箸を用意した、それぞれ皿に醤油をつけて好きな寿司を食べていく。錦平はぐっすり眠っており、可奈緒さんはごちそうの一時を楽しんでいる。

「この寿司、とても美味しいです!」

「そうでしょ、さぁさぁお食べ!」

母はそう言って自分の皿からサーモンと中トロを可奈緒さんの皿に移した。

「そんな、申し訳ないのに…」

「何を言っているのよ!母親はこれからが、がんばりどころなんだから食べて元気ださなくちゃ!潤平も仕事だからって、可奈緒さんの手伝いをサボるんじゃないわよ!」

「わかったよ母さん、それで明日のことだけど錦平のこと見てもらってもいい?」

「あぁ、任せておきな。」

「あれ?兄貴たち、どこかへ行くのか?」

「買い物だ、錦平のために衣服をな。それとせっかくの休日だ、可奈緒と二人で楽しんでくるよ。」

「そういえば将大、あんた勉強を始めたそうだね。何か資格を得るつもりかい?」

母が話の話題を変えてきた。

「あぁ、学校の先生になろうと思ってな。今、猛勉強しているんだ。」

「そうそう、前に久しぶりに会ったら『やりたいことを見つけた!』って笑顔で言ってさ、それが学校の先生だっていうんだよ。その時、冗談だろって笑っちゃったよ!」

「確かにあの子に先生が勤まるなんて半信半疑だね、子どもに好かれるかどうかは別として、ちゃんとした先生になれるかどうか……」

「おいおい、おふくろまでそんなこと言うのかよ?」

「当たり前でしょ!あんたのだらしのなさを、誰が一番見てきたと思ってんの?まったく、あんたは子どもの頃からそう!宿題はやらない、悪友とイタズラばかりして、何回先生に怒られたと思ってんの!おまけに中学になってから、夜までカラオケしてて、警察の世話になったこともあるじゃないの!」

「そうそう、確か店の名前がカラオケのクセに偉そうな名前だったな……?なんだっけ?」

潤平が話に割って入ってきた。

「ベートーベンだよ、潰れていたけど。」

「そうそう、ベートーベン!てかあそこ潰れたんだ、おれも友だちに誘われて行ったことあるけどいいところだったなぁ…」

「まぁ、ともかく!今までだらしないあんたが、先生になるんだろ?死にものぐるいでがんばらなくちゃね、もし受かったら一万円あげるわよ。」

「えっ、本当かおふくろ!?」

「ただし、諦めたらあんたが十万円をあたしに払うこと。」

「はぁ!?それはねぇぜ…」

「何を言ってんのよ!これくらい言わないと、あんた本気にならないでしょ!」

イタいところを突かれた草野は、何も言えずに下を向いた。

「でも、あんたが決めたことならあたしは応援するよ…。」

「本当か!?必要なものならなんでもあげるよな?」

「金以外ならね、あんたが金遣いが荒いというのも知っているんだからね。」

おふくろは流石全てを見通していた……。

「くそーっ、こうなったら何がなんでも合格してやる〜!!」

草野は大声で拳を突き上げて叫ぶと、錦平ちゃんが起きて大泣きしてしまった。

「ちょっと将大!錦平ちゃんが起きちゃったじゃないの!!」

「ああっ、ごめんなさい…。」

可奈緒さんが錦平ちゃんをあやして寝かせたのち、再び家族の宴会が始まった。










一方、こちらは幻界·とある薄暗い森の一角。

ここにガマ座衛門の故郷がある、彼は明かりの灯る道を進んでいった。

「いやぁ、帰ってくるの何年ぶりかな…?」

父と弟は元気にしているのかな…、友だちは元気かな…?

そんなことを考えながら歩いていると、向こうから懐かし顔がやってきた。トノサマガエルの化けガエルだ。

「お前、ガマ座衛門か?」

「おお、トノまだらはんやないか!」

トノ斑はガマ座衛門の古い親友で、二年前に一度現世にトノ斑が、ガマ座衛門に会いに来て以来の出会いである。

「元気にしてたか、ガマ座衛門!」

「あぁ、元気やで!これ、現世のお土産や!」

そう言ってガマ座衛門はトノ斑に饅頭を渡した。

「ありがとな、それにしても急に里帰りなんて一体どうしたんだ?」

「いやぁ、ワシと一緒に住んではる草野はんがな、お前も里帰りしたらどうやなんて言うはるから、ワシも久しぶりに家に帰ることになってん。」

「そうか、親父と弟がお前に会いたがってた。早く顔を見せに行ったら?」

「そうするわ、ほなさいなら〜」

トノ斑と別れたガマ座衛門は、里の中へ入った。

「おぉ、ガマ座衛門だ!」

「久しぶり!急に帰ってきて、ビックリしたわ!」

ガマ座衛門の故郷は田舎の村、なので村の住人はガマ座衛門のことを子どものころから知っている人が多い。

「これはおとなりのおばはん、元気にしてるか?」

「そらそうよ。あっ、今あんたの弟が家にいたから呼んでくるわ!」

「ちょっ…、そないなことしなくてええねん!なんか恥ずかしくなるわ…」

そう言ってガマ座衛門が顔を赤くしている間に、となりのおばさんはガマ座衛門の実家へ走っていってしまった。

「ガマ弥介やすけさん!お兄さんが帰ってきたよ〜!」

「えっ!兄者が!!」

そう言ってガマ弥介はガマ座衛門の前に飛び出した、そしてガマ弥介はガマ座衛門を心配するように叫んだ!

