ぎわくの言葉

 ひとまず分かったことを整理しよう。


 ディルとレイは少年の頃両親と死に別れ、その後傭兵をしていた男に拾われて各地を転々としていた。本当の親はあの里で石に変えられて今でもそのままらしいが、ややこしいので死に別れたということにしているらしい。

 その頃に出会ったのが、傭兵仲間のアデーレ。僕は知らなかったことだが、寿命も長くて身体能力の高い獣人は、特性を活かして軍や傭兵組織、私設騎士団などで働くことが多いらしい。


 羽を隠してもいないことにも驚いたが、それは珍しいことでもないのだとアデーレが教えてくれた。普段は人型で暮らしている獣人達も、必要に応じて姿を変えることは認知されているようだ。

 世俗に疎いお師匠さまの書物で差別と迫害の歴史を学んだ程度なので、最近の事情なんてさっぱり分からない僕に、彼女は丁寧に教えてくれる。魔法使いは金になる話以外はてんで適当だし、子供のマイノとか脳筋な狼達からは得られない情報だ。


 聞かなかった僕も僕だけど、大人がその辺の事情を教えてくれていれば、特に人目を気にすることもなかったのかな、と、遠い目になった。

 どちらにしろ竜種は珍しいらしいから進んで目立とうとは思わないけど。


「なんでいきなり矢なんか……」

「本気で当てるつもりなら一発で仕留めてるわよ」

「アデーレ……」

「気安く呼ばないでくれる?」


 押され気味のレイとつんけんした態度のアデーレ。背の高い2人のやり取りを眺めるうちに、ふと気づく。

 これはあれかな?良く分からないけど大人の事情ってやつかな?


「あたしを捨てたくせに」

「誤解だ」


 おお、これは痴話喧嘩というやつだ。すごい、初めて見た。


 妙な感慨に浸る僕の頭上で、2人はああでもないこうでもないとグダグダの言い争いを続けていた。


◇◇◇◇◇


「アデーレ、久しぶりだな」

「ディル。元気だった?」


 宿の玄関の前で軽く抱き合って友好的な挨拶を交わす2人とは対照的に、レイは相変わらずきまり悪そうに距離を取っている。


 黒白茶の入り混じった風切り羽根が綺麗だな。なんの獣人なんだろう。

 そわそわしていると、視線に気づいたアデーレが振り向いて、優しく微笑んでくれた。


「羽根が珍しいの?鷹に会うのは初めて?」

「ああ、彼は……なんというか、箱入りなんだ」

「あんたに聞いてないわよ」


 そうか、鷹か。かっこいいな。それにしてもレイに対する当たりが強い。一体何したんだろう。

 ディルは苦笑いして、我関せずで温泉卵を頬張っているマイノと僕を彼女に紹介した。


「彼はレピ。こっちはマイノ。今は5人で旅してる」

「ふうん。こっちは仔豚ちゃんね。この子は?」

「今は明かせない」

「仕事?」

「……まあな」

「でも5人?1人足りなくない?」

「多分もうすぐ来る」


 ディルが言い終える前に、いつの間にか現れた魔法使いがアデーレの背後に立った。ぎょっとして振り向く頃には、勝手に彼女の手を取りぶんぶん振り回して握手していた。


「やあ、初めまして美しいお嬢さん。俺は商人のメルク。こっちは息子のレピ。2人は護衛で、マイノは料理番」

『その設定まだ使うんだ……』


 どう見ても嘘くささ満点なのに、堂々と口にするその図太さは尊敬に値する。思わず呟くと、アデーレがぴくりと反応した。


「設定って何?嘘なの?」

『僕の言ってることわかるの?』

「あたしは風の音を聞き分けるのよ。風魔法も少しなら操れるし、飛ぶ上では欠かせない能力だわ」

『すごい』


 お師匠さま以外で僕の発する『声』を聞き分ける人に初めて会った。僕らの研究について意見もらえないかな。

 期待を込めて上目遣いに見上げると、アデーレの白い頬が少し赤くなった。


「……ちょっと何この子、可愛いんだけど」

「奥さんに似て美人だからな」

「嘘なんでしょ?」

「そうなの?」

「こっちが聞いてるのよ!」


 気が短いらしいアデーレは、飄々と煙に巻く魔法使いに喰ってかかる。分かる、分かるよ。自分では気が長いと思う僕ですらこいつにはいらいらする。

 本当に泥パックをしてきたのか、やけにつやつやした顔が憎たらしい。

 後ろの方でやり取りを見守っていたレイが、おずおずと口を挟んできた。


「あの……アデーレはどうしてここに?」

「あんたに関係ないでしょ」

『僕も聞きたいな』


 なんだかレイが気の毒になってきた。こんなに嫌われるなんて本当に何したんだ。気になって仕方ないがここはひとまず話を聞こう。


「自警団に雇われたのよ。最近この町で人間や獣人が攫われたり殺されたりする事件が相次いでて……」

「え!何それ」


 今まで興味がなさそうに温泉卵に齧り付いていたマイノがその言葉に目を見開いた。


「仲間と一緒にここの領主に呼ばれて調べたんだけど、現場には黒と銀の体毛が残されてたの。だけど残った臭いは獣人でも魔物でもなさそうなのよね」

「攫われた者は取り戻せたのか?」

「いいえ。空でも飛んだのか臭いの痕跡も辿れなかったわ」

「その話もっと詳しく教えて」


 マイノの勢いに少々面喰いながら、アデーレは話を続けようとしたが、魔法使いがそれを遮った。


「俺もそれさっき温泉で聞いたな。詳しく聞きたいがそろそろ約束の時間だ」

「別に全員で行かなくていいだろ。俺はこのお姉さんの話が聞きたい」

「それもそうだ。じゃあ4人で行ってくるから宿の中で聞いてな」


 頷く魔法使いを、レイがもの言いたげにチラチラ見ていたがディルに小突かれて渋々僕らの列に加わった。

 神殿に向かう道を4人で歩きながら、そっと後ろを振り返ると、ちょうどマイノについて宿の中に入っていくアデーレがこっちを睨んでいるのが見えた。多分視線の先はレイの背中。


 ああ、もう。あっちもこっちもそっちも気になる。身体が3つくらい欲しい。

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