第185話 自問自答、刻苦勉励

 問答が続く。半兵衛はただ真っ直ぐに俺を見つめるだけであった。俺も半兵衛の顔をじっと見つめる。目と目が合う。瞬間、試していると気付いた。


「しかし、それでは自国の民しか守れますまい。伊豆守様はそれを良しとお考えで?」

「そうだ。俺はそれで良しと考える。俺は神ではない。悪いが俺はパーデレたちの言うデウスには成れぬのだ。この手の届く範囲で安寧を良しとする。逆に問おう。竹中殿はどこまでを自国の民と考えるのか。明や朝鮮を攻め占領すれば、それは自国ではないか。争いは止まず、無限に広がるぞ。五分を上とし、七分を中とし、十分を下とする。なので、欲張らず自国のみで良いのだ」


 半兵衛が新しい玩具を手に入れた童のような笑顔でこちらを見た。これは、半兵衛の御眼鏡に適ったとみて良いのだろうか。よくわからん。


「人とは欲深いもので、一つ手に入れれば更に一つ、もう一つと欲しくなってしまうものにございます。伊豆守様の仰る通り、人は五分を上とするべきなのでございます。しかしながら、富を、我を、声を求め天下静謐は未だ成らず。百年もの争いが続いておりまする。これについては如何お考えでしょうや?」

「確かに天下は定まらず、民百姓は貧困に喘いでいる。何とかしたいとは思うものの、動けずにいる。得る物と失う物の均衡が取れぬのだ。気付かぬ内に多くのものを背負ってしまった。一歩、踏み出す際に背負ったものを振り落としてしまいそうで、初めの一歩が踏み出せぬのだ。ご教示願いたい。俺はどうするべきか」


 まっすぐ半兵衛を見る。俺がこの世界に迷い込んだその意義は何なのか。既にこの世界は俺の知っている世界ではない。この世界は現実なのだろうか。それとも胡蝶の夢か。


 もし、現実なのだとすれば、俺が迷い込んだ意義があるはずである。それが何なのかがわからない。


「実を申しますと、某もわかりませぬ。どうすれば正解なのか、それこそ大神にしかわかりますまい。だからこそ、頭を働かせ、身体を動かし、懸命に理想に近づくよう生きるのです。それが国主の勤めかと」

「それを体現しているのは?」

「関東の北条、尾張の織田、そして若狭の武田もそれに比すると考えておりまする」


 当家も天下に近いと、半兵衛はそう述べているのだろうか。確かに立地には恵まれているが、百万石にも届かない大名だ。直ぐに押し潰されてしまうのが落ちである。


「甲斐の武田や越後の上杉、畿内の三好や安芸の毛利、更に申すのであれば九州の大友は先に述べた北条、織田とは比べられぬと」

「甲斐の武田は欲望から動いておりまする。民の飢えを凌ぎたい思いは理解できますが、それだけならば手段は他にもございましょう。戦に走るは愚策にございます。越後の上杉は些か、いや、かなり義に寄り過ぎかと。畿内の三好は今や家中定まらず、安芸の毛利は君主に果断さが足りませぬ。大友はデウスの教えに心酔し過ぎでしょう」

「果断さが足りぬか。耳の痛い言葉だな」

「家臣に決めてもらうのと、家臣の意見を採用するのとは雲泥の差がございます」


 前者は家臣が決めているのに対し、後者は君主が責任をもって家臣の意見を採用しているということか。数ある家臣の意見の中から君主が決める。なるほど。言われてみれば確かに違う。


「願わくば、伊豆守様が天下を統べることを願っておりまする」


 そう言って低頭する半兵衛。俺が天下を統べる。正直、これっぽっちも考えたことはなかった。俺は知っている。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康といった綺羅星の如く輝く英傑が居るのだ。


 その三人を差し置いて俺が天下を統べるなど。どうして考えられようか。半兵衛は冗談で申しているのだろうか。いや、そうであって欲しいと願っている自分がいる。


「そう顔を伏せるな。話が出来ないではないか」


 面を上げる半兵衛。俺は彼の目をじっと見る。ああ、この人物は本気で日ノ本を憂いているのだ。天下泰平の世を築きたいと願っているのだ。その想いがひしひしと伝わる。


「竹中殿、俺は其方に失望している。其方は俺に願うばかりで助力はしてはくれぬのか。其方が俺に天下を取らせてくれはせぬのか。何故、稲葉山城を奪い取ったのか。その気概があるのならば俺にその命を預けてみよ!」


 半兵衛に詰め寄る。他人に下駄を預けて平和になることをただ願うなぞ、俺が許さない。俺は覚悟を決めた。例え六角の下に付こうが、三好の下に付こうが、毛利の下に付こうが、生きている限り天下泰平を目指すと。


 だから俺に火を付けた半兵衛にも責任を持たせる。その才知を天下のために使えと迫る。その結果、俺に尻込みをする半兵衛。


「考えておきましょう。ふふふ、某もまだまだ若い。伊豆守様の熱気に当てられ過ぎました。昂揚すればする程、冷静な判断は出来なくなりますよ」

「構わん。もし、俺が行き過ぎたら久太郎が止める。我ら武田はそのように出来ているのだ。俺はお前を求め続けるぞ。まず、俺は何をすべきだ?」

「まずは伏して力を蓄えるべきかと。西の毛利を食らうには大き過ぎる。しかし、東の朝倉は攻められぬ。ならば南の丹後と播磨を制するべきでしょう」

「その間、公方が黙っておる訳がない。如何致す?」

「摂津を狙うために丹波を制する、とお伝えするのが宜しいかと。そのまま淡路、阿波へと雪崩れ込むためと言えば、公方様も納得しましょう。それに……」

「それに?」

「このまま事が運べば、次の公方様は平島の公方様となると思われまする。ただ、伊豆守様が動けばどう転ぶか。そのための札は揃っておられるのでは?」


 どういう意味だろうか。難しいことを述べる。俺がその真意を読み取ろうと考え込むと半兵衛は微笑み、そして静かに頷く。そして頭を下げた。


「やはり伊豆守様は面白い。また、会えることを願っておりまする」


 半兵衛が会談を打ち切る。どうやらここまでのようだ。無理に聞き出しても心証が下がるだけである。俺も大人しく引き下がることにした。


 こうして俺は稀代の名軍師と名高い竹中半兵衛と出会ったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る