「ちょっと!なんで急に帰ってきたんだよ!ずっと現世に行ったきりで、手紙の一通も出してくれないクセに…!心配してたんだからね!」

「そら、すまんかったわ……。つい、向こうでの生活が居心地良くてな……。そうや、オトンは元気にしてるか?」

「今、仕事中だから夕方には帰ってくるのはずだよ。それまで、家で待ってて。」

ガマ座衛門はガマ弥介に連れられて、実家へ入った。ガマ座衛門の実家は、代々続くガマ油の製造·問屋をしている。

久しぶりの実家にガマ座衛門はホッとして、床に大の字になって寝ころんだ。

「兄者、どうしたの!?」

「いやぁ〜、久しぶりの我が家は落ち着くなぁ…。」

「あ〜、ビックリした…。急に帰ってきたから、おやつがゲコ最中モナカしかないけど食う?」

「おぉ、いただくで!!」

ゲコ最中はガマ座衛門の大好物である、ガマ弥介がゲコ最中を二つ持ってきて、一つをガマ座衛門に渡した。

「そういえば、ガマ油の方は上手くいっているんかいな、若旦那はん。」

「若旦那はよしてくれ…。まぁ、ぼちぼちかな。新商品の開発に向けて今はがんばっているところだよ。」

「そうなんや、また新商品でたら買わせてもらうわ。」

「それはそうと、向こうでの生活はどう?草野さんという人は、最近どう?」

「向こうでの生活は楽しいよ、で草野はんは相変わらずのぐうたらですわ、だけどな最近マトモになりかけてるところやねん。」

「それ、どういうこと?」

「今、あいつ学校の先生になるために勉強してん。バカみたいに通い詰めてた競馬をやめて、今となっては猛勉強中やねん。」

「ほぇー、それはすごいな……。」

「せやけど、いつまでマトモにいられるかやな…。ふとした瞬間に元のぐうたらに戻るかもしれへんし、まだまだ油断はできないわ。」

「まぁ、草野さんならきっとなれるよ。だって、あの人やる気になったら勢い良くなるし。あー、ぼくも草野さんに会いたくなってきたな〜。」

「お前さんの休みがついたら、いつでも来なはれ。」

「そういえば兄者は今日どうして帰ってきたんだ?」

「それや、それ!実はな、草野はんも今実家に帰っているところやねん。それでな、『おれが実家帰るから、せっかくやからお前も実家へ帰れ。』って言いはってな。ワシも丁度ええ機会や思って、帰ることにしたんや。」

