ふまんの言葉

 海に面した崖の中腹を彫り出したように建てられた灰白色の神殿、長い通廊には女神を模した像がいくつも立ち並び、見る者を圧倒する壮麗さで出迎える。


「これはこれは、聚合の魔法使い様。遠路はるばるようこそおいでくださいました」

「よ、老けたな、ユステラトス」

「聚合様はお変わりなく」


 恭しく頭を下げる白い髭の老人に、魔法使いがあまりにも軽い挨拶をするので、周りにいた若い巫女や神官達がぎょっとした目を向ける。

 真っ白な長髪に同じく長い髭、白いローブを纏い、金色の帯を締めて白いサンダルを履いている。多分この人すごく偉い人なんじゃないかな……。


「星辰の魔女様には大変お世話になりました。未来さき読みの出来る巫女の人材集めや育成にお力をお貸しいただき、また先の異教徒の侵攻の際には聚合様の齎した情報が大変役に立ちまして、あの時は本当に……」

「その話長い~?さくっと本題入ろうぜ」

「ふぉふぉふぉ、これは失礼。年寄りの長話は退屈で御座いましたな」

「まあ、俺の方が年上だけどな」


 一体いくつなんだ、こいつ。僕達の疑問をよそに、一応神殿の中ではあの変なフエルト帽を脱いだ魔法使いは、その巻き毛を無造作にバリバリ掻きながら、よろよろ歩く老人の先導で歩き始める。


 祭壇のある奥まった部屋に着くと、大理石の祭壇の上に、赤々と燃え盛る炎が祀られているのが見えた。ゆらゆらと揺れる透明な器が、燃えもせずに炎を護っている。


「これが炎の花?」

「いえ、これは花を模した聖火です。300年の代替わりの前に花は萎れてしまいましてな。記録に残された魔女様の未来さき読みによれば、今日明日にもアクロ山の火口の中に本物の花が数本開花するはずですが」


 神官達の霊力を練って作られた特殊な器の中に、火口から採った火を仮に祀ってあるのだという。


 あれ、本物の火だよね。あの時精霊は呪いを解く為に「食べる」って言ってたけど、どうやって食べるんだろう…。僕って火属性だったっけ?いくら竜種が丈夫でも火傷しない?


「どうやって花を採る?」

「我々が儀式を執り行い、女神アクロスより花を授かるのです。最近は霊力の強い者も減りましてな。儀式も無事できますかどうか」

「ふーん。それ部外者が参加しても問題ない?」

「と、言いますと?」


 老人の探るような声に、魔法使いは顎髭を撫でながらチラリと僕を見た。何度目かの嫌な予感。


「いやほら元々レピが貰う約束だし、この子結構出来る子だから。魔力も霊力も根っこはそう変わらんだろ。俺も協力するから参加していい?」

『ええっ!?』

「魔法使い様に協力して頂けるなら安心ですな。良いでしょう」

『ちょっと待って!』

「大神官様、我々は反対です。怪しげな魔法使いに神聖な花を譲渡するのも許しがたいのに、このような出自も明らかでない者たちの下賤な魔力などもってのほかです」


 焦る僕の声を代弁するかのように、脇に控えていた壮年の男が前に進み出た。揃いの白い服に大柄な体を包み、腰には赤い帯、白髪混じりの黒髪の下の眼光は神官にしては幾分鋭い。

 あ、やっぱりおじいちゃん偉い人だった。あのおじさんも神殿の中では位が高いんだろうな。プライドも高そう。

 ん?下賤とか言ってたよね。僕達思いっきり馬鹿にされてる?


「カリテロス。とは?何にせよ、あなたの許しは必要ありません。魔法使い様が仰るように、魔力も霊力も根は同じです。貴賤を問うのはあなたのエゴでしょう。今こそ神殿が受けた御恩を返す時がきたのです」

「ですが……」

「お黙りなさい。この話は終わりです」


 それまで好々爺然としていた老人は、しゃんと背筋を伸ばして厳しく彼を制した。男は口を噤んだが、その目はギラギラと怒りを孕んで射殺さんばかりの勢いで僕らを睨みつけてくる。

 こわい。おじいちゃんもそんな言い方したら余計反発されるんじゃないかな。神殿大丈夫?


 僕の余計な心配は置き去りに、その後は大神官と魔法使いの間で和やかに話が進められていく。

 花が咲き始めると神殿の祭壇に祀られた炎に変化が現れるらしいので、その時が来たら報せてくれるということだ。それまでは神殿に出向き、魔力の練り方を習うとかなんとか……。


 後ろについてきていたディルとレイはすっかり心酔した様子で2人の話に聞き入っている。

 自分もやりたいとか言い出しそう。ものすごく不本意そうに指導役を言いつかっていたあのおじさんも怖いし代われるものなら代わって欲しい。

 確かに僕に必要なものだから僕が引き受けるのが筋なんだろうけど。


「という訳で、がんばれよ、レピ」

『………』

「不満そうだな」

『別に』


 神殿を出た後、魔法使いはフエルト帽を被りなおして上機嫌に笑った。海風に煽られるので、そのまま手を離さずにへらへら笑っている姿は大型の猿人みたいで少し間抜けだ。


 心の中だけで毒づいていると、左右から双子狼が慰めにもならない言葉を掛けてくれる。


「大丈夫です。レピ様ならできます。我々も護衛でついて行きますからね」

「幻の炎の花が開く瞬間に立ち会えるとはなんたる僥倖」


 プレッシャーかけるのやめて欲しい。

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