第26話 C3 勇者ひなのの心境、その内に秘めたる思い

完全に油断したわけじゃない。

しっかりと魔王アルマスが私の背後をとっていたことには気づいていた。


だけど、動かない、体が私のいうことを聞いてくれない。


結局、攻撃をモロにくらって、このザマ…きっと真也も高らかに笑っているんだろうな。



微かに魔法と何かがぶつかる音が聞こえる。



きっと、今もアスティアちゃんが魔王と戦っているのだろう。

私も早く…助けにいかないと。


でも体が動かないんだ。


私は今、何をしているの?何も役に立たず、呆気なくやられて、アスティアちゃんに頼り切って、本当に私自身が情けない。


こんなの、高校にいた時と何も変わっていない。


少しは変われたと思っていたけど、根本は変わらない…それが人間だと私は知っているはずだ。

今思えば、アスティアちゃんはしっかりと指示を出して私を引っ張ってくれた。

私はただそれに従っていただけ、私は本当にダメな人間なんだと思う。

仲間のことを気にせずに戦って、迷惑ばかり…本当に弱い。


負の感情だけが、溢れてくる。


どんどん、心が閉ざされていく。


これがいわゆる負のスパイラル……。

感情の爆発…今まで騙してきた不安も全てが…弾けた。

いいことも、楽しいことも、全てが負となって返ってくる。


『そうやって、全てを諦めて、また閉じこもるのか?』


「だ…れ?」


『ずっと一緒にいただろう?まぁそんなことはどうでもいい、お前はそれでいいのか?こんな心の闇に閉じこもって、高校の時みたいにまた、しょうがないよと、諦めるのか?』


「仕方がないよ、私はダメな人間だから」


『そうやって、不満だけを漏らす…お前は!この世界にきて、決意したんじゃないのか?心に誓ったんじゃないのか?…これを機に自分を変えるって』


「私は……」


そうだ、私は決めたはず…これを機に自分を変えるって、でももう自信が持てない、変われる自信が、自分を変える自信が。


『お前がそうやって、うじうじしている間にもあの子は戦っている、なんでだと思う?』


「それは……」


『お前を仲間として認めているからだよ、バカが』


「仲間…」


『そうだ、お前を仲間として認めているんだ、お前だって嬉しかっただろう?大切にしたいって思っただろう?なのに今のお前はそんな仲間を裏切る行為を平然としている…お前は自分で決めたことも諦め、仲間の事も見捨てるのか?』


「そ、それは……」


仲間、確かに仲間ができた時は嬉しかった、初めての仲間になったアスティアちゃん…本当に泣きたくなるほど嬉しかったけれど、それには理由があった。


私には本当の友達と言える存在がいなかった。


皆はそんなことを思っていないかもしれないけれど、私はいつも、心のどこかで一線を引いていた。

だから、私からしたら友達とはとてもじゃないけどいえなかった、ただその場の関係、3年後に切れる縁だと決めつけた。

だけど、異世界に来てから、少しだけ私の心境に変化があった。


それがスキルの影響なのかわからないけれど、思ったことを素直に口にするようになった。


昔はよく、思ったことは口に出さなず、心の内に止めることが多かったが私だ。


だから、あの時、アスティアと話した時、私は思ったんだ、友達になりたい、仲間になってほしい、この子と仲良くできたら、どれだけ楽しいか、そんな気持ちで満たされてしまった。


『なら、それでいいじゃないか、それこそ人間の強さであり、君の強さ、気持ちを素直に伝える強さだ』


「私の強さ……」


『なら、今から君がやることはただ一つ、素直になることだ、そこに迷う必要はない…だから前を向け』


「友達を助ける…前を向け」


そうだ、今の仲間と私の…気持ちは関係ない、今私が何をしたいのか…今もアスティアは私の代わりに魔王アルマスと戦っている。

私が弱いから、でもだからって私が下を向いてどうする!!


そもそも私が巻き込んでしまったなら、責任をとらなくてどうする、私が逃げてどうする。


彼女の心に光が差す、閉ざされた心に光が差される。


『お前は今、何を思っている、お前は今、何がしたい…』


「私は…助けたい、アスティアを…倒したい、魔王アルマスを!!!」


『お前の心には今、何が残っている!!』


私の心には常にあった感情、それが『憎悪』だ。

その感情は他人に向けていたものではない、向けていたのは自分自身だ。

これは私自身への自信の無さに、私自身の情けさを痛感し、『憎悪』を抱いていたのだ。


「私に残っているのは『憎悪』と、その反対の『善意』の心だけ」


そう、彼女にはこの世界に来てから、極端に言えば、この二つの感情しか残っていなかったんだ。


だから、悩む必要なんてなかったんだ……私が求めた答えは単純だった。


ただ、私は………。




「私自身の心に残った感情に従うだけでいい……」



その感情の派生に私の全てがある。

魔王アルマスによってボロボロになった私の体がピクリと動き出す。

体の熱が蒸発し、蒸気が吹き出し、彼女の体に黒い霧が纏う。




そして今日、始まる……英雄の一歩、英雄の冒険譚が…………。

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