「じゃあ、草野さんも今はのんびり過ごしているかもね。」

「全く…、元のぐうたらになって実家から帰ってこなくなったらどないしよ…。まぁ、そん時は草野のオカンにつまみ出してもらえばええか。」

「あはは、大変だね草野さん…。そういえば、父さんが言っていたよ。兄者はどこで何をしているのか、早いとこ帰ってきてお見合いさせなきゃなって言っていたよ。」

「ええっ!?お見合いって、まだ気が早すぎるわ…。もう少し待ってもらえるように、あんたからオトンに言ってくれへんか?」

「えぇ〜、それは兄者が言うべきことじゃないの?」

「頼むガマ弥介!この通りや!!」

土下座をしてお願いするガマ座衛門に、ガマ弥介は「どうしようかな~」と愉快そうにほくそ笑んだ。











ガマ座衛門が帰ってきてから数時間後、ガマ座衛門の父·ガマ五右衛門が帰ってきた。

「おーい、帰ったぞ!」

「あ、父さんお帰り!」

「よぉ、お帰りオトン!」

ガマ五右衛門はガマ座衛門を見て一瞬ぼう然としたが、次の瞬間ガマ座衛門に飛びついた。ガマ座衛門は仰向けのまま、床に頭をぶつけてしまった。

「イテテ、何すんねんオトン!」

「べらぼう!お前、急に現世に行きたいとかでいきなり後を継がないで飛び出して!それでしれっとただいまだと〜?いつまで帰りを待っていたと思ってんだ!?」

「なかなか戻ってこれなくて、すまんかった…。現世での生活が楽しくて、ついつい帰ってくるのが先延ばしになったんや。」

「全く…、それはそうとお前オカンに顔見せたたんだろうな?」

「あ、アカンわ。すっかり忘れてた…」

「ドアホッ!!今すぐ行かんかっ!!」

ガマ五右衛門に蹴飛ばされたガマ座衛門は、仏壇部屋に行って母と対面した。

ガマ座衛門の母·ガマ美国みくには、ガマ座衛門が子どものころに病気で亡くなり、それからはガマ五右衛門が仕事をしながら、子どもを育ててきた。

「オカン…、長いこと顔見せんで悪かったな。これ現世のお土産や。」

ガマ座衛門が仏壇に置いたのは、ガマ美国の大好物の金平糖コンペイトウだ。母を思い浮かべながら手を合わせたガマ座衛門は、しばらく仏壇部屋から出てこなかった。

それから少し経って、ガマ座衛門は夜ご飯を食べた。一家で夜ご飯を食べるのは、何年ぶりだろうか…。

「はぁ~、この味懐かしいわ…。母ならぬオトンの味やな〜。」

「そうだろ?オレも少しは料理が得意になったんじゃないか?」

「うーん、ぼくはまだ母さんの方が美味しいかな?父さんの料理ってさ、味が濃いんだよね…。」

「こりゃっ!ガマ弥介!!せっかく作ったのに、お前はなんてことを言うんだ!少しはおれの苦労を解ったらどうだ!?」

「そんなこと言われなくても解ってる、ていうかそれは母さんが父さんに言いたかったセリフだよ。」

「な…、どういうことだ?」

「オトン、あんた覚えてないの?オカンに何も言わずに夜ご飯すっぽかしてみんなと酒のんだり、昨日と同じみそ汁が出ると『今日はみそ汁いらん!』って突っぱねたり…。」

「ホンマ、母ちゃんが作った料理への文句なら、これでもかというほど口から出るからな。少しは反省したんか?」

「……そらぁ反省したよ、おれも料理を作りながらアイツの苦労を思ったりしたよ。」

「ふーん、でもやっぱりぼくはあっさりめの味付けがいいんだよね〜」

「まぁまぁ、オトンがヘタなりに作ってくれたんだ。そこは褒めてあげなくちゃダメやないか?」

「そうだね。父さん、料理を作ってくれてありがとう。」

ガマ五右衛門は無言のまま、顔をほんのり赤らめた。

「それはそうとガマ座衛門、お前は結婚する気はあるのか?」

「えっ!?なんや急やな……」

「急でもないぞ!お前もそろそろいい年頃だしよ、いい加減自分のことを考えろ。何時までも現世暮らししてないで、こっちで結婚生活した方がいいに決まってるだろ?」

「いやいや、ワシはまだまだ現世で暮らしたいねん。」

「なぁ、ガマ座衛門?最近、現世の評判が悪いみたいだぜ?住処が次々と人間の住む家に建て替えられているし、夜がとても明るくなったし、しかもオマケに入り込める家も少なくなったそうじゃないか?」

ガマ座衛門のような妖怪が入り込める家とは、古い家やアパートのこと。最近建てられているオートロックがついた高層マンションには侵入することができず、入れるのは人間とより深く関わっているごくごく一部の妖怪だけだ。

「まぁ、確かにな。現世の生き辛さはよう解っているわ。物価は高いし、草野はんと潤平はんと子どもたち以外に友だちいないし、一番キツイのは草野はんの世話をすることかな?」

「世話するって、具体的になにするの?」

「まずは部屋の片づけ、放おっておくとすぐに家中が物で溢れてしまう。それから風呂洗いや皿洗いなど水回りのことくらいかな?」

「兄者、家事していたんだ。なんか意外だね、てっきり楽ちんなのんびり生活していると思っていたよ。」

「まぁ、共同生活しているわけやからな、そこはちゃんと分担しているで。」

「でもなガマ座衛門、もしお前が結婚したら、家の事は妻に全て任せることができるんだぞ?それがいいと思わないか?」

「オトン!それはアカンでぇ!!」

突然、ガマ座衛門がちゃぶ台を拳でいきなり叩いた。

「な、何だお前!いきなりちゃぶ台たたいて、みそ汁がこぼれるところだったじゃねぇか!!」

「ええかオトン?そんな考えは現世じゃ通用しないんじゃ!今は夫婦ともに助け合って生きるのが常識なんじゃ!家の事は全て妻に任すだ?そんなんじゃ、夫婦はやってけれんぞ!!」

「何言ってんだコラッ!ここは幻界だ、現世の常識は通用しないぞ!!」

「兄者、父さん!ケンカは止めろ!」

ガマ弥介が二人をビンタした。

「弟…!」

「せっかく兄者が帰ってきたのに…、父さんのせいだからね。結婚なんて急な話を持ち出すから」

「……そうだな、おれが悪かった。」

ガマ五右衛門はガマ座衛門とガマ弥介に謝ると、塩らしい態度で食事を続けた。

「ごめんね、兄者。帰ってきて早々に、嫌な思いさせて…。」

「いやいや、こっちも荒げた声出して悪かったわ。それにしてもワシとオトンにビンタするなんて、度胸ついたな…。」

「あぁ、おれの後を継いでから弥介は変わったぞ。今では若頭にまで出世した」

「へぇ、それはすげぇな…。」

自分の知らない間に成長した弟の成長に関心するガマ座衛門であった……。







一方、こちらは現世の草野の実家である。今実家にいるのは草野将大と母の真地江である。

潤平と可奈緒は二人だけの休みを楽しんでいる、その間錦平の面倒は真地江が見ていた。

「はーい、よしよし。オムツ変えますよ〜」

真地江は滅多に出さない優しい声で錦平をあやしながらオムツを変えている、草野はその近くでゴロゴロしているだけ。

真地江は子どもを抱っこしながら草野に言った。

「ちょっと、将大!洗濯物を畳な!」

「えー、おれがやるのかよ…」

草野はそう言いつつも、洗濯機から洗濯物を取り出した。ここで文句を言っても母に言い負かされるのが目に見えていたからだ。

それから草野は洗濯物を畳む、食器を洗う、掃除機をかけるなどの家事をする間、真地江は片時も錦平から目を離さずにそばにいた。

「おふくろ、すっかり孫好きになったな……」

草野はすっかり老けた真地江の背中を、ただ温かい目で見つめていた。

そして午後1時、錦平がぐっすり眠って草野と真地江は昼食の時間を迎えた。

「そろそろお昼にしましょうか、チャーハンでいいかい?」

「いいよ、というか久しぶりに母ちゃんのチャーハン食うよな…。」

「なんだい?あたしのチャーハン、そんなに楽しみなのかい?」

「あぁ、おふくろのチャーハンは飽きるほど食ってきたからな。」

思い返してみれば、真地江は自分が子どものころからよくチャーハンを作っていた。運動会·遠足·給食がお休みの日は必ずチャーハンの入った弁当を持たせていた。それでチャーハンにいい加減飽きて、おふくろに「白ご飯が食べたい!」と文句を言ったことがあった。

