はげましの言葉

 ちゃっかりランチをお勧めしてきたマイノの店で昼食を取りがてら、今後のことを話し合った。


 薬草と防具はお師匠さま特製のを貰ってきたので当分はもつとして、後は一通りの携帯食と武器を揃え、地図を手に入れる。

 それに薬草が足りなくなったら僕が作ればいいし、道すがら素材を集めて売れば旅費も稼げる。


 まず向かうのは火山の国、アクロデール。

 300年に一度咲く『炎の花』の伝説の残る土地は多いが、一番有力な候補地だと魔法使いが言っていた。いつが300年目なのか正確には分からないけど、男が記録を調べた限りその日は近いらしい。

「地震は多いが温泉が豊富で食べ物が美味い」と、能天気に話す魔法使いが完全に観光気分なのが腹立たしい。

 お師匠さまの依頼がどこまでなのか分からないが、案内役の男は楽しまねば損だと思っているのが見え見えだ。本当にこいつに任せても大丈夫なんだろうか。


◇◇◇◇◇


 街道に出て南への広い道をしばらく歩いた頃だった。

 町の周辺の道に敷き詰められていた石畳が途切れ、轍の跡のついた土の道と草木の香り漂う長閑のどかな風景が広がる。太陽はまだ高い位置にあり、風も穏やかだ。


 道沿いの木立の間から、さくさくと微かな音が聞こえる。単調なリズムのそれが葉擦れでないことは僕にも分かった。何かがついてくる。

 ひくひくと鼻をうごめかせていた双子狼が、目だけで会話を交わし、ディルだけが素早く木立の間に分け入った。

 残像が見えるのではないかと思うくらい俊敏な動きの後に、「ぷぎぃぃぃぃ」という悲鳴が聞こえてきた。


「これどうします?」


 戻ってきたディルが片手にぶら下げたものを前に、僕らは唸る。どうしますと言われてもだな……。


「ちくしょー!放せ!」

「うるせーな、焼き豚にしてやろうか」

「やっぱり喰うんだな、この野蛮な犬め!」

「犬じゃねえ、狼だ」


 このやり取り前も聞いたような……。足首を掴まれた状態でぶらんぶらんと揺れながら悪態をついているのはマイノ。

 藁色の髪は逆立ち、文字通り頭に血が上っているのか、ふっくらした頬が真っ赤になっている。

 見ればすっかり旅支度を整え、大きな骨切り包丁を革のホルダーで両脇に吊るし、盾のように平たい鍋を背負っている。

 なんで鍋なの。どこから突っ込んでいいか分からない。


「俺もついて行くからな!まだ疑いが晴れた訳じゃないぞ!」

「だから違うって言ってるだろが」

「必ず尻尾掴んでやる!」

「面倒だな。るか」

「ぴぎぃぃぃぃ!!!」


 物騒な相談を始めるディルとレイに、慌てて近づき下ろすように頼む。そんな言い方では疑いを晴らすどころか深めるだけだ。


 僕は地面に腕を突っ張り肩で息をしているマイノの目をじっと見つめた。榛色の小さな瞳は潤み、泣き出すのを堪えるように揺れている。

 本気で疑っているのではないのだろう。誰にぶつけていいか分からない憤り、突然大切な存在を失った悲しみや寂しさ、何も出来ない自分への苛立ち、色んな感情がぐちゃぐちゃになって、何かしていなければ爆発しそうなのだ。


 見た目だけなら僕よりも少し年下であろう少年の気持ちは分かる気がする。僕にはお師匠さまがいるけど、心の支えを失ったら僕だってきっと暴走する。


 僕は少し考えて、マイノの掌の下の土塊つちくれに目を落とした。心のうちに陣と術式を思い浮かべながらそれに向けてパチリと指を鳴らす。


「わっ……何?」


 僅かな土の塊は生き物のように立ち上がり、曖昧な形のままゆらゆらと揺れ動いた。ゴーレムの作り方の応用だ。

 僕はマイノの手を取りそれを彼の手の平の上に乗せた。マイノの名前とゴーレムの核になる古代文字を刻むと、それは小さな小さな獣の形になる。

 

「猪だ……」

『あげる』


 僕は伝わるように願いながら両手で猪ごとマイノの手を包み、彼の方へ押しやりながら微笑んだ。名前を刻んだから、必要な時はマイノを守る頼もしい味方になるはずだ。

 失ったものの代わりになるとは思わないけど、少しでも心を慰めるものになればいい。

 杖の頭に顎を乗せて覗き込んでいた魔法使いが、感心したように呟いた。


「おお、すげーな。ゴーレムまで作れるのか。少年、それは役に立つぞ。君の命令はなんでも聞くし、なんかあったら守ってくれる」

「え、何?なんで?」

「さあな、くれるってんだから貰っとけ」


 その言葉を聞いて、極限まで見開かれた目の縁に溜まった涙が零れ落ちる。マイノはぶるぶると唇を震わせ、とうとう大声を上げて泣き出してしまった。


「うわあああああああん!おれ…おで…ふぐっ、ごめんなさあああい!」

「あらら、泣かせた。レピったら悪い男」

『うるさい』


 まぜっかえす魔法使いを一睨みして、泣いている少年の手を取って立たせる。

 狼たちはバツが悪そうに見守っていたが、僕が手招きするとおずおずと近づいて来た。僕は並び立った全員をぐるりと見渡して、少年の肩を抱いた。


『行こ』

「んー、レピが良いなら俺は構わないけどな」

「「仰せのままに」」


 適当な返事をする大男と、声を揃えてかしこまる双子狼に鷹揚おうように頷くと、しゃくりあげていたマイノがポカンと僕を見た。


「………あんた何者………?」


 何者か……。それはこれから探しに行くところだ。これは僕の旅なんだから、道連れも僕が選ぶよ。


「ありがとう」


 耳に届いた小さな呟きに微笑みを返すと、マイノのぷくぷくした頬が少し赤らんだ気がした。

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