閑話・むかしのはなし

 かつて星辰の魔女と呼ばれた偉大な魔女がいた。星を辿り、未来さきを読む。数多の王の助言をし、人間の王国を繫栄に導いた。


 2人の弟子が彼女に師事し、腕を競い合った。

 言葉や情報を集め、必要な時には誰よりも速く走れる男は旅の中に居場所を見つけ、物を作ることに長けた少女は誰にも邪魔されない森の中に生きる場所を求めた。

 人間に似た姿をしていても魔女は魔女という生き物だ。魔法使いも同じ。人の世と関わりながらも、決して交わることはない。


 ところで星辰の魔女にはもう1人弟子がいた。魔力は強いが邪な心を持ち、他の生き物など下等であると断じて隷属させることしか頭にない女だった。

 醜く捻じ曲がった心を変えようと偉大な魔女は苦心したが、その長い生涯を通じても矯正は不可能だった。止む無く追放された女は呪詛の言葉を吐き散らし、荒れ野に去って行った。


 偉大な魔女がその命を星に還す時、名前を明かし、後を継ぐ者に魔力を分け与えるという。

 彼女は愛弟子を2人呼び、祭祀を執り行う神殿の大理石の祭壇に横たわり、その両手を差し出した。


「泣かないで、愛しい子たち。私は星辰の魔女、ステラ。もうすぐ星に還るでしょう。私たちの身体はあの夜空に浮かぶ星々からやってきたもの。私たちは星屑の子供。すべての魂は巡り巡って誰かの一部になるのよ。いつまでもあなたたちと共に―――さあ、手を出して」


 終焉の予感に震える2人が涙ながらに手を差し出した時、一陣の生臭い風が吹いた。


「聞いたわよ!ステラ!やっとくたばるのね!この時を待ってたわ!とっとと私にその力を寄越しなさい!」


 軋るような嗄れ声、追放された妹弟子が、入口を塞ぐように立っていた。

 月のない夜、幾つも灯された蝋燭の灯りが風に掻き消え、辺りは墨を落としたように真っ暗になった。

 僅かな星明りを灯して浮かび上がるのは邪悪な魔女の紅い眼。愛弟子たちは魔女の両手をそれぞれ握り、彼女を護るようにその体に覆いかぶさった。


 3人の上を制御不能な嵐が吹き荒れる。命の灯を消しかけた魔女を護れるのか、未熟で善良な魂を持つ2人は畏れた。

 その戸惑いの隙をついて、邪眼は襲い掛かった。

 奪われる。名前を縛り、爪を立てて掴んだ手から吸い込まれる膨大な力。


 魔女が去り、吹き飛ばされ、打ちのめされた2人に、偉大なる魔女は最期の力を振り絞って傷だらけの手を伸ばした。


「……話は最後まで聞くものよ。いつも言い聞かせていたのに。あの子に渡したのは半分にも満たない力。私の全ての名前はステラ・プラテネス。さあ、お行きなさい……力を合わせてあの子を止めて」


 青く清涼な星の力の源が彼らに流れ込む。それと同時に美しい魔女の姿は薄れ、闇の中に静かに消えて行った。

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