フライパンの上で細かい具とご飯が炒められ、香ばしい匂いがしてくる。そして皿にチャーハンが盛られた。丸い山型に盛られた中華料理屋スタイル。

「いただきます〜」

口に入れると、とても美味しい…。玉子とニラとハムという三種類だけの具材だが、ご飯はパラパラしていてちゃんと味が染みている。そして脳裏に浮かぶのは子どものころの日々の断片…。

「久しぶりに食べたけど、おふくろのチャーハンは変わらずに美味いな!」

「そうかい、あたしはまぁまぁだと思うがね…。」

「おふくろ、一人でさみしくなかったか?」

「あ?いきなり何を言い出すんだ、さみしいわけないだろ?」

「そうだったな…、おふくろは好きな昼ドラと隣人のおばさんがいるからな。」

安堂あんどうさんかい、あの人ならもういないよ…。」

「えっ、いないってどういうこと?」

「三年から四年前だったか……、脳卒中で亡くなったのよ、それであの家はもう空き家よ。」

「そうだったんだ…、いいおばさんだったのにね。」

「そうね、時折野菜やお菓子をくれたことあったわね。」

「なんか、おれが一人暮らしをしている間にずいぶん様変わりしたよな。」

学生のころに通っていた店が潰れていたり、いつもよく顔を見ていた隣人が亡くなっていたり、この世の中はあまり目の見えないところで変わったりしているものなのだ。

「そうね、それにくらべるとあんたは大人になっても変わらないわね。」

「はぁ?身長が伸びたし、子どものころとは明らかに変わったよ。」

「身長じゃなくて、中身のことよ。いっつも気ままで面倒くさがりで、だけど情には厚いところは唯一の取り柄だね…。」

真地江は優しい眼差しで草野を見つめる、草野は急に照れくさくなった。

「なんだよ急に……」

「なんでもないわよ。よし、食べ終えたらあんたが食器を洗いなさい。あたしは錦平ちゃんを見ているから」

「え〜、おれも家で休ませてよ……。」

「それはダメ、言うこと聞けないならいつでも出ていってもかまわないわ。」

「トホホ……」

草野は落ちこみながらもチャーハンを完食し、それから台所で洗い物をした。それから数分経って午後五時に、潤平と可奈緒さんが帰宅。そして草野は「飲んでくるから夕飯はいらない」と言い残して、夕日の町へと歩き出した。

「あぁ〜っっ!やっと自由時間になったぜ……」

開放感で体を伸ばす草野は、とりあえず飲み屋を探し回った。すると目の前に自分に向かって手を振る、懐かしい顔が現れた。

「おーい、草野〜!」

「おぉ、那谷じゃないか!」

彼の名は那谷一斗なたにいっと、草野とは小学生からの親友で、互いに笑いとケンカをして過ごした仲である。

「ずいぶん見ないうちにヒゲが生えたな、お前もおっさんだな。」

「そっちこそ、顔にシワが出てきているぞ〜?」

「なんだと……、ってもうガキじゃないしな。これから飲みに行くとこだけど一緒にどう?」

「オレも飲もうと思っていたとこなんだ、一緒に行こうぜ。」

草野と那谷は二人で歩き出した、そしてみつけたのは学生時代の通学路で見つけた小さくて古びた居酒屋。

「そういえば、この店って入ったことないよね。」

「あぁ、行ってみるか」

店内に入ると、カウンター席が七つと四人のテーブル席が四つある。「いらっしゃいませ。」と店主の女性らしき声が聞こえてきた。

二人はカウンター席に座り、ビールを二つを注文。

そして二人の前にビール二つとサービスのおつまみとしてスルメイカが来た。

「カンパーイ!」

仲良くジョッキを合わせると二人はグイッとビールを飲んだ。

「プハーッ、やっぱり労働した後のビールは美味いぜ!」

「労働…?お前、今日は休みを取ってここへ戻ってきたんじゃないのか?」

「あぁ、そのつもりだったんだけどさ、兄貴とその妻と子どもと一緒に帰ってきてさ、それで兄貴が妻と買い物にでかけるというから、その間家事を手伝えって言われて働かされたんだよ…。」

