第28話 暗根ヤミ、新武装です。

 迷宮難易度、16。【不死者の巣窟】。

 これまでの草原や山中とは異なり、閉塞的な洞窟の中を進む構造。

 16に、ヤミは足を踏み入れた。


「前回が二層の迷宮だったのを考えると、やっぱり凄まじい飛躍だったんだなぁ」


 ヤミが思い起こすのは【氾濫】の事。あそこで爆発的なレベルアップを果たしたヤミは、現在適正レベル35程度の迷宮へとやってきていた。


「今回は修行だし、一二階層だけで済ませようか」


「分かりました、師匠」


 しかも、高位探索者である銃原ガレンを連れてである。

 ヤミとガレンは魔法書を受け取ったのち、試運転をするためにこの迷宮に来ていた。


「それにしても、また修行をつけてくれるとは思っていませんでした」


「銃をメインに使うと聞けば、更なる技術向上の手伝いをするくらい当たり前だ。といっても、滅多に見てやることはできないが」


 だから一回一回を無駄にするなよ。

 そう言ってくるガレンに、ヤミは大きな声で返事をした。


「はい!僕はレベルに技術が釣り合ってないので、とてもありがたいです」


 ヤミはキマイラとのバトルで実感した。莫大なレベル差、本来であれば瞬殺して然るべき相手にも、技術で、心構えで苦戦してしまうことがあると。


 探索者として迷宮に潜るのは今日で3日目。そのくせ、難易度16の迷宮に行こうとしている。


「低難易度の迷宮ならまだしも、ここら辺になればモンスターも頭が回るようになる。暫く彷徨いていれば、お前も心構えが出来るだろう」


 ガレンは周囲を警戒するヤミに、声をかける。


「スキルの関係上、私が手助けするのはお前がやられそうになったらだ。それまでは手を出さないからな」


 ヤミのスキルは仲間による手助けをデメリットとする。今の状況でスキルが切れると、ヤミはレベル10で30レベル相手に戦う事になってしまう。細心の注意が必要だった。


「まぁ、お前が【氾濫】を乗り越えた時に、堤防の逆サイドと作戦行動は取れたんだろう?人がいるだけでアウトという事は無い筈だ。スキルの効果範囲はいずれキチンと試すべきだぞ」


 人がそばにいるだけでダメなのか。人が戦っているモンスターを横取りするのはどうなのか。お互いに手出しはしないが、タイミングを合わせて堤防を爆破し、短期決戦を仕掛けるのはどうだったのか。

