ふきつな言葉
ありとあらゆる不吉の種。
死人の墓や屍から盗ってきた骨、絞首人の肉がついた釘、撲殺された人間の血、捻じくれた植物から採れた乳香、魔物の蜂蜜、黒い酒、呪われた沼の腐った水、曲がった鳥類の骨、屠ったばかりの獣の臓物。
それら全てを呪いを彫りこんだ黒い石板と共に炭に入れて焼き、力を得た邪眼の魔女は夜な夜な次の獲物を求めて飛び回る。
紅い瞳に黒と銀の毛を持つ女面鳥身の禍々しい魔物と化し、自らの邪欲と野望を満たすため、生贄を攫っては荒れ地で力を蓄えた。
星辰の魔女の力を奪った時は、これで復讐を成就したと邪な歓びに震えたが、長い年月を過ごすうちに、それが完全ではないことに気が付いた。
獲物をいたぶり邪悪な遊戯に浸るたび、相反する清涼な力の源が失われていく。
すべて、全てを手に入れなくてはならない。各地を巡り力ある者達を騙し、脅し、巧妙に取り入って足りない力を手に入れ補った。
まだ足りない。もっと、もっと、もっと。妄執にも似た念に支配される。
愚鈍な王を邪眼と魅了で陥れ、この地を足掛かりに大々的な洗脳と支配を企む彼女の前に立ちふさがったのは、小賢しい王の娘。
そして、かつては同じ師の下で学んだ姉弟子。唐突に彼女は理解した。全てを得るには彼らを害し斃さねばならないのだと。今が絶好の機会である、と。
◇◇◇◇◇
歌姫は絹を切り裂くような悲鳴を上げた。憐れな声を振り絞って衛兵を呼び立てる。
「助けて!!曲者!曲者よーー!!」
伝令の蝶の報せを受けていち早く駆けつけてくれたお師匠さまは、あっという間に城の衛兵に囲まれる。
邪悪な魔女は僕を指さしながら、震える声で叫んだ。
「この者がわたくしを殺そうとしたのです!姫の従者よ!きっとあの娘の差し金だわ!意に染まぬ結婚をしたくないばかりにわたくしを害そうとしたのよ!」
『!?』
「何言ってんのよ!あんたが襲ったんでしょ!正体現しなさい!」
「きゃああああ!!助けてぇ!怖い!」
甲高い声に頭の芯がぐらぐらした。きっと魔女は邪な力を使っている。衛兵達は操られるように僕らを捕縛した。
◇◇◇◇◇
薄暗い地下牢に手を鎖で繋がれ藁の敷かれた石の床に転がされる。皆から引き離され、誰が無事で誰が捕らえられ、何がどうなっているのか状況が全く分からなかった。
どうやら鎖には魔力を封じる
僕を牢に押し込んだ牢番は、気味が悪そうに僕のことを眺めていたが、やがて悪態をつきながら離れて行った。
これからどうしようかと取り留めもなく考えていると、鉄格子の嵌った明り取りの窓から白い返礼用の蝶がふわりふわりと飛んできた。白は待機。
『みんなは無事。今は様子を見て』
姫様の声が蝶から聞こえてくる。少なくとも魔法が使える者が彼女の傍にいるということだ。じっと見つめていると、白い蝶は月明かりに溶けるように消えた。
しばらくすると遠くからカツンカツンと小さな足音が近づいてきた。誰だろう。気付かないふりでじっとしていると、鉄格子の向こうに黒いベールを被った邪悪な魔女の顔が現れた。
「本当はそんな姿なのね。お前の大切な者を捕らえたわ。一人ではないのでしょう?他の仲間はどこ?3日後に処刑よ。その前に魔女たちの名前を教えなさい」
『………』
僕は首を振った。知らないことは教えられない。こういう事態を予想していたのか、お師匠様は僕に名前を教えることはなかった。魔法使いにしてもそうだ。口から生まれたようないい加減な男だけど、大事なことは何一つ漏らさない。
この姿だってきっと本当の姿じゃない。今、お前が持っているものが本来の僕の色だ。
魔女を睨みながら駄目押しのように"知らない"と床に書くと、魔女の柳眉が吊り上がった。目は紅く光り口の端までも大きく裂け、一瞬恐ろしい形相が顔に浮かぶ。
「ふん!用心深いことね!……まあ、いいわ。3日後を楽しみにしてらっしゃい」
大きく裂けた赤い口を隠しもせずに不気味な笑みを浮かべると、魔女は来た道を戻って行った。
月は中天を過ぎ、牢の中は暗く陰り始める。僕は姫の言葉を信じ、希望半分絶望半分を抱きながら、湿った藁の上に身を横たえた。
"カーカス・ウトゥコ
カーカス・ウトゥコ
今日は金色
明日は緑
美しいものは隠しておいて
みんな盗られてしまうから"
眠りに落ちる少し前の微睡みの中で、見えざる者達の歌が微かに聞こえた気がした。
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