第5話 ――あれは……
午後のホームルームが終わると、素早く帰り支度を済ませた
「やっと終わった~!!
「あぁ……今日はパス」
「つれねぇなぁ〜。俺を一人ぼっちにするつもりか? ここで泣いちゃうぞ?」
「……彼女がいるだろ。これから会いに行けばいいじゃないか」
「向こうは部活だから会う時間がねぇーんだよ~……」
と言って机に突っ伏すところを見るに、ほんとは会いたくてしょうがないのだろう。
「……ところで、俺の誘いを断るんだから、余程大事な用なんだろうな〜?」
「ふふっ。それは…………ものすごく大事な用だっ!」
「ほほぉ~、幸せそうでなによりだ。しょうがねぇ、今日はおとなしく帰るとしますか」
席から立ち上がってカバンを肩にかけると、こちらを指さす。
「その代わり、今度誘ったらちゃんと付き合えよ~?」
「わかってるって。じゃあまた明日」
「おぉー。じゃなぁー」
教室を出ていく親友を見送り、俺はポケットからスマホを出す。
向こうから来てもらうのも悪いし、こちらから迎えに行った方がいいだろう。
そう思い、『今から迎えに行くよ』とメッセージを送った。
――これでよしっ。
「……ん?」
手のひらのスマホが揺れたため画面を見てみると、凛々葉ちゃんから返信がきていた。
『門の前で待っています。私と一緒にいると、先輩に迷惑をかけてしまいますから……』
――迷惑……?
別にそんなことはないが、向こうがそう言うのなら。
『待ってて、すぐに行くから』
と返信し、俺は足早に昇降口へと向かった。
「――ハァッ……ハァッ……!!」
息を切らしながら門を出ると、彼女がガードレールに腰かけて待っていた。
――遠くから見ても、ほんと可愛いなぁ……って、こんなときになにを考えて――
『………………』
――んん? なんだか、いつもと雰囲気が違う……?
「あっ、せんぱ~いっ」
こちらに気づいて手を振るその表情は、さっきとは違いパァッと明るいものだった。
「……あ。お、お待たせ」
「すみません。勝手にこっちが決めちゃって」
と言いながら凛々葉ちゃんは申し訳なさそうな顔の前で手を合わせる。
「ああ、別にいいよ、それくらい……」
――なんだったんだろ……さっきの……。
「? わたしの顔になにか付いてますか?」
「え…――ッ!? いや、なにも……っ」
今日は屋上に人がいたため会うことができなかったからか、不意の至近距離に思わずドッキとしてしまった。
「せんぱい?」
不思議な顔で首を傾げる凛々葉ちゃん。
「…………っ」
返事に困っていると、門の方から聞こえてくる複数の声と足音が耳に入った。
「っ……じゃ、じゃあ、行こっか!」
彼女もそれに気づいたのか、互いにコクリと頷き合い、早歩きで歩き始めた。
そして、通りを曲がったところで足を止まると、「はぁ……」と息を吐く。
なぜかはわからないが、俺たちは自ずと顔を合わせて笑った。きっと、楽しくてしょうがないのだ。
――なんだか、いいな……こういうの……っ。
それから道を進む間、話題は目的地である喫茶店のことについてだった。
「これから行くお店って、よく行かれるんですか?」
「たまに、気分転換したいときに行くかな……」
「気分転換?」
「まあ、家族と喧嘩したときとか、むしゃくしゃしたときとか……」
なにかを察したのか、凛々葉ちゃんが一拍間を置く。
「へぇー。いいですね、そういう場所があるって。……ちょっと羨ましいです」
「凛々葉……ちゃん?」
「あ」
自分が言ったことに気づいた凛々葉ちゃんは、
「えっと……そういえば、美味しいオムライスが食べられるって言ってましたよねっ!!」
「う、うん」
――今、完全に誤魔化されたような……。
すると、凛々葉ちゃんが小さな声で言った。
「せんぱい。手……繋ぎませんか?」
「へっ?」
――手を……繋ぐ……? ということはつまり、手を繋ぐってことだよな……?
自分の手と彼女の手を交互に見る。
――この手とあの手を繋ぐ……それが…………手繋ぎ。……なにを言ってるんだ、俺は……。
「………………」
――…ん?
