うるさい言葉

 お師匠さまが町や村に出向く時は、基本的に僕は留守番だ。


 僕の容姿は目立ちすぎるし、2人分の変身魔法をかけるのは面倒くさいという理由で置いて行かれることも多い。

 森の中には様々な生き物がいるから寂しくはない。魔法で多言語を操る魔女と獣の血を引く僕ならば、人間以外とも言葉を交わせる。


 僕の場合は聞くのが専門だけど、それでも動物達や、弱い魔物、精霊や妖精が何くれとなく気に掛けて話しかけてくれる。


『あれは誰だろう』

「あれは魔法使い。時々この森に来る」


 音に乗せない僕の呟きを拾った小さな風の精霊が答える。「時々」と言ったって、長く生きる生き物の尺度は分からない。少なくとも僕がこの森に来て今まで見たこともない。


 いつものように爆風でくしゃくしゃになったお師匠さまの髪を、更にかき乱しながら大男が笑っている。

 ああ、そんなに乱暴にしたら彼女の柔らかい髪の毛がちぎれてしまう。手入れは僕の仕事なのに。


「相変わらずだな、爆散の。まだ指は鳴らせないのか?」

「うるさい!ほっといて!その通り名、嫌いよ!」

「じゃあなんて呼べばいいんだよ」

「恐ろしの森の魔女とか!禁忌の森の魔女とか!それっぽい名前あるでしょ!」

「爆散もなかなかだと思うぜ?」

「失敗して爆発ばっかりしてるって意味じゃない!かっこわるい!」


 お師匠さまは顔を真っ赤にして拳を振り上げたが、大きな男には届かない。

 気安いやり取りをする二人をポカンと眺めていると、ようやく気付いたお師匠さまがこっちに駆け寄ってきてくれた。

 実験用の何かにまみれた手を作業用のエプロンで拭いて、僕の頭にそっと乗せる。


「ごめんね。びっくりしたでしょう。あれはすぐ帰るから心配しないで」

『誰?』

「古い知り合いよ。兄弟子と言った方がいいかしら」

『あにでし』

「ほう。俺の前では反応薄かったから言葉が通じないのかと思ったぜ」

「あんたはあっちに行ってて。レピが怯えるじゃないの」


 いつの間にか僕らの後ろに立っていた男は気配すら感じさせなかった。本当にこいつは気に入らない。山のような大男で、話す声は騒がしいくらいなのに、不思議なくらい存在感がない。

 少しばかり睨むように見つめると、男は顎髭を撫でながらニヤリと笑った。


「改めてよろしくな、レピ。俺は聚合しゅうごうの魔法使い、こいつの兄弟子だ」

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