のろいの言葉
僕はお師匠さまに買われた。らしい。
記憶が曖昧なのは、僕が卵の中にいたからだ。僕はずっとその中にいた。
卵の中にいたなんてそんな与太話は信じられないと言うかもしれないが、まあ、聞くも涙、語るも涙の僕の不幸話をちょっと聞いて欲しい。
僕らの住むこの世界には、人間、魔女、精霊、妖精、魔物、そして獣人がいる。僕の種族は一番最後。
獣人と言っても毛の生えた生き物じゃなくて――もちろんそれもいるけど――最も数が少ないと言われている竜種だ。
もともと子が生まれにくい種族だけど、卵が生まれたとしても外に出てくるまでは何年もかかる。
記憶は曖昧だけど、外から漏れ聞こえてくる音から察するに、僕の両親は高貴な生まれのようだ。
家の中には両親以外の声もしていて、毎日誰かが僕の殻をピカピカに磨いて世話してくれて、生まれる前だというのにあらゆる書物を読み聞かせてくれた。みんなが僕に会えるのを楽しみにしてくれているようだった。
そんなある日、卵の僕に祝福を授ける儀式が執り行われた。招待された魔法使いや魔女たち、妖精、精霊たちが次々と言祝いでいく声が聞こえた。
星を宿したような青い瞳を、流れる蜜の川のような金色の髪を、光り輝く丈夫な鱗を、金の竪琴が奏でる調べよりも美しい声を、この子に授けよう。
この世を作りたもうた神々のように抜きんでた頭脳を、王さえもひれ伏すような強い魔力を、女神のように慈愛に満ちた優しい心を、この子が授かりますように。
僕が答えることが出来たとしても、ちょっと恥ずかしくなるような賛辞ばかりで、身悶えるしかなかったかもしれない。
でも、その後三日三晩続く予定だった楽しい宴は、突然の闖入者によって、妨害された。
「ふん!アタシを招待しないなんて、どいう了見なのさ!」
キーキーと床を引っ搔くような耳障りな一喝が軽やかな妖精の歌を遮った。大きな足音と、ひそひそと囁く「変容の魔女だ」という声があちこちから聞こえた。
お母さんの毅然とした声も聞こえてくる。
「あなたに祝福が出来るとは思えませんわ。あなたに出来ることといえば、ご自分の商売敵を驢馬に変えたり、酔わせて誘惑した相手に飽きたら山羊に変えたり、気に入らない相手を蝦蟇蛙に変えることくらいじゃありませんの。この子には必要ありません」
「見くびらないでおくれ!必要ないかどうかはアタシが決めることよ!」
「変容の魔女よ、招待しなかった無礼は詫びよう。しかし今はめでたい宴の最中だ。あなたも酒を飲んで皆と楽しく過ごしたらどうだ?」
お父さんの落ち着いた声が聞こえ、周りもそれに同調するように恐々とした騒めきが広がる。しかし、魔女の返事は大きな舌打ちと、イライラしたように踏み鳴らす足踏みの音。
「ああ、煩いねえ!大人はみんな石にでもなっておしまい!」
そう怒鳴るやいなや、辺りはしんと静まり返った。殻に守られる以外は何も出来ない僕の傍に、魔女の足音だけが近づいて来た。
舌なめずりでもしているかのような音と、ぺちぺちと殻を叩く音が同時に聞こえる。
「さて、どうしてやろうか。アタシは優しいからねえ。命は助けてやろう。まあ、生まれてこない方が、お前の為かもしれない。そうだね。あと500年はこのままさ。運が良ければ誰かに見つけてもらえるかもしれないし、その前に魔物の朝飯になっちまうかもしれないけど、そこまで責任は取れないよ」
僕は殻の中で必死に身を捩ったけど、呪いの言葉はじわりじわりと体に沁み込んでくる。魔女は嬉しそうな声でけたたましく笑った。
「万に一つの幸運が訪れてこの世に出てこられたとしても、あいつらが言うようなお綺麗な姿形になんてなるものか。鱗はいらないけどお前の綺麗な色と声は全部アタシがいただいていくよ!」
遠ざかる嘲笑と共に、最後の呪いの言葉が沁みていく。後には吹きすさぶ風の音、松明の炎が搔き消され、脂が燃え尽きる音。
今にも途切れそうな意識の中で、何かが僕に囁きかけた。
「遅れてごめんよ、嗚呼、なんてことだ、可哀そうな子。しかし遅れたことは僥倖だったかもしれない。私の力では呪いを全て祓うことは出来ないけれど、祝福を贈ることは出来る」
さわさわと、風の
「竜の愛し子よ、覚えておいて。100年後、君は殻を破る。300年に一度、いつか咲く炎の花をみつけて食べるんだ。そうしたら呪いは解かれるだろう―――さあ、お眠り、坊や。今は常世の憂いを忘れて良い夢を……」
僕に声があったなら。その親切な精霊に――精霊だと思う――名前を聞いてお礼を言えたのに。500年から100年に呪いを縮めるなんて、結構力のある精霊だと思うんだ。
でもその時僕に出来たのは、誰の声も聞こえなくなった殻の中で、意識を失い眠りにつくことだけだった。
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