ワンオペ

 体育館の床には等間隔に座布団が敷かれており、その前には一枚の薄っぺらな板が置かれていた。

 続々と入場してくる生徒たちは職員の指示に従い、その板切れの前に着席する。

 俺と美沙もクラス毎に分けられたエリアの適当な席に肩を並べて腰を下ろす。

 陶芸というからには、轆轤ろくろのようなもので粘土をこねくり回すのを想像していた。

 しかし、どうやら今回はそうではないらしく、粘土を手やヘラだけで整形していく『手びねり陶芸』というものだそうだ。

 いってしまえば、粘土遊びの上位版みたいなものだろうか。


 説明が終わると、次にレンガ大の粘土が配布される。

 あとは各々思い思いに、皿なりカップなりの形を作り上げていけばいいのだろう。

 あまり手先が器用な方ではない俺は、要求スキルの低そうな大皿を作ることに決めた。

 皿であれば穴が空いてさえいなければ、上に食べ物を盛るという基本機能に問題が出ることもないだろう。

 横では美沙が、コネコネと音が聞こえてきそうなほどリズミカルに粘土をこねくりまわしている。

「美沙は器用な方なの?」

「どうだろ? でも家でたまにパン焼くよ」

 言われてみれば確かに、この作業はパン作りの初期工程と似通っているような気もする。


 何時間も掛けてやるものだとばかり思っていたそれは、意外なことに一時間ほどであっさりと終了した。

 あとは委託している業者さんの手で焼かれてから、後日学校に配送してくれるそうだ。

 俺の大皿は無難な出来ではあったが、その一方で全く面白みのない代物になってしまった。

 それはなんだか自分の内面が形にされたようにも見えた。

 片や美沙のマグカップはといえば、そこらの雑貨店で値札が付いていても疑問が出ないほどに素晴らしい出来栄えに仕上がっていた。

 側面にはリボンを模した装飾も付けられており、そこに俺がたった今提唱した『陶芸内面反映理論』を適用すると、美沙の内の女性たる部分は実年齢よりも少しだけ幼いのかもしれない。

 片付けをしながら時計に目をやる。

 まだ一時を少し過ぎたばかりだったが、俺たちのクラスはこのまますぐ裏の管理等の食堂で昼食を取ることになっているらしい。

 移動の手間が省けたことは喜ばしかったが、朝飯を食べてからまだ二時間強しか経っていなかった俺の胃袋は、空腹とは程遠い状態であった。

 もっともそれは自業自得以外の何ものでもないのだが。


 控えめに昼食を取ってから一旦バンガローに戻ると、一時間の休憩を経てからくだんの多目的広場へと移動する。

 大型スーパーの駐車場ほどの広さのこの広場は、その隅に屋外炊飯場や木で作られたテーブルと椅子などが備えられおり、過去に何があったかを知らなければただのキャンプ場にしか見えなかった。

 今から行われるのは夕食のカレー作り及び飯ごう炊さんであり、これは本林間学校で予定されていたメインイベントのひとつだった。

 うちの班には自家製パンを焼くほどの料理の腕前を持つ美沙がいるので、俺ともう一人の男性班員――バスで隣の席だった柔道部の彼だ――の出る幕はないかもしれない。


 女子二人は連れ立ってお花摘みへと行ってしまったので、その間に野菜の洗浄と皮剥きだけでもやっておくことにした。

 柔道部には煉瓦を積んだだけの簡素なかまどで火起こしを担当してもらう。

 その北海道のように広い肩幅からして、きっとすごい火力を生み出してくれることだろう。

 俺は共働きの親を持っている関係上、料理を含め家事は一通り熟すことが出来る。

 なので野菜の皮剥きなどは朝飯前だった。

 ニンジンは少し鮮度が悪い気がしたので若干厚めに皮を剥く。

 ジャガイモは剥いてから芽を取って、玉ねぎは芯も取り除いておく。

 ついでに野菜をさいの目に切ってしまおうか悩んだが、そこまでしてしまうと全工程の半分以上が終わってしまう。

 女性陣が戻ってくるのを待ち、残りは彼女らに委ねることに――できなかった。


 そのあと戻ってきた女子二人は「野菜って切って入れるんだっけ?」とか「お米って洗剤で洗うんだっけ?」などと不穏な相談をしはじめた。

 柔道も柔道で煤で顔を黒くしただけで、調理に必要な火力どころかアルコールランプほどのとろ火すら起こせなかった。

 結局、俺が一人で火を起こすと米を研いで窯に乗せ、俺が野菜と肉を炒めてからそれを煮込みつつアクを取り、俺が飯ごうを裏返して出来た飯を蒸らす間にルーを溶かして、俺のカレーを完成させた。


「ナツオうちにお嫁さんにきて!」

「夏生君と同じ班でホントよかった!」

「夏生は将来カレー屋になれ!」


 たかだか市販のルーを使ってカレーを作っただけでこれだけの誉を賜ることが出来るのなら、人生というのは意外とチョロいものなのかもしれない。

 が、なんだか釈然としなかったのも至極当然であろう。

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