「アハハ、それはお疲れ様。そりゃそうだよな、小さな孫の面倒を見ることが母親にとって嬉しいことなんだよな。」

「そういえば、お前ってまだ結婚はしていないのか?」

「うーん、おれは結婚したくないかな……。なんか、すっかり独りでいることが好きになっちゃったみたいなんだよね。」

「そうか?オレには解んねぇな、独りでいるよりみんなでいるほうが楽しいのに……。」

「独りはいいぜ、何かに気負うこともなく不自由もなく生活できるからね。おれは当分結婚なんて考えられないや……。」

「ふーん、世の中変わったな…。オレらが子どもの頃は、誰々と付き合って結婚してぇなんて言っていたのに……。」

「草野、それは漫画や小説の世界なんだよ。」

那谷はすました顔で言った。それから二人はビールを飲み続け、話は昔の思い出に華やいでいく。

「それでさ、中二ぐらいの時に体育大会のリレーの時、オレが二人分走った時のこと覚えているか?」

「あぁ、覚えているぜ。クラスで一番足の早い奴が、よりによってこの日に風邪ひいてしまってよ。草野がそいつのぶんも走ることになったんだよな。」

「そうそう、それでもがんばって二位になったんだよな。本当に昔からすごかったよ、お前は。」

「そうか〜?今はこうして呑んだくれてる兄ちゃんだけどな、アハハハ!!」

豪快に笑い合い、ただ時間だけが過ぎていった…。











こちらは幻界のガマ座衛門、久しぶりの実家に帰ってきたのに何をしたらいいのかわからないガマ座衛門は、草野のように部屋でゴロゴロしていた。

「ちょっと兄者、部屋でゴロゴロしないでよ。せっかくの休みなのにさ…。」

「せやかて、何したらええのかわからんねん…。」

「それじゃあ、せっかくだし大川横丁へ行こうよ!」

大川横丁とは大川沿いにある商店街と港町を合体させたような観光地で、近隣の村からは都会とも言われているほど栄えている。

「おぉ、そらええな。でも仕事はええんか?」

「今日はお休みなんだ、それに兄者に会わせたい人がいるし。」

「会わせたい人……?」

「それじゃあ、行こう!」

弥介の言う会わせたい人とは……?

疑問が頭から離れないガマ座衛門を引き連れて、ガマ弥介は村を走るバスに乗車した。

そしてバスは村を出て九十分走り続け、大川横丁入口に到着した。

「うわぁ、久しぶりに見たわ……!ワシが小さかった頃とだいぶ様変わりしたな…。」

「うん、ここ数年でだいぶ栄えたよね。現世の文化も入ってきて、それがとても流行っているんだよ。」

「えっ、現世の文化が……?」

「そう、だから兄者みたいに現世に行かなくても、文化に触れることはできるんだ。」

「ほへぇー、ホンマに変わったな…。」

それからガマ座衛門とガマ弥介は、大川横丁を歩き出した。大川横丁は対岸に店が建ち並び、橋を渡って行く妖怪たちや、川を進む船で賑わっていた。

「せっかくだから、この店で何か買おう。待ち合わせまで時間あるし。」

ガマ座衛門とガマ弥介は、雑貨屋へ入店した。

「あれ?現世ものって売り場がある…。」

「現世から取り寄せたものが並んでいるんだ。」

売り場の商品を見ると、食器やトランプやお菓子などが棚に並んでいる。

「これ、百円ショップでみたことあるな……。っていうか、現世で売っているのよりすごく高い!」

「当たり前だよ、現世から取り寄せているからね。高くても人気あるから売れるんだ」

「でも、どないして仕入れているん?」

「現世に行って直接購入している業者もあれば、盗んだ物を売る業者もある。白から黒までルートは色々さ。」

「でも、草野はんに買うならやっぱりここの物がええな。」

ガマ座衛門はタオルと歯磨き粉を選んで、購入した。

「ここの歯磨き粉、めっちゃ辛い味がすんねん。草野はんに試してもらお。」

「お土産買えた?そろそろ行こうか。」

ガマ座衛門とガマ弥介は雑貨屋を出て歩き出した。

「そろそろ休憩の時間だし、今ごろ待ち合わせの場所にいるかも……」

「休憩の時間ってどういうことや?」

「その人、仕事中で休憩時間にならないと会えないんだ。」

「ふーん、でも仕事中なのに悪いんやないのか?」

「いいんだ、昨日電話で兄者のこと話したら現世のこと色々聞きたいって言っていたから、むしろ向こうがありがとうと言いたいんだってさ。」

「なるほどな、とないな人なんやろ……?」

そして待ち合わせの場所へやってくると、ツインテールの女の子が手を振って呼びかけてきた。

「おーい、ガマ弥介くーん!」

「あっ、枝垂さーん!!」

「えっ!?ごっつ可愛いやないか……!ていうかもしかして……!?」

「うん、ぼくの彼女だよ。」

ウソやろーーーっ!!

ガマ座衛門は驚きのあまり無音の叫びを出した。

「いやいや、まさか弟に彼女なんて……。」

「はじめまして、雪女族の枝垂しだれです。あなたが現世に行ったお兄さん?」

「あぁ、ワテガマ座衛門いいます。弟が世話になったようで…。」

「立ち話もなんだし、どこかでお茶でもしよう。」

「賛成!あたしお腹すいたから、ついでにランチ食べたいな〜」

そういうことでガマ座衛門とガマ弥介と枝垂は、大川ぞいにある小洒落た喫茶店へ入っていった。

注文を終えると、枝垂はガマ座衛門へ単刀直入に質問した。

「現世は一体、どんなところなんですか?」

「ええっ、そんな急に尋ねられても…。うーん、例えるならここよりは、せわしなく急いで生きているところやな。」

「せわしなくですか……?」

「そうや、人も風も流行も次々と変わっていくところや。ワシなんて初めて来たときには、現世の流行に合わせようとしたけど、あんましコロコロ変わるからもうついていけへんねん。」

