いさかいの言葉

 例えば運命の女神は目隠しをされているとか、気まぐれに大きな舵を回して人々を巻き込むとか伝えられているかもしれないが、それは結局女神自身にも「運命は予測不可能」ってことなんじゃないかと思う。


「この豚野郎ぉぉぉぉ!!!」

「ぷぎぃぃぃぃ!!!」


 目の前で繰り広げられる争いも、まったくもって意味不明なんだけど、魔法使いは加勢するでもなく止めに入るでもなく、面白そうに見物している。


 ほんと、意味不明だ。なんでこうなった。


◇◇◇◇◇


 話は数刻前に遡る。


 もうすぐ町の入り口に差し掛かろうかという頃、人型になったディルとレイがピタリと足を止めた。


「何か来る」

『………なにか?』


 僕はなんとかして言葉を魔法で伝える方法がないかと思案しながら歩いていて、少し反応が遅れた。今までお師匠さまと察しの良い魔法使いくらいしか接してこなかったので、あまり必要のない行為だった。

 文字を空中に浮かべる、という方法をお師匠さまと研究したことがあったけど、それだと字が読める人にしか使えないし、そもそも人前でそうそう魔法は使えない。


 獣人である2人も精霊と言葉を交わせるが、気まぐれな彼らにいちいち通訳を頼むのも大変だし、空気の振動で音を伝えられないだろうか。


「父ちゃんのかたきぃぃぃぃ!!!」


 突然、僕の思考を打ち破る大声が響き渡り、次いで道端の草むらから躍り出た小太りな少年が宙を舞う。見た目にそぐわず軽い身のこなしだ。

 その両手には大きな骨切り包丁、一見小型の斧に見えなくもないが、紛れもなく包丁を駆使して、大きな狼2人に斬りかかっている。

 対してディルは炎を纏った剣で打ち払い、レイは冷気を放つ剣で軽く受け流した。2人は魔法を使う代わりに、各々の特性を剣技に使っているらしい。

 ああいう魔力の使い方もあるんだなーと呑気に感心していると、剣戟の音がすぐ近くまで迫っていた。レイが僕を背後に庇いながら、魔法使いの方に押しやる。


「レピ様!ここは危険です!下がって!」

「なんだてめえは!」

「うるせえ!よくも父ちゃんを!」

「お前の親父なんて知らねえよ!」

「嘘つくな!お前ら狼だろうが!」


 振り下ろされる包丁を軽くいなし、ディルはその足で少年の足を払った。地面に倒されそのまま手首を踏まれた少年は、悔しそうに歯ぎしりする。

 ディルとレイはじたばた暴れる少年を見下ろし、すんすんと鼻をうごめかせた。


「……そういうお前は……豚か」

「だからなんだってんだよ!ちくしょう!どうせ俺も父ちゃんみたいに嬲り殺して喰うつもりなんだろうが!」

「落ち着け。お前の親父のことは本当に知らん」

「そうだ。それに狼と豚が殺し合ってたのは過去の話だ」

「俺たちは他の獣人を喰ったりしない」


 ディルとレイは代わる代わる、少年を諭すように声を掛ける。

 へー、そうなんだ。そういえば、竜人の資料を読むついでに他の獣人の話も読んだなあ。人間用のだったから、おとぎ話みたいな物語仕立てだったけど、本当に因縁はあったみたいだ。

 そこに黙って成り行きを見ていた魔法使いが、近づいて来た。


「まあまあ、とりあえずこの場はおじさんに預けて、ちょっと話をしないか、少年」

「あんた誰」

「俺は商人。この2人は護衛。んで、こっちは俺の息子」

「息子?でもこいつ………人間じゃないだろ。おっさんに似てないし」

「あー、まあな。奥さん似なんだ」

「そうか、良かったな」

「え、それどういう意味」


 絶妙に気の抜ける会話をしながら、少年を立ち上がらせた。道端の切株に腰かけさせ、埃を払い、乱れた藁色の髪を整えてやる。


「その物騒なものは預からせてくれるかな?」

「どうせ断れないんだろ」

「まあね。それで?君の名前は?なぜ君はこの2人を親の仇だと思ったのかな?」


 穏やかに問う魔法使いに気勢を削がれたのか、少年は事の成り行きを訥々と語り始めた。


 少年の名前はマイノ。町で食堂を営んでいた彼の父親は、ある日仕入れに行くと出かけたきり戻らなかった。町では以前から人に紛れて暮らす獣人達が行方不明になる事件が相次いでいた。

 心配した母が他の兄弟達と探しに出かけたが、父親は付近の森の中で変わり果てた姿で発見された。身体には大きな生き物の嚙み跡があり、黒としろがねの体毛が残っていた。


 数日前にこの町を通った狼はディルとレイだけで、過去の因縁を考えれば彼ら以外にあり得ない。「残忍な狼」のイメージを植え付けられて育った仔豚ならばそう思うのが当然であり、また、復讐に燃える少年にはそれが真実のように思えた。


 ディルとレイは顔を見合わせてそっくりな仕草で呆れたように肩を竦めた。


「たったそれだけで俺達を犯人扱いしたのか?現場に残ってた匂いだって違うはずだ」

「今どきそんなことする奴いないだろ」

「じゃあ、誰が!誰が父ちゃんを殺したんだよ!お前らじゃないなら仲間がやったんだろ!」

「知らねえな」

「森の魔物じゃないのか?」

「父ちゃんは強かったんだぞ!それにこの辺に大型の魔物はいない!」

「強いったって食堂のオヤジだろ?」

「うるさい!父ちゃんを馬鹿にするな!」

「いでででで!!」


 武器を取られた少年は、勢いに任せてディルの腕に嚙みついた。もともとそんなに気が長い方でもないらしい黒狼が、子供とはいえ黙ってされるがままになっている訳がない。


「こんの豚野郎ぉぉぉぉ!!」

「ぷぎぃぃぃぃ!!!」


 かくして、止めに入ったレイもろとも再び乱闘が始まり、冒頭に戻る。そんな派手な喧嘩など見たことのない僕は、どうしていいか分からず魔法使いを見た。

 やつはニヤニヤ笑いながら髭を撫でているだけだ。


「まだ素手でやりあっている分だけましなんじゃねえの?獣人は頑丈だしな。あのくらいじゃ死なないさ」


 え、そういう問題なの?

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