閑話・ひめとりゅうのひみつのはなし

「この城の別名が『白竜城』だってことは聞いたことがあるでしょう?」


 今日もローズ姫様は絶好調だ。一応従者 (仮)の身としては、隠し通路をフルに使って城中を闊歩する姫について行くのは一苦労。


 召使いのお仕着せを着て、絡みつく蜘蛛の巣を払い埃だらけの狭い通路をせかせか歩きながらずっと喋り続けている。最初に会った日、姫が妙に薄汚れていたのはこのせいもあったのかと納得する。

 城の内部事情を知る為に、通路のあちこちに開いた通気口から漏れ聞こえる噂話や秘密の会話を聞いて回っているらしい。

 誰もいないと思って上司の愚痴を言う騎士や、厨房の料理番達の今日の晩餐の打ち合わせ、侍女や下男の世間話、秘密の恋人達の甘い会話。姫が城の中で知らないことはないのかもしれない。


「あの歌姫の周りだけはどうしても入り込めないのよね。鉄壁の守りだけどそれが逆に怪しいわ。いったい何を隠しているのかしら」


 僕が返事をしようがしまいが姫はお構いなしだ。どっちにしろ頷くくらいしか出来ないのだから彼女にとっては独り言みたいなものだろう。


「そうそう、お城の話ね。昔、この国は竜の隠れ里と交流があったのよ。ヌンドガウの少年が怪我をしている子供の竜を助けたのが始まり。それ以来、国外の侵攻からも魔物の侵入からもこの国を護り続けたという建国神話が伝わっているわ。今ではおとぎ話だし、誰も本気で信じてはいないけど、こんな小さな国が大した侵攻もなく永らえたのは竜の加護のお陰じゃないかと言う人もいるわ。お祖父様のお祖父様の代までは金色の竜が近くを飛ぶのを見られたそうよ。素敵じゃない?もし本当にいるのなら、わたくしもいつか生きた竜に会ってみたいわ」


 あなたの後ろを歩いているのは多分隠れ里の竜ですよ、とは言えないので、返事の代わりに姫の背中を一回軽く叩く。これは彼女と決めた合図だ。「はい」なら一回、「いいえ」なら二回。


 姫様は少し後ろを振り返り、薔薇色の唇をほころばせ、にっこり笑った。


「そう言えばレピはなんの種族なのかしら?レピというのは鱗って意味よね?蜥蜴?蛇?竜の色彩は人型になっても金色だって言うし……あ、まさかアルマジロ?」


 そんな訳はない。竜はともかくアルマジロの獣人を探す方が難しいのではないだろうか。急にそっちに思考がいくところが姫の変わったところだ。

 僕は微笑みながら人差し指を唇の前に立てた。


「ふうん。秘密って訳?もったいぶるわね。まあ、いいわ。いつか教えてちょうだい」


 僕が頷くと、姫は微笑み返してまた前を向いた。


「月の神の伝説のお陰で『白竜城』の方が有名だけど、朝日を受けて輝く姿は建国神話にちなんで『金竜城』とも呼ばれるのよ。月の神と竜のお話もそのうちしてあげるわ。わたくしこのお城が大好きなの」


 通路の中は薄暗いけれど、僅かに差し込む光に、お仕着せのボンネットからはみ出た姫の金色の髪の毛が、彼女の意思の強さを表すようにきらきらと輝く。


「だからあの女にこれ以上好き勝手させる訳にはいかないわ。この恰好だと案外みんな気が緩むのよ。あまり召使に気を配る人はいないでしょう?さあ、ついたわ。今日も頑張るわよ」


 姫は小さな隠し扉の前に立つと、外の様子を伺って、やがて音もなく開いた隙間にそっと体を滑り込ませた。

 なんとも逞しいことだ。僕もこのくらいの気概を持って王国の再建を考えた方がいいんだろうか……。でも僕の望みはあの森に帰ることだけだ。


「はやくなさい、レピ。人に見つかってしまうわ」


 小さな声で急かされる。僕は外の空気に馴染ませるように息を吸い込み、彼女に続いて一歩足を踏み出した。

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