「えーっ、それじゃあたしのこの格好も現世じゃ時代遅れということなの?」

「せや、もう十年以上前の格好に見られるで。」

「現世の観光地って何?」

「せやな……、ワシは愛知県というとこに住んでるけどな。そこの観光地なら、まずは名古屋城やな。大きなシャチホコが金ピカに輝く立派な城やで〜」

「そんなところがあるんだ…。」

「でもな、現世はそんなものばかりやないねん。ワシも見たことのない観光地がまだまだある、いつか行ってみたいなって思うわ。」

「へぇ〜、現世って奥が深いのね……。それで、現世の食べ物では何が好き?」

「ワシが好きなのは……、焼きそばやな。」

「ふーん、それならここでも食べられるよ。」

「そうなんや、だけどなワシが知っているところの焼きそばは格別やで。ソースが麺とよく絡んでてな、もうハシが止まらなくなるほどに美味しいんやで〜。」

それからガマ座衛門は、枝垂に現世のあれこれを教えた。草野のことを話すと、枝垂は笑っていた。

「草野さんって面白い!今度会わせてよ!」

「ええで。それより、枝垂はんはどうして弟と出会ったん?」

「あたしと弥介さんは、あたしが働いている職場で会ったの。」

「へぇ、ガマ工房で働いてたん。」

ガマ工房とはガマの油を専門に作る工房で、ガマ弥介がガマ五右衛門の後を継いで運営している。

「ちがうよ、あたしの職場に弥介さんが来たのよ。」

「は?どういうことや?」

「枝垂さんは料亭のダンサーをしてて、ぼくがお得意さんと来てたときに出会ったんだ。」

大川横丁では食事と一緒に演奏やダンスを楽しむ料亭が各所にあり、料亭によっては専属で演奏家やダンサーを雇っているところもある。

「初めて会ったときは可愛かったな…、センターより後ろにいたけどぼくには本当に枝垂さんしか見えないほど、彼女に惚れていたよ。」

「ありがと、弥助さん!それで弥助さんはあたしの追っかけになってくれて、休日になると、一人で来てはあたしのダンスを見てくれたんだ。」

「一人でって、指名みたいなことできるん?」

「うん、そういうサービスをしてるところでね。まぁ指名すると高くつくけど…、彼女を一人で楽しめることができてよかったよ。」

「へぇ、いい出会いやな〜」

「弥助さん、優しいけど怒ると怖いのよ。この前なんて、自分の父さんを上手投げしたんだから〜」

「ちょっと、その話は恥ずかしいよ…」

「えっ、オトンを上手投げってどういうことや?」

ガマ弥介はモジモジしながら言った。

「実は一月前、父さんに顔合わせに行ったんだ。そこで結婚を前提に付き合ってるって言ってら、父さんが『ダメだ!』ってこえを荒げて、それで枝垂さんをつまみ出そうとしたからもう必死で止めて、気づいたら上手投げしてた。」

「ありゃま、そらすごい修羅場やったな……。」

「それで父さん、すっかりビビッちゃって『許すから命だけは〜…』って叫んでいたよ。」

「アハハ、オトンは昔からそうやねん。威勢の良い割には、すぐにビビるねん。」

「そうそう、小さい頃にさお母さんのゲコ最中をつまみ食いしたのが見つかって、チビっているのかっていうほど謝っていたな…。」

「あれは見てて笑えたわ!アハハハ!」

それから三人はしばらく談笑を楽しんだ……。











枝垂が仕事へ戻っていった後、ガマ座衛門とガマ弥介はバスに乗って再び村へ帰ってきた。

明日、再び現世へ向うガマ座衛門は最後にガマ五右衛門と飲むことにした。

「よぅ、オトン!今日飲まんか?」

「ん?まぁ、いいぜ。」

「これ、現世の酒やねん。オトンが気に入るとええけど…」

それはガマ座衛門が潤平に貰ったどこかの名産品の酒である、透明な一升瓶に酒が満たされている。

ガマ座衛門はおちょこを二つ持ってくると、酒をそそいで出してあげた。

「んっ……これ、美味い…!」

「せやろ?気にいったなら、お土産にやるで。」

「あぁ、そうしてくれ…。それで今日、ガマ弥介と出かけていたよな?」

「大川横丁まで行ったんや、そこで枝垂さんに会って現世の話をしていたんや。」

「お前、弥介の彼女に会ったんか?」

「あぁ、エラい可愛くて弟にはもったいないくらいやわぁ…。」

「ふん、ガマ美国に比べたらたいしたことないわ。」

そっぽを向くガマ五右衛門に、ガマ座衛門は件のことを聞いてみた。

「なぁ、弟に上手投げされたってきいたんやけど、ほんまかいな?」

ガマ五右衛門がブーッと酒を吹きこぼした、そして三回ほど咳き込むとガマ座衛門に質問した。

「お前っ、それいつ知った!?」

「せやから今日聞いたって言うてんねん」

「あーっ、ガマ弥介め………。」

ガマ五右衛門は右手をおでこに当てて、悔しそうな顔をした。

「そうだよ、今から一月前だったか…ガマ弥介が、ぼくの大事な人を連れて来るって聞いて、家に来たのが枝垂さんなんだ。それで結婚を予定していると聞いて、そんなんダメだろって枝垂さんを家から叩き出そうとしたんだ。そしたらガマ弥介に思いっきり投げられて、頭を打ってしまったんだ。」

