「――いい加減死ねやオラァァアアぅぅうううぉぉおお！！？？」

　敵の首を斬り飛ばした直後。背後から別の敵に槍を突かれるや、咄嗟に身体を仰け反らせて一撃を躱した。その姿勢のまま槍の柄を蹴り上げ、弧を描くように上半身を振れば、一瞬で相手は両断される。

　パタリと骸が地面に倒れ、ようやく長い戦いに終止符が打たれたのも束の間。すぐさま辺り一面を覆いつくす灰から死者たちが這い出し、新たな戦闘が幕を開ける。

「…おいおいイイ加減、勘弁しろっての」　

　それぞれが武器を手に、敵意をもって近づいてくる様はもはや“見飽きて”いた。振られた剣を躱して反撃を試みるのも、身体向こうが見えるほどの深手を負うことも、星の数だけ体験している。

　幸い“ミイラ化した体”に痛覚はないが、不思議と疲労だけは蓄積していくからだろう。枯れ木のように痩せた手足は動きが緩慢になり、やがて数の暴力を前に打ちのめされると、最期は敗北者らしく地面に突っ伏した。

　身体はもちろん。指先は１本として動かすことはできなかったが、それでも落ち窪んだ眼窩だけは鋭く周囲を睨みつけていた。

「……てめぇら全員、顔は憶えたぜ…“次遭った時は”死ぬほど後悔させてやっから、首を洗って待ってやがれやっっ…！」

　死力を絞って啖呵を切るが、死者たちは相変わらず反応する素振りを見せない。次の瞬間には武器が次々身体に振り下ろされ、鈍い音が外側。そして内側からも断続的に聞こえ、全身を容赦なくすり潰していく。

　打ち据えられる度に震えた視界も、眼窩の光と共に暗転し、やがて深淵に意識が沈んでいった刹那――踵を返すように自我が浮かび上がるや、ハッと目覚めたその場所は灰の上。屍同然に横たわる自身を起こして周囲を見回すが、先程まで一帯を囲んでいた敵はドコにもいない。

　

　むしろ“復活”したのちに、最期を迎えた場所へ戻されたのかも定かではなかった。

「……諦めたのは失敗だったのか。そうじゃなかったのやら…」　

　身体に積もった灰を落とすこともせず、短くタメ息をこぼすと、砂漠にも似た広大な灰の荒野を見回した。

　辺り一帯は何もないはずなのに、左右に視線を泳がせれば、ふと“生前”の英雄としての重責と死に戻りに辟易する日々が思い浮かんだ。それが不快でたまらず、星１つ無い夜空を見上げれば、今度は運命に背いた罰とばかりに、殺し合いに従事させられる“死後”の日々が脳裏をよぎる。

　一瞬でも暇になれば膨大な量の過去に圧殺されそうになり、咄嗟にそれらを振り払うように視線を移せば、遥か地平線に降り注ぐ光の柱を睨みつけた。生前も死に戻る時は光に向かうことで復活していたものの、それを“たった１度”拒絶しただけで地獄の毎日を繰り返す羽目になっている。

「生きてても死んでも、結局目指す場所は同じかよ……蛾でもあるめぇし…」

　気付けば愚痴を零していたが、何もせずに立っていれば再び過去に忙殺されてしまう。少しでも思考を捨てるべく歩き出せば、やせ細った足が灰の荒野を踏みしめた。

　傷１つ無い身体を揺らし、干からびた手が左右で力なく剣を握れば、何百。何千。何万回目の挑戦とばかりに、再び光の柱に向かっていった。

　地平線に希望を見出したわけでも、ましてや奇跡を期待するわけでもないが、延々出現する死者の相手をし続けるよりはマシ。そう考えて行動――のはずだった。

「…またお出ましか」

　ものの数分。あるいは数時間。星の無い夜空が覆うせいで時間の概念も死んでいるなか、再び地中から死者が這い出てきた。

　それぞれが剣や斧。あるいは弓、槍と。多種多様な武器で迫ってくるが、厄介なのはそれだけではない。すでに多勢に無勢だと言うのに、その中で雑魚と呼べる個体が１匹たりともいないのだ。

「……どうした。牽制してるだけじゃぁ、俺は仕留められねえぜ」

　安い挑発をかけても反応が無いのは、相手が亡者ゆえか。だとしても間合いを取り、考えなしに突っ込まないあたりが、自我の無い怪物の動きとは思えない。

　あるいは生前の戦闘経験が、彼らをそうさせているのか。

　だとしたら互いに殆ど変わらない姿に成り果てた手前、両者を隔てるのは自我の有無だけ。自分の一歩先の未来を行く彼らを鼻で笑えば、それが合図となったのだろう。

　一斉に襲い掛かってきた亡者たちに、すかさず身構えた直後。突如敵の背後から巨大な炎球が迫り、真っすぐ向かってくる様相に慌てて地面に潜り込んだ。

　すれ違い様に起きた爆発音が地鳴りさえ引き起こすも、しばらくすれば聞こえていた燻りも徐々に鎮まっていった。

　その間も地中から様子を窺い、記憶を辿って魔術の発射地点を予測すれば、およその方角へ向けて地中遊泳を開始。灰の中を物ともせずに進むと、やがて感知した振動にピタリと動きを止めた。地上を歩く１人分の足音しか感知できないことから、先ほどの魔術でほかの亡者は一掃できたのだろう。

