第8回:台パンVTuber現代の泣き女説
「こんくりー。あさり先輩いますかー?」
VTuberグループShell'sに途中加入した浜野くりが、珍しく
「こんくりー。なに?」
いつのまにか同僚たちの相談役に収まってしまい多忙なあさりは簡潔に聞き返した。いちおう裏方の仕事を評価して、新衣装などでは優遇してもらっている。
個別の通話に切り替えて浜野くりが相談してきたことは、
「ゲーム実況のリアクションが薄いって言われるのをなんとかしたいんですよ」
というものだった。
浜野くりはShell'sの中でも無表情無感動キャラで知られており、ホラーゲームで驚かされても、アクションゲームでミスっても微動だにせず、
「……それがくりさんの個性なんじゃないの?変えてしまうなんてとんでもない!なんじゃないの?」
「そうなんですけど……」と言い淀む声には不満が滲んでおり、仲間のあさりにとっては無感動キャラという感じではない。確かに彼女のゲーム実況は再生数的に受けが良いとは言いがたかった。反応の薄さをまとめて切り抜きにした動画はけっこう伸びたが。
「それに、リスナーが私を感情のないロボットのように思って、心ない言葉を投げかけてきそうで、不安なんです……」
「それは、切実ね……」
感情をぶちまけるゲーム実況といえばShell'sの中では後輩の
しかも、なぜかオフでやることになった。
『しじ厨のみんな、こんかすー!今日は人気の「吸いイカゲーム」をやっていくよー!!』
「あいかわらず酷いファンネームと挨拶ね……」
「あ~、なかすだから、こんかすなんですね~」
しじみはオーバーリアクションでわあわあ騒ぎながらクリオネやホタルイカを水槽に落として同じ海の生き物とくっつけ、より大きな生き物に変化させていく。しかし、ダイオウホオズキイカをくっつけてダイオウイカにしようというところで、イカの触腕が水槽からはみ出してゲームオーバーになってしまう。
『ぐっ……!』
「ギャンブルに負けた債務者みたいな声を出しよって……」
「ざわ……ざわ……」
勿論あさりもくりも実況慣れしている。ゲーム実況の実況もお手の物だ。
ダァアアアンッ!!
予感に応えるように、しじみは台を思いっきり叩いた。実際にはプッシュライトをDIYして作った特製ボタン(通称「台ポンくん」)に鉄槌を振り下ろすことで画面上のアバターまでもが台パンモーションを発動した。
『くあああああっ!この!このぉ!』
総合格闘技ならレフェリーが止めているほど鉄槌を振り下ろし、肩で息をするしじみ。浜野くりは彼女の激しさをまったく知らないわけではなかったのに、ちょっと引いていた。じじみが妹キャラっぽいアバターを使っていることもあって、愛らしいフェレットが肉食獣の本性を剥き出しにしたところを目撃してしまった気分に近い。
リスナーの方は慣れたもので「台パン助かる」「もっともっと」と煽るようなコメントが散見された。なお、台ポンくんは五代目である。
あさりが【しじみちゃん血圧上がっちゃうよ】とレンチ付きのコメントを投げて雰囲気をちょっと変えてやった。しじみはケロリとして『あ、あさりちゃーん!見てる~?』と媚びの入った声で反応してくる。
【あさりちゃんなら今私の隣で配信を見てるよ】と浜野くりがレンチが後でつくコメントをすると
『くりちゃん……!?そんな……』と配信者は絶望的な顔をした。
「うわっ……うちのトラッキング技術高すぎ……!」
【イェーイ】と、あさりが合いの手を入れる。
ダァアアアンッ!!!
「……さて、これ真似できそう?」
荒ぶる後輩を尻目に、あさりは問いかける。質問には「真似できたとしてしたいか?」という意味も含まれる。
「部分的に取り入れるくらいなら……」
くりはと悩みながら答えた。しじみのリスナーは煽りながらも、どこか戦々恐々としているようにも見えて、自分が求めるリスナー牽制の効果は出ているように感じられた。
「やはり暴力…!!暴力は全てを解決する…!!」
「……言っとくけど、その元ネタのキャラは暴力で何も解決できずに破滅したからね?」
「むむむ」
「何がむむむだ。まあ、実際こういう実況も必要とされているとは思うわ。需要があるって単純な話じゃなく――」
あさりは改まった態度になって続ける。
「ずいぶん昔に本で読んだんだけど、生まれて初めてアクションゲームをやったアメリカ人の女性が「キャラクターをコントロールすることで、自分の感情がキャラクターにコントロールされている!」とショックを受けて、ゲームなんかやっちゃダメだと思ったらしいのね」
くりは話の繋がりが上手く読めず、目をパチクリさせた。そのまま受け取ると感情的な実況に否定的な意見の紹介に思える。
だから逆接で話が続くのは予想できた。
「でも、今の人は自分の感情を抑え込むことに慣れている。人によっては慣れすぎていて感情が上手く発散できなくなっている。そんな人にとって、むしろゲームは素直に感情を表して発散する機会を与えてくれているんじゃない?」
「……私はそれすら出来ない女だとリスナーに思われていますが」
重い口調で言われて、あさりはちょっと焦った。
「ま、まぁ、いろんな人がいるわけよ。くりさんは違うと思うけど、日常でもゲームでも感情が発散できないような人は、しじみみたいなゲームで感情を発散している子をみて癒やされているんじゃないかと思うわけ」
あさりはやっと言いたいことに辿り着いた。
「それでも発散できない人は……そもそも配信を観なイカ」
ちょうど配信ではしじみがダイオウイカを完成させて物凄く得意げになっていた。
『えっへっへっへ……』
【えらーい】【かわいい】【よっ!ダイオウ!】
「あるいはゲームの操作を通じて感情をコントロールされる代わりに、VTuberの一喜一憂をみて共感することで、リスナーの気持ちも上がったり下がったりして、感情が発散されるのかもね」
いろんな人がいるだろう。むしろ、まったく同じ機序の人は一人もいないだろうと、あさりはまとめた。あまりに珍しいタイプの人に適応しても、職業VTuberとしてはやっていけないのが悲しいところだ。
「なんだか……昔お葬式の時に出たという『泣き女』みたいですね……」
くりはポツリと呟いた。
「どこで覚えたの泣き女なんて?うーん、遺族の代わりに泣いていると考えれば似ているのかもね……」
「ホラゲーに出てきて覚えました。泣き女は泣くのが仕事だから、他のことを考えずにただただ思いっきり泣ける……VTuberも台パンするのが仕事だと考えれば思いっきり叩けるのかな?」
彼女は少しだけ気持ちが晴れたようだった。あさりは別の心配をしてしまう。
「やりすぎて怪我しないでよ?」
「しませんよ、そんなことは」
「だったら良いけど……」
それからしばらくして、浜野くりはわざとらしい泣き真似をするようになった。しかも、わざわざ腕が上がってきて手の甲で目をこするアクションを設定するこだわりっぷりだった。
カチャカチャカチャ…ッターン!
「えーん……えーん……」
【その
【コマンド入力中の無表情が怖い】
【ワンキーで出来るように設定しておけよ】
などとリスナーはツッコミを入れつつも、「
その配信をみて、先輩はぼやいた。
「現代の泣き女が泣き女の真似をするってネタか……誰にも通じないわ」
VTuber汽水あさりの方法論 真名千 @sanasen
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