よろこびの言葉

 ズドオォォォォォオン!!!


 大音量と共に鼓膜がビリビリ震え爆風で皮膚が突っ張る。と、同時にずっと首に下げていた紅い石が光を放った。

 眩い紅い光が球体のように広がって僕の体を包み、落下が止んだ。呆然とする僕の目にくしゃくしゃの赤毛が飛び込んでくる。


「レピ!」


 子供のように歯をむき出して笑う顔、好奇心に溢れた翡翠の瞳、はためく緑のワンピース、勇ましく両足を踏ん張って立っていたのは僕のお師匠さま。

 光り輝く白い翼の大きな生き物の背に乗り、両手を広げて球体ごと僕を受け止める。


『お師匠さま……?』

「とりあえず成功ね!御守も役に立った!」


 お師匠さまは僕を生き物の背に下すと、紅い光を解いた。それは2人分の重みを乗せても危なげない動きで上昇を始める。

 まだ風は吹いているが柔らかくぐるぐると渦を巻いて僕らを上に押し上げる。僕はお師匠さまを見下ろしてまだ混乱の最中さなかにいた。


『どうして?なんで?』

「あら、魔法使いに聞いてないの?一緒に行かないなんて言ってないわよ。依頼されてた仕事途中で放り出せないから先に行くように言っといたの」

『なんであの時言ってくれなかったの?』

「言ったら甘えるでしょ、レピは。森を出たらいつでも言っていいって言っといたんだけど。多分忘れてたわね、あいつ」


 あの悲壮な覚悟と別れの朝の悲しさはどうしてくれる…。魔法使いめ、今度こそ髪と髭をむしってやる。


 両腕に抱えるように守っていた炎の花を宙に浮かべ上に送る。最初からこうすれば良かった。でも落下してる最中にきちんと物事を考えられる人がいたら教えて欲しい。


 お師匠さま、お師匠さま、お師匠さま!


 僕は自由になった両手で彼女の小さな体を抱き締め、爆風で嵩の増した癖の多い赤毛に顔を埋めた。



◇◇◇◇◇



 その後のことは大変すぎて思い出したくもない。


 狼達はおじさんに怒り心頭で「叩きっ斬る!」と暴れていたし、おじさんは色々受け止めきれなくて気絶するし、おじいちゃんや神殿の人達はあたふたしてたし、魔法使いはお師匠さまの髪がくしゃくしゃなのを見て大笑いしていて、上を下への大騒ぎになった。


 お師匠さまが吹っ飛ばした火口付近は、少しだけ溶岩が漏れちゃってこれまた大騒ぎになったけど、魔法使いとお師匠さまが力を合わせて固めながら人の住んでいない海側に流れるようにして事なきを得た。でも海の生き物には恨まれたんじゃないかと思う。


 とはいえ無事に神殿に炎の花を祀って、一つは僕が貰えたので心置きなく次の場所へと旅立つことが出来た。

 おじさんも反省したのか後日一人で謝りにきて「まだまだ修行が足りません!」と山に籠ってしまったんだけど、神殿大丈夫かな?

 でも人間の事情は人間に任せておけばいいかと放っておくことにした。


 見送りに来たおじいちゃんに「むにゃむにゃ祭り」の話をしたら、複雑そうに「祭り……」と呟いた後苦笑いして「今度からは歌って舞いますかな」と言っていた。

 その方が精霊も喜びそう。彼らは楽しいことが好きだから。



 そして今、僕の隣にはお師匠さまがいる。

 アクロデールからの船を降りたばかりで、揺れない地面を踏みしめるようにしっかりした足取りで歩く。

 お師匠さまは、深呼吸しながらにこにこ笑った。

 

「外は久しぶりだわ~」

『そういえばあの時乗ってきたの、何だったの?』


 僕もスムーズに会話が出来て嬉しい。少し前から疑問に思っていたことを聞いてみた。


「ああ、あれ?あれは残ってたレピの鱗と卵の殻で作った乗り物よ」

『乗り物?』

「魔女が箒で飛ぶとは限らないってことよ。ほらこれ」


 お師匠さまはポケットから手の平サイズの白い鱗を出した。内側に殻を当て二枚貝のような形状に加工された鱗は、開いて命じれば翼あるものに変化する、らしい。


「さすがレピの鱗ねえ。軽くて丈夫だし、魔力の伝導率がとってもいいわ!」

『そうなんだ……』


 この既視感…。素材として褒められるは久しぶりだが、あまり嬉しくないのも相変わらずだ。でも売られるよりお師匠さまの乗り物になるならまだましなのかな。


「レピ様ーー!」


 乗船口からディルとマイノが駆けてくる。その後ろから魔法使いがのっそり降りてくる。あんなにのんびりしてるのに、いまだに髪をむしる隙が見つからないのが悔しい。

 

 レイはというと……。拝み倒してでも許してもらえと言いつけておいたので、ディルにマイノの指導を引き継いで島に残りアデーレを追い回している。

 唯一無二なんでしょ?逃したらきっと廃人だよね?この場合廃狼?

 後で合流するもよし、そのまま2人で過ごすのもよし。上手くいくことを祈っている。


 僕は船着き場に立って、キラキラと輝く波の花を眺めた。風と水の精霊が光と絡まり合って遊ぶ楽し気な光景が見える。


「レピー!行くよー!」

『はーい』


 僕はお師匠さまに呼ばれて走り出した。

 次に向かうのは水の都、ヌンドガウ。今いる南の港から西の国を経由して隠れ里に入る。


 早く旅を終わらせたかった。

 それは声を取り戻してお師匠さまの元に帰る為で……でも彼女が一緒にいてくれるなら、どこへでも行ける気がするし、ずっと旅をしていてもいいと思うんだ。

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