　今は戦果を確認しようとしているのか、爆発地点まで移動している途中らしい。

「ほぉ、ずいぶんと余裕があるみてぇだなぁ」

　地上に届かない声で毒吐けば、地中で剣をゆっくり垂直に立てた。徐々に近づいてくる振動に集中し、やがて狙いを定めた地点を踏みしめた瞬間。

「あ゛あ゛ぁぁああああああーーーーッッ……ぅぅっ…」

　一気に剣先を地上へ押し上げるや、切っ先を通して相手の悲鳴が伝わってきた――と同時に、ひどく困惑を覚えた。亡者たちは声を発することはせず、加えて今聞こえた断末魔も男のものとは思えない。

　好奇心も相まって恐る恐る地上に頭をせり出すも、突如炎の渦が眼前まで迫るや、再び灰の中へと素早く潜った。致命傷を与えたわけではないのだから、反撃を受けるのは当然のこと。

　しかし潜るまでの刹那に見えた光景に、一瞬思考が止まった。それから辟易したようにため息を零せば、ゆっくりと。

　あくまで“ゆっくり”と、再び剣を地上に突き出した。

　相手を驚かせて、また魔術を放たれたのでは話にならない。まずは剣を１本地上に置き、空いた片手を野に咲いた花のように開けておく。

　残るもう片方の剣も捨てれば、同じように手を広げておくが、攻撃される様子は無い。ひとまず安全を確保できたところで、いよいよ全身を地上にせり出すも、幸い魔術が飛んでくることはなかった。

　“事前の交渉準備”がどうやら役立ったらしい。ようやく相手をまじまじと観察できれば、視線の先で乙女のように座っていたのは“小さな１人の子供”だった。

　フワフワとした年季を感じさせない髪に、腰と胸回りを布切れで縛るだけの装い。むっちりとした肌はもちろん、長い睫毛も相まって、一見して少女とも見分けがつかなかった。

　もっとも、子供らしからぬ鋭い眼光が――何よりも少年の身の丈を超す杖を向けられては、まだ腰を据えるわけにもいかないらしい。

「…その場から動かないでください。敵意が無いということは……ボクの言葉、分かりますよね？」

　再び小さな口から紡がれる“言葉”は、久しく忘れていた人間性の証。咄嗟に懐かしさを覚えてしまったが、いまだに両者の間では緊張が走り続けている。

　それもひとえに、地中から喰らわせた一撃で少年が動けないからなのだろう。チラッと視線を移せば、貫かれた足は止血するように灰の中へ突っ込まれている。

「もう１度だけ伺います。あなたに自我はあるんですね？」

「……まぁな」

　二度も問いかけられては、答えないわけにもいかない。ぶっきらぼうに返答してしまったが、その一言で十分だったのか。少年が武器を降ろすと胸に手を当て、何度も深い呼吸を繰り返した。

　それから足を灰から引き抜けば、傷口はキレイさっぱり消えていたが、砂漠のように一帯を覆う灰に治癒効果があるのか。それとも亡者と化した“彼ら”の特性なのかは分からない。

　いずれにしても深手を負った彼らが動き続けられる原動力の１つであること。そして亡者たちや自らが復活を繰り返している秘密でもあるのだろう。

「…ところでよ。なんでテメェは身体の左側だけ紫なんだ？左右色違いの瞳にでも合わせてんのか？」

　しばし物思いに耽っていたものの、おもむろに立ち上がった少年をふと見やれば、最初に映ったのは赤紫色の左半身。それから視線が合うと青色の右目に、赤い左目。

　見慣れない光景につい声をかければ、当初は平然としていた少年も、瞳の言及で僅かばかりに瞳孔が開いた。

「…顔色までは想定していましたけど、目の色まで変わっていましたか……あなたから一撃もらいましたが、先に手を出したのはボクの方です。これでお互い貸し借り無しという事で仕切り直しましょう」

　灰を払っていた手を再び動かし、あらためて少年が姿勢を正すとゆっくり近づいてきた。幸い敵意は感じないが警戒を緩めず、やがて杖１本分の距離でピタリと足が止められた。

「はじめまして、ボクの名前はロットと言います。短い付き合いになるかもしれませんが、よろしくお願いします」

「…さっきまで敵だったくせに、もうお友達気分か？どんなめでたい頭してんだテメェは」

「あなたの友達になるなんて願い下げです。ただ会話が出来る相手なだけマシだと思って、一時的に同盟の申し出がしたいだけです。念の為にもう１度言いますが、ボクの名前は…」

「あー、ロットだろ。ロット。俺はジンってんだ。ヨロシクとは言わねえが…テメェはココがどこだか分かるか？」

「それはコチラのセリフです。外見からしても明らかにあなたの方が“先輩”じゃないですか。こういう時こそ年長者の知恵が役に立つわけで…」

　初対面にも関わらず、淡々と講釈を垂れ始めた少年にすでに辟易していたのか。気付けば話を右から左へ聞き流していたが、眉間を揉んで気分を紛らわせてみても、一向に悪夢から目覚める気配はなかった。

　無限とも思える地獄のような時間を過ごしてきたなか、ようやく意思疎通がとれた相手が、よりにもよって典型的な“頭でっかち”。生前から相性の悪かった存在に、一体どこまで不運が続くのかと。

　英雄の責務から逃れた罰がまだまだ終わらない様子に、改めて自分の運命を呪っていた矢先だった。ふいに双方がハッと顔を上げれば、自然と互いに背中を預け合った。おかげでやっと少年も口をつぐみはしたが、決して喜べる状況ではない。

「念のために聞くが、こんなところにいるってことは…テメェも“そういうこと”ってことでいいんだな？」

「今のセリフもそのままお返しします。あなたこそ両手に持っているその双剣がお飾り、というわけではないですよね？」

　互いに軽口を叩き合う間も、地上に這い出した亡者が四方を囲み、じりじりと２人に迫ってくる。やがて声もなく飛びかかってきた敵に応戦すれば、剣戟と炎の魔術が飛び交う戦闘音だけが一帯を騒がせた。