 そこを解明できれば、ヤミは更なる手札を手に入れることが出来ると、ガレンは言う。


 ヤミはメモを取る余裕は無いので頑張って頭の中に放り込んで、武装を引き抜く。

 この道の先から、モンスターの気配がした。

 ヤミの手にあるリボルバーを見て、ガレンは思い出したように聞いてくる。


「そういえば、名前は決まったか?」


「──【獣王レグルス】と、名付けました」


「良い名前だな」


 それは獅子の顔を持ち、獣の草原の王であったボスモンスター、キマイラを思って名付けた名前。

 ワンとトゥに録画として体験談を語っている最中で、疲れたと言いながら戻ってきた2人と相談して決めた名前だった。


 蛇の形をした撃鉄を倒し、獅子の口から生えた銃口を正面に向ける。


「──!!」


 洞窟の曲がり角から出てきたのは、骨だけになっても動く不死者、スケルトンだった。

 声帯がなく音はならないが、声なき声をあげながら、スケルトンは突撃してくる。

 眼球はないが不気味に光る赤き光を宿した眼窩は、脳の存在はないのに確かな知性を持っている。


 左右へのステップ、右足で大きく力を溜めて。その力で突撃してくるとフェイントを入れて、ターンしてこちらの狙いをずらしてくる。

 一層目の敵にして、今までとは桁の違う殺意と技術。【氾濫】前のヤミであれば、何も出来ずに殺されていたであろうスケルトンの動きに、ヤミは問題なく対応してみせる。


「フッ!」


 ターンの勢いそのままに、骨製のソードを振り抜いてくるスケルトンに、ヤミは左手の武装を用いて迎撃する。

 それは【氾濫】時に使用したのと似た形状のサバイバルナイフ。ヤミが新たに購入した近接武装であった。


 ギャリッ!という掠れた音と共に、ヤミの持つナイフがスケルトンの骨剣を折る。

 しかしスケルトンは動揺を見せず、折れた剣をそのまま【獣王レグルス】に突き込んでくる。


 本来であれば暴発を恐れて発砲を避ける場面。そうして接近を果たしたスケルトンの開かれた口から覗く歯が、ヤミの肩を抉り千切る筈の状況。


 しかしヤミのトリガーを引く手に迷いは無く、一言呟いて弾丸を放つ。


「【ウィンド】」


 放たれた弾丸は弾丸としての形を保ちながら、周囲に翡翠の風を纏っている。

 その風は、弾丸が骨剣に触れる前に剣を後方に押しのけ、スケルトンごと宙に浮かべ、洞窟の壁へと叩きつけた。


 壁に衝突したスケルトンは、壁と弾丸に挟まれたことで、積み木を崩すような快音を鳴らしながら砕け散り、そして土塊へと変わった。


「──使いこなせそうか?」


「まだ手札の多さに迷いますけど。はい、使いこなして見せます」


 ガレンの問いに答えながら、ヤミは【獣王】へと目を向ける。

 全身をシルバーで、獅子と蛇の目だけが赤い宝石であった筈の見た目は、シルバーの部分が薄らと緑の光を纏うように変化していた。


獣王レグルス】。キマイラからドロップしたこのリボルバーは、トリガーを引いた状態で特定のワードを告げることで、その弾丸に魔法の効果を付与する。


『ウィンド』であれば突風を、『フレイム』であれば灼熱を、『ブリザード』であれば氷結を。

 風、火、氷、雷、光、そして闇。全6種の魔法付与を可能とする力が、このリボルバーには宿っていた。


「それで、どうでしたか?僕の戦い方は」


 ヤミがガレンに聞けば、ガレンは満足そうに頷いた。


「うん。銃の腕は上がったな。戦い方も様になってた。付与する魔法の選択も良かった。そこら辺は文句なしだ」


 ガレンが褒めてくれたのはヤミもある程度自信があった箇所であり、認めてくれて嬉しい。

 しかしそこで終わるほど、高位探索者の技は甘くないとヤミは知っている。


「──だが、ヤミは今のままじゃ弱くなるな。半身が死んでるみたいなものだ」


 ガレンが指差したのは、ヤミの持つ左手のサバイバルナイフ。


「スケルトンの剣を防いだのは見事。振り方も悪くは無い。だけどな、お前はそれを相手に脅威だと思わせれていない」


 左手のナイフには殺意がない。そうガレンは続ける。


「なぜお前は盾ではなくナイフを選んだのか。それは左手でも攻撃の選択肢を殺さない為だろう?

 なら何故、お前は剣を砕いた後に追撃をナイフでしなかった?なぜスケルトンはお前のナイフを警戒しなかった?」


 決まっている。お前はリボルバーに頼ったからだ。ナイフで斬るのは次の手段だと、無意識にランクづけしてしまっているからだ。


「それじゃダメだ。もっと柔軟な思考を持て。お前はナイフだけでもモンスターをどうにかする選択肢を作らないと、左手分だけ不利になるぞ」


「はい、分かりました」


 ガレンの忠告を受けて、ヤミは自身の意識をできるだけ作り変える意識を持った。

 言われた通り、ヤミはナイフを盾として認識しかけていた。それじゃダメだ。深層に行くほどモンスターには仮初の武装など見破られる。

 より技術を、モンスターを倒すに十分な力を身につけなければ。


 そうして自身の意識と技術不足を感じながら、ヤミはどんどんとガレンの教えを吸収していった。




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