俯かせた彼女の顔を覗くと、その頬が赤く染まっていた。
「…………っ!?」
自分以上に言った本人が恥ずかしがっているという事実が、胸の鼓動を加速させた。
ドキドキドキドキ……ッ。
――恋人同士なら、手を繋ぐくらい普通のこと……っ。
プルプルと震える手のひらの汗をズボンで拭い、その手でゆっくりと彼女の手を…――
……。
…………。
………………。
「このお店ですか?」
「そう……だよ……」
俺たちの目の前には一軒の喫茶店があった。
名前は、『喫茶ヒマワリ』。
レンガ風の外観が落ち着いた雰囲気を醸し出しているこのお店こそ、彼女に紹介したかった喫茶店だ。
初老のマスターが一人で切り盛りしている。
――ここのコーヒーが、これまた最高で……。はぁ……。
なぜ心の中でため息をこぼしているのか、というと、
――あーあー……。どうして手を繋がなかったんだ、俺は……ッ!!!
くそぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーっ!!!!!
言い訳になってしまうが、あと一歩だったのだ。それなのに……。
――はぁ……。
さっきからこの繰り返しで、何度もため息をこぼしている。
――まあ……気を取り直していこう。チャンスは……まだあるはずだ……っ。
カランカランと心地のいい音色と共に扉を開けて中に入ると、一瞬にしてコーヒーの香りに包まれた。
「いらっしゃいませ」
「マスター、こんにちは」
「おやっ、
と言って、マスターはニヤリと笑みを浮かべた。
「あはは……おかげさまで……」
告白のアドバイスをもらったのは、
ここに来る数多の女性たちの恋愛相談を受ける恋愛マスターの異名は伊達ではないのだ。
マスターには、『あのこと』でいろいろと迷惑をかけてしまった。
今回いい報告ができたことが、一つの恩返しになったのなら自分としても嬉しい。
「せんぱい?」
「あっ。せ、席はどこでもいいですよね?」
「もちろん。好きなところにどうぞ」
「だって! い、行こっか!!」
「は、はいっ。……?」
どうやら、俺は隠し事が苦手なようだ。すぐに顔に出てしまう。
――気をつけないと……。
そんなことを思いながら、お気に入りの窓際の席に移動すると、テーブルを挟んで座った。
「これ、メニュー表だよ」
「ありがとうございますっ。うわぁ~!」
ページを捲ると広がる、美味しそうなメニューの数々。昔ながらのナポリタンや、クリームソーダ。
毎回、『これでいいんだよ、これで……』と、つい心の中で呟いてしまう。
「迷いますけど……決まりましたっ。特製パフェにしますっ」
――早っ!
「オムライスじゃなくていいの?」
「今回はパフェを食べて、オムライスはまた今度ということでっ♪」
そう言って凛々葉ちゃんは徐に顔を近づけてくると、そっと呟いた。
「――オムライスは、デートのときに食べに来ましょうね♡ せんぱいっ♡」
「……ッ!?」
――デート……っ!!
「ふふっ」
――ほ、ほんとに年下なのか、この子……?
ふと浮かんだ疑問は、目の前の大人な笑みにかき消されたのだった。
それからゆっくりな時間を過ごしている間に、すっかり夕暮れ時を迎えていた。
カランカランッ。
扉を開けて外に出ると、
「んん~っ!! 今日はいっぱい話しましたねっ」
「う、うんっ。…………よかったぁ」
会話を途切れさせないために、話題の人や物をネットでかき集めておいて……っ。
「でも、本当によかったんですか? お金出してもらっちゃって」
「いいんだよ。連れてきたのは、俺の方だし」
「そうですか……。じゃあ、今度はわたしがご馳走しますっ」
「うんっ、楽しみにしてるよ。あっ、家まで送って行こうか?」
「大丈夫です。ここから近いですから」
「え、そうなの?」
「はい。高校に入学すると同時に、こっちに引っ越してきたので」
「へぇー」
これまたいい情報を手に入れたぞっ。
……ということは、ゆくゆくはお家にお邪魔する日も……
「せんぱい、ぼーっとした顔でどうしたんですか?」
「!! なっ、なんでもないよ……あははは……」
バレバレの誤魔化し笑いを浮かべながら、並んで帰り道を進んだのだった。
「――あれは……」
少女の視界に入った、二人の男女。
一人は、栗色ボブヘアーの女の子。楽しい話をしているのか、満面の笑みを浮かべている。
そして、
「………………」
少女が見つめる先は…――
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