「ほへぇ〜、それでそれからどしたん?」

「もう後は二人の結婚を認めたよ……。おれはもう知らね。」

「なんやねんそれ、あっけな……。普通、もっと親として言いたいこと言えばええやん?」

「だけど……、弥介に投げられてビビっていたし…。それ以上言ったら殺される気がして…」

「オトンらしいわ、肝心なときにビビっているんだから。小さい時はだらしなく見えてたけど、今になってはなんや個性の一つに見えるわ。」

「なんだそれ?おれがかっこ悪く見えないのか?」

「じゃあ、オトンはカッコ悪〜いって言ってほしかったんか?」

「そういう訳じゃない!ただ、今までと反応が違うから…。」

慌てて言い訳するガマ五右衛門、ガマ座衛門は大笑いした。

「まぁ、ワシも現世で色々学んだってことやな。オトンも隠居したことやし、現世に来てみないか?」

「おれが?それは御免被るぜ、ここで余生過ごすって決めているんだ!」

「じゃあ、また離れ離れやな…。また現世の美味い酒持ってきてあげるん。」

「おぅ、またよろしくな…。」

そしてガマ座衛門とガマ五右衛門は、夜遅くまで親子の酒を飲み明かすのだった。








   



そしてここは現世の草野の実家、将大が一人暮らしへと戻るところだ。

「それじゃあ、おふくろ。おれは帰るぜ…。」

「あら、もう行くのかい?もう少しここにいたっていいんだよ?」

おふくろは猫なで声で草野に言った。

「その手には乗らないぜ、また錦平の面倒を見るから家事をやってくれとか言うんだろう?」

「まぁ、可愛くないわね……。でも、まぁいいわ。勉強もあるし、もう帰りな。また顔見せに来なさいよ〜」

「おぅ、気が向いたらな〜」

そして草野は実家を出て、豊田駅から名古屋駅へ向かった。そこからまた電車に乗って、最寄りの駅まで帰ってきた。

そして団地の部屋に到着すると、すでにガマ座衛門がいた。

『あ、おかえり草野はん。お土産、たくさんこうてきたで〜』

「先についてたのか、それで幻界のお土産って一体なんだ?」

『これや、めっちゃ辛いけど歯に効く歯みがき粉やで〜』

「歯みがき粉……、なんか変わったお土産だな。」

『それだけやないで、これは幻界の髭剃りや。』

「あれ?これ先端が違う……、なんか丸いローラーみたいなのが……?」

『それ、顔に転がしてヒゲをとるねん。』

草野は使っているところをイメージしてみた…、とても痛そうな気がした。

「そうなんだ、とにかくお土産ありがとな。」

そして草野とガマ座衛門はリビングのテーブルに座ると、帰省中の出来事について語り合った。

『草野はん、それでむこうの実家はどうだったんやで?』

「おふくろが兄貴の息子を夢中で可愛がっていたよ、錦平っていうんだけどまだ赤ん坊ということで、おふくろがおふくろらしいことしていた。それでおれには家事をしろっていうから、本当に疲れてしまったよ……。」

『アハハッ、そら大変でしたな!相変わらず元気のあるオカンですわ。』

「全くだ、せっかくのお盆帰りなのに中々休めなかったよ。そういえばガマ座衛門はどうだったんだ?」

『ワシか?ワシはもう懐かしくて、そら心がホッと落ち着きましたわ。それとな、弟がとんでもないことになっていたで。』

「とんでもないことってなんだ?」

『あいつな、ワシが現世にいる間に彼女作っていたんねん!しかもエラい可愛い彼女を!!』

「アッハハハ、それは傑作だ!弟に先を越されて残念でした〜!」

『ちよっと、それはヤメてくれや〜!』

「ちなみに名前は?」

『枝垂はんや』

「そうか。だけど弟の彼女と一緒にいてよかったのかな?なんか弟のデートに割って入ってるみたいで申し訳ない気がするが…」

『そこは問題ないねん、むしろワシが帰ってきたことを弟が彼女に話したら、彼女がワシに会って現世の話を聞きたいって言うてん。それで会うことになったんや。』

「そうなんだ、そういえばお前の父は知ってるのか?」

『知ってた、それであいさつしてきた時にな、オトンめっちや怒って枝垂はんを叩き出そうとしたんねん、そしたら弟に上手投げされて、チビって付き合うことを認めてしまったんやて。』

「お前の弟、結構やるな……」

『ワシが現世に行っている間に、家業を継いでからしっかりするようになったんやて。見ない間にエラくなってたわ。』

「なんだ…、お互いに自分がまだ成長していないということを、思い知らされた気分やな…。」

『せやな……、だけどこれからがんばって、追いつかなアカンということや。人生、はい上がることが大切や!』

「…そうだな、例え周りがどれだけ幸せになろうと、自分の幸せを目指して山をはい上がっていくんだ!!」

草野は右手でガッツポーズをすると大声で言った。

『よっしゃ、そうと決まったら勉強やで!』

「えーっ、今日は疲れたからまた明日〜」

『ズコーッ!ちよっと草野はん、何を締まらないこと言うてんねん!』

ガマ座衛門は草野を勉強させようとしたが、結局その日草野は勉強することは無かった…。










互いに帰ってきた日の翌日から、草野は気を取り直して勉強を再開した。

そして月日は流れていき、いよいよ教育資格認定試験当日をむかえた。この試験をに合格し、さらに面接など経て臨時免状を交付され、期間限定で教師になることができるのだ。

名古屋城駅を降りてすぐ近くに、会場となる名古屋市教育委員会はある。

名古屋市教育委員会の前で草野は少し緊張していた、それを見たガマ座衛門が優しく言った。

『大丈夫や、草野はんなら必ず合格できる。』

「あぁ、わかっているさ。それじゃっ!」

草野はいつもの強気な気持ちで試験へ挑んでいった。ガマ座衛門はそんな草野の背中を見送っている。

試験が終わるまでの時間、一人になったガマ座衛門はまだ寒い街中を一人歩いていた。

『ふぅー……、まだ冷えてんな……。』

妖怪とはいえ冬の寒さが強く身に染みるガマ座衛門は、ふと喫茶店を見つけた。

『こんな日には、コーヒーでも飲んで温まりたいねん。』

ガマ座衛門は変身油を額に塗ると、変化へんげの術で人間に化けた。ちょっとぽっちゃり体型の丸眼鏡をかけた、シャツにオーバーオールを着た三十代の男になった。

扉を開けるとベルの音が鳴った、ガマ座衛門はすでに来ているお客から疑われることなく席に座った。

カフェモカのホットを注文し、ふぅとため息をついていると、近くに懐かしい顔を見た。

『あっ、イモリ屋丞はんやないか!』

『おお、久しぶりやなガマ座衛門。』

イモリ屋丞はガマ座衛門の向かい側に座った、お互いに変化へんげの術を使っているので怪しまれていない。

イモリ屋丞の方は、丸めの髪型にメガネをかけた学生らしき男、年齢層はガマ座衛門よりも若い。互いに変化してても、妖怪同士には気配で解ってしまうのだ。

『なんで、あんさんこちらに来たん?』

『今回は観光で来たんだ、今は幻界のとある町のアパートで暮らしながら、小さな病院で医師をしているよ。』

『そうか、あんさんええ感じに過ごしているようやな。』

『そういうガマ座衛門は、どうしてこちらに?』

『ワシは草野はんの付き添いや、今草野はんは試験勉強中やねん。』

『前に家来たときに聞いたね、今日が試験日ということか。彼は合格できるかな?』

『それは分からん、五分五分や。ワシは合格できたらええと思うねんけど…。』

『まぁ、結果はまた会ったときに聞くよ。ところでガマ座衛門は、いつまで現世にいるつもりかい?』

『そら草野はんが死ぬまでや、あいつとは死に際までつきそうと決めてんねん。』

『変わっているね…、君は。現世は徐々に住みにくくなっている、私でさえこうして観光かもしくは素材集めで訪れるけど、君みたいにここで永住しようとは思えない。君も弟くんみたいに、幻界で余生を過ごすということを考えないのかい?』

『せやな……、ワシみたいに人間と共生しないともはや現世ではマトモに暮らせんのかもしれへん。せやけど、ワシはもう決めているんや。草野はんを応援し、共に生きる。いくら付き合いの長いあんさんでも、この意志は変わらへんねん。』

『そうか、それじゃあこれから現世に来たら、あんたを訪ねてやるよ。何時でも現世に飽きたら、ええとこ紹介してやる。』

『そん時は頼むわ。』

そして互いにコーヒータイムを楽しんだ後、ガマ座衛門とイモリ屋丞は再会を誓って喫茶店を後にした。

喫茶店を出てから数時間後、ガマ座衛門は草野と合流し自宅へ帰っていった。











それから4月になり、草野は中学二年になった田所たちと遊んでいた。

試験が終わって一段落ついた草野は、競馬を止めてもなおゴロゴロしている。しかも最近、競馬の次はSwitchにハマりだして、家で田所たちを呼んでは遊んでいる。

「よし、そこだっ!」

「うわぁ、草野さん強すぎるぜ!」

「このヤロー!負けるかーーっ!」

大人と中学生が小学生みたいにゲームに熱中する姿を見て、ガマ座衛門は半ば呆れていた。

「あんさんがた、何を盛り上がってんねん。もうすぐ六時やろ?早う帰らないと、お前らのオカンがカンカンに怒ってまうで?」

「えー、もう少しだけ〜。」

ガマ座衛門がやれやれという顔をして玄関に行くと、郵便受けに一枚のハガキが入っているのに気がついた。

『これはなんや……?』

ガマ座衛門がハガキを見ると、宛先は教育委員会になっていた。

もしやと思いガマ座衛門は草野に言った。 

『草野はん、ハガキが届いているで』

「なんだって?」

草野はガマ座衛門からハガキを受け取った、そこには合格通知の報せが来ていた。

「これ合格通知だ!なんで知らせてくれねぇんだよ!!」

『知らんがな、ワシだって急に来たからビックリしてもうたわ。』

「草野さん、ここに試験の結果が…!」

「合格か不合格か、果たして……!」

「いくぞ……!」

草野·ガマ座衛門·田所たちは、息を飲み緊張しながらハガキを見た。

ハガキには……、合格の報せが来ていた!

「や…やった……!合格だーーっ!!」

『ホンマか!!ようやったやないか、草野はん!!』

「やったーーっ!草野さんが、合格したぞ!!」

草野の目から涙がポロポロおこぼれ、田所たちはバンザーイと異口同音に喜んだ。





そして月日は流れ、春を迎えた……。

空は晴れて桜がまだ三分咲きなこの日、草野が初めて先生として学校に赴任する時が来た。

「それじゃあ、行ってくるわ。」

『おぅ、気張りなはれや。』

普段見ないスーツを着た草野を見送るガマ座衛門、ポークホープへ行くのと変わらない光景だが、違うのは草野の気持ちがシャキとしているところだ。

『なんや、いつもよりかっこええやないか…。』

まだ冷える朝の中、新天地へ向かう草野の背中をガマ座衛門はただ見つめるだけだった……。



































































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近所のガマ大将は破天荒 読天文之 